第13話 天使
最初に思ったのは「やらかした」だった。
突然の奇襲に一瞬反応が遅れてしまい、本来なら着弾前に握りつぶせたはずの技を直接喰らってしまっ
たのだ。
ドスン、と瓦礫を崩しながらビルに叩きつけられた皐月が、ゆらりと立ち上がる。
外傷は無く、服に少し砂埃がついている程度だ。
そして目の前には、自分を吹き飛ばした奇襲の主が立っていた。
「『幻獣種』……流石に堅いね」
前髪の一部を緑色に染めた少女が、皐月を見下ろして呟く。
「私は私立白百合の丘学園、小村苗」
苗が簡潔に自己紹介を済ませると、間髪入れずに再び攻撃を仕掛けてきた。手元にレールガンのような術式を展開し、放つのは不可視の波動。
(私立白百合の丘学園……去年の準優勝校か)
体勢を立て直し、皐月は真上へと一気に跳躍する。
(追尾型か……ふんっ!)
背後から迫る不可視の弾道を、皐月は振り返りざまに片手でガチィンと握りつぶした。
(……空間属性が付与されてる。差し詰め相手の“奇跡”は空間系だね)
皐月は空中で追尾弾と鬼ごっこをするように、軽やかに攻撃を回避していく。
「《エアクラッシュ》っ!」
苗は逃げ回る皐月を逃がさぬよう、連続で空間そのものを抉り取る広域攻撃を繰り出す。絶え間ない激しい連撃に、皐月は少しだけ眉をひそめた。 相手は想像していたより遥かに強い。人間の枠で見れば、恐らく星羅以上だろう。
そう考えるなら、苗が自分を奇襲してきた理由も頷ける。 苗のチームが美琴や自分を狙う理由は一つ。
幻獣種である美琴か皐月――どちらか一人でも崩すことができれば、勝機が見えるからだ。
「……《破邪の閃光》!」
逃げ回りながら、片手で反撃の光を放つ皐月。 手先から放たれた極太の閃光が直線上に苗を襲う。
「片手でなんて……《空間分断》!」
苗が空間を捻ると、《破邪の閃光》は軌道を大きくねじ曲げられ、明後日の方向へと吹き飛んで行った。 そして苗は休む間もなく、再び皐月へ追尾弾を大量展開する。
一瞬、思考を巡らせた皐月は、そのままさらに高度を上げ始めた。 上へ、上へ――。
(狙いは一体……?)
罠である可能性を警戒し、苗は空中のその場に留まる。 気づけば皐月は、地上から約100メートルほどの高空に佇んでいた。直下にいる苗との距離は約60メートル。ここなら地上への余波も気にせず、手加減なしで力を振るえる。
皐月は静かに深呼吸をした。 迫り来る無数の追尾弾を、完全に無視して――。
――“奇跡”《天使の庭園》
キィン……と清廉な鈴の音のような響きが戦場を包み込む。 次の瞬間、皐月に向かって飛翔していた無数の空間弾が、まるで「最初からそこに存在していなかった」かのように一瞬で消滅した。
遠く地上から見上げていた苗は、絶句して驚きを隠せずにいた。
防御されたわけでも、相殺されたわけでもない。技そのものが空間から綺麗に掻き消されたのだから。
「《神縛之鎖》」
皐月が上空から静かに呟く。 それは、回避することすら許されない絶対の拘束。 苗の反応が一瞬――ほんの一瞬だけ遅れた時には、すでにその全身が眩い神聖な鎖で固く縛り上げられていた。
「いやぁ~、まさかこんな序盤で“奇跡”を使う羽目になるとは思わなかったよ」
ゆっくりと地上へ舞い降りてきた皐月が、拘束された苗の目を見つめて苦笑する。
「……ふざけるなっ!」
苗が必死に体を動かして鎖を振り払おうとするが、神の鎖はピクリとも動かない。
「《エアポンプ》――っ!!」
苗の後方に緊急展開された魔法陣から、起死回生の超圧縮空気が放たれる。だが、その攻撃は――
ぐしゃっ!!
近づいてきた皐月の手によって、あっけなく握りつぶされた。
「残念だけど、無駄だよ。僕の“奇跡”《天使の庭園》の本質は――対象の完全なる『浄化』だからね」
「……対象の、浄化……?」
「そう。さっきまでは『理力がある自分以外の物』を対象に指定していたから、僕に攻撃は一切通用しないよ」
そう軽くと言い放ち、皐月は苗に背を向けた。
「ちなみに、浄化対象は僕の意思で自由に変更できるんだよね」
「くっ……!」
他人事のように語る皐月。
こんな屈辱的な負け方があるだろうか。
戦いの組み立てや戦術ではまだ負けていない。
だが、提示されたスペックの差によって試合としては完全に詰まされている。
しかし、苗の目から戦意は消えていなかった。
「《空間転移》――っ!!」
苗は周囲の空間そのものと自分の位置を入れ替え、力ずくで《神縛之鎖》の拘束領域から抜け出した。
(相手が『幻獣種』なら、直接的な“奇跡”の叩き合いに持ち込めば……! 近接領域から一気に空間ごと場
外へ吹き飛ばす――!)
「《空間連結》――ッ!!」
苗は勝利を確信して叫んだ。決まった。
どれほど圧倒的な力を持とうと、このゼロ距離での空間削り取りを受け止め切れるはずがない。
……だが、その絶望的な甘い夢は、たった一人の「天使」によって容赦なく打ち砕かれた。
パァンッ、と乾いた音が響く。
苗が解き放ったはずの空間切り裂き術式が、皐月が軽く掲げた掌に触れた瞬間、何の衝撃も生まずに空気中へ消えてなくなったのだ。
「言ったじゃん。『浄化対象』は自由だって」
――《浄化対象》:『相手の“奇跡”そのもの』




