第14話 ふざけんな
自身の絶対の切り札すら一瞬で虚無へと還され、苗は驚愕のまま固まっていた。
(あ、あ、りえない……“奇跡”自体の浄化なんて……!)
「“奇跡”は魂に近い所にある。僕の“奇跡”《天使の庭園》は魂の輪郭まで観測できるんだよ。まぁ、君に話しても意味ないけどね」
皐月が苗を見つめながら淡々と告げる。
もはや脅威としてではなく、ただの敗者として扱われていた。
「あ、そうだ。君が空中に留まっていられるのって、その“奇跡”のおかげでしょ?」
その言葉が苗の耳に届き、思考が追いつく。……いや、理解してしまう。
『奇跡を浄化されたら、そのまま落下する』という事実に――。
気づいた時にはすでに手遅れだった。
飛行能力を失い、体勢を崩した苗は真っ逆さまに地面へと落ちていく。
その瞬間、上空から舞い降りた皐月が、空中ですっと苗の肩に手を置いた。
「さて……これで終わりかな」
浄化の理力が苗の全身を駆け巡り、許容量を超えたダメージとして判定される。
パァンッと眩い青い光が弾け、苗の身体が待機室へと強制転移していった。 ピコン、と皐月のスマホから+5ポイントの獲得通知が響く。
「ふぅ……白百合の丘学園のメンバーか。他の子たちも無事だといいんだけどね」
皐月は空を見上げ、仲間たちの元へ合流するために静かに羽を広げたのだった。
◇
「げは……っ、う……!」
膝をつき、口から血が流れる。
視野がぐるぐると回り、視界がチカチカする。
急激な重力変化による酸欠の症状だ。紫色の髪が、自身の血の色で赤く染まっていく。
「頑丈だね、『幻獣種』は」
ビルまで吹き飛ばされた直後、相手の容赦ない追撃を喰らってしまった。
反撃の隙すら与えられず、“奇跡”を発動しようにも意識が激痛でまとまらない。
「なめる……なっ!!」
立ち上がろうとする美琴に向け、目の前に立つ赤髪の少女は、面倒そうに手を左から右へとなぎ払った。
それと連動し、美琴の体が不可視の重力波で横殴りに弾き飛ばされ、分厚い壁をぶち破って激突する。
「これが私の“奇跡”――《重力》。防御不可の絶対攻撃。相手が幻獣種だろうと関係ないよ」
不気味に光る赤い瞳で、少女は美琴を見下ろす。
戦局は完全に少女の手の中にあった。
「あ、自己紹介がまだだったね。私は私立白百合の丘学園、星野美月」
美月がそっと手を下に向ける。
直後、ズドンッ!! と凄まじい衝撃とともに美琴の全身が床へと叩きつけられた。
「ガハッ……っ、ふざけ……っ!!」
美琴が腕を持ち上げ、拳を撃ち込もうと抗うが、上空からプレス機のように押し潰す重力に阻まれて身動きすら取れない。
「これで終わりかな?」
美月が淡々と見下ろす。
死地の中で、美琴は血に染まった視界のまま、不敵に唇を吊り上げた。
「……っ《悪魔の讃美歌》――ッ!!」
美琴が狙ったのは、目の前の美月ではない。 自分が押し付けられている『真下の床』だ。 爆発的な衝撃波が床を木っ端微塵に粉砕し、美琴は下の階へと崩落しながら重力領域からの脱出を果たした。
「ゲホッ……っゲホッ……やばいな、あいつ……っ」
ガレキの山の中でゆっくりと立ち上がり、血を拭う美琴。
このまま閉鎖的な室内にいれば、重力のプレスで潰されるだけだ。
(空中なら叩きつけられるリスクはある……けど、狭い屋内よりは遥かに戦いやすい……!)
美琴は背中の黒い翼を羽ばたかせ、崩れた窓から外の空へと飛び出していった。
“奇跡”《悪魔の鎮魂歌》を発動させて攻撃を仕掛ける。
「《魔物の行――っ!?」
直後、腹部に激痛が走った。
言葉を遮るように、何かが胴体を貫通したのだ。
「言ったでしょ? 『幻獣種』だろうと関係ないって」
美月の手には、先ほどの戦闘で散らばった瓦礫が握られている。
重力加速によって打ち出された凶弾。
「音速の弾丸……『幻獣種』はどれくらい耐えられるかな?」
美月の瞳が禍々しく光輝く。
次の瞬間、ドスッと音を立てて右足にもう一発、音速の瓦礫が打ち込まれ、美琴の身体が大きく揺らいだ。
「だったら……っ《魔界門》――ッ!!」
美琴が土壇場で発動したのは、自身の唯一の絶対防御にして反撃技。
受けたダメージを一度だけそのまま相手へと返す、最強の後出しカウンター。
美琴は手の中に禍々しい破壊エネルギーを凝縮させながら、じっとその瞬間を待つ。
(まだだ……まだ……! あいつが建物から出てきた、その瞬間――ッ!!)
美月が追撃のためにビルから飛び出してきたその刹那、最強の反射攻撃を叩き込むべく、美琴の目がギラリと光った。




