第12話 追いつく
「はぁ……はぁ……っ!」
頭上から落ちてきた特大の太鼓を、明日香は間一髪で横に転がって回避していた。
激しい着地音とともに土煙が舞い上がり、グラウンドの地面が大きく抉れる。もし直撃していれば、そのまま脱落させられていたところだ。
「お~、あれを避けるんだ? 案外にしぶといね」
煙の向こうから、狐のお面をつけた椎奈がクスリと笑いながら歩み出てくる。 その手には再び漆黒の
『祭具』――黒刀が握られていた。
「でも、そろそろ終わりだよ。君の技は全部見切ったし、模倣も完了してる。これ以上粘っても無駄だって」
椎奈が嘲笑うように黒刀を構える。実際、明日香は満身創痍だった。手足には擦り傷が刻まれ、《紙貼》の消費による疲労もピークに達している。
(……どうする? 星羅ちゃんはまだ遠くだし、美琴先輩たちもここにはいない。私が……私一人でこの人を倒さなきゃいけないんだ)
恐怖で震えそうになる膝を、明日香は両手で強く叩いて押さえつけた。
(落ち着け……思い出すんだ。特訓の時、皐月先輩が言ってたこと)
――『“奇跡”っていうのは、使う人の感情や精神状態によって出力や精度が変化するも
のなんだ』 ――『神社の祈りと、“奇跡”を行使する時の感覚は似ている』
明日香の頭の中に、実家の神社の静けさや、おばあちゃんから教わった祈りの作法が蘇る。
相手の『祭礼詠唱』は、祭りという「賑やかで外に向く力」。対して自分の育んできた『祈り』は、神前に向かい――心を静かに研ぎ澄ます力。「……無駄じゃない」
明日香は静かに息を吐き出し、ゆっくりと立ち上がった。 手にしていた白い刀《茅纒之矟》を両手で強く握り直す。その瞳から迷いが消えているのを見て、椎奈がお面の奥で眉をひそめた。
「強がりだね……《飛燕》っ!!」
椎奈が明日香から模倣した紙の刃を、大量に掃射する。 先ほどまでなら逃げ惑うしかなかった鋭い連射。しかし、明日香は静かに目を閉じ、深く呼吸を整えた。
(雑念を捨てる。……集中して、「祈る」んだ。追いつく……絶対に、星羅ちゃんに!)
キィン、と澄んだ音が空間に響く。
明日香が目を開けた瞬間、《茅纒之矟》の刀身が眩いばかりの純白の光を放ち始めた。ただの模倣武具だったはずの白刀に、明日香自身の静かな『祈り』の理力が充填されていく。
「なっ……!? 刀の出力が上がってる……!?」
明日香は光る白刀を一閃させた。 それだけで、迫り寄っていた無数の《飛燕》が、まるで清められたかのように光の粒子となって砕け散ったのだ。
「……私の模倣の技が破られた……!?」
動揺する椎奈へ向け、明日香は地面を強く蹴った。 星羅との特訓で叩き込まれた、直線的で迷いのない最短距離の突撃。
「調子に乗るなっ! 《屋台囃子》――っ!!」
焦った椎奈が再び頭上から巨大な太鼓や鎖を召喚しようとする。だが、心を研ぎ澄ました明日香の「直感力」は、すでに攻撃の予兆を完全に捉えていた。
「遅いよ……っ!」
召喚の隙を突き、明日香は椎奈の間合いへ足を踏み込む。お面の隙間から見えた椎奈の目
が、驚愕で大きく見開かれた。
「《祭礼・清祓》――っ!!」
研ぎ澄まされた祈りの光を纏った一撃が、椎奈のつける狐のお面を真っ向から撃ち抜いた。
パキィンッ!! と甲高い音を立ててお面が粉々に砕け散る。 模倣の力を失った椎奈は、衝撃で大きく後ろへ吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。
「くっ……、痛いな……っ」
顔を押さえながら、悔しそうに明日香を睨みつける椎奈。
「はぁ、はぁ……私の……」
私の勝ち、と明日香が言いかけたその時――途轍もなく嫌な予感が全身を駆け走った。 吹き飛ばされたはずの椎奈の理力が、不気味に高まり続けている。
大技《清祓》を使った反動で体が思うように動かない明日香は、息を飲んで相手を見つめることしかできない。
「残念だけど……私の勝ちかな? 《花火大輪》――っ!!」
立ち上がった椎奈が放ったのは、四方八方から明日香を包み込む最大火力の爆炎。
ドカァンッ!!
(流石に疲れたな……理力が空っぽだ……)
椎奈はゆっくりと明日香の方に近づく。
激しい爆炎と爆音が吹き荒れ、立ち込める黒煙がゆっくりと晴れていく。本来なら、直撃を受けた時点で明日香は転送されているはずだった。
だが――煙の奥に立っていたのは、ボロボロになりながらも踏みとどまる明日香の姿。
「《千羽防壁》……っ」
死力で展開した、ギリギリの防御。しかし、これ以上の反撃は不可能だった。この防壁の維持で残っていた理力は底をつき、もう技を使うことすらできない。
だからこそ――明日香は最初から、たった一つの決死の反撃技を用意していた。
「――《神槍》っ!!」
明日香の叫びとともに、眼前に展開されていた《千羽防壁》が収束し、一振りの眩い金色の長槍へと姿を変える。 理力を使い果たした一瞬の隙を突き、解き放たれた金色の槍が一直線に空間を切り裂いた。
「っく……やるじゃん……っ」
ドスッと音を立てて肩を貫通され、椎奈は衝撃で膝から崩れ落ちた。 ダメージが限界を超え、大会の自動転送システムが即座に作動する。
パァン、と光が弾け、椎奈の姿が消え去った。 同時に、明日香の端末からピコンと規則的な電子音が響く。
『+5ポイント獲得』
「はぁ……はぁ……勝った……?」
静まり返った街の中で、明日香はその場にへたり込んだ。一人でプロ並みの相手を倒せたという事実と、自分の“奇跡”の新しい手応え。手元に残る心地よい余韻を見つめながら、明日香はぽつりと呟いた。
「これで……一歩、星羅ちゃんに、近づけたか、な」




