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  作者: ひな
7/8

第7章 告白



クリスマス当日。


今日は彼の家にお呼ばれしている。


この間のデートで彼に選んでもらった洋服

(真白なニットのワンピースだ。スカートなんて殆ど着たことがないから恥ずかしいといったのだが、彼が絶対に似合うと言って買ってくれたものだ)

に着替え、念入りに化粧をする。


クリスマスに誰かと過ごす。


こんな日が私に来る未来なんて想像もしていなかった。


産まれてから今まで、白黒だった私の世界に色をともしてくれる。

突然現れた王子様のようだ。


ふと、我に返る。


これは現実なのか?

メイクをしていた手が止まる。


鏡に映る美人でも可愛くもない自分の顔。


心の中にざらざらしたものがあることに気づく。


正体を突き止めようと心の中を覗こうとして


止めた。


これ以上進むと危険だ。


と本能が警告を鳴らしているように感じる。


今は心の暖かさを感じているだけでいい。


そう。それが正しい。


なにかから必死で走って逃れるように、そう何度も自分に言い聞かせた。


玄関を開け外に出ると雪が降っていた。


ホワイトクリスマスだ。


急ぎ足で彼の家へと向かう。




彼の家に着いてチャイムを押すと、間を置いてドアが開く。


あたたかい空気と、美味しそうな料理の香り。

それ以上にあたたかい、彼の笑顔が私を出迎えてくれる。


「寒かったでしょ! あ! そのワンピースやっぱりすごく似合ってるよ! かわいい!

さ、入って入って!」


彼の家に入るのは初めてだ。

ソファーとベッド、テーブルとテレビ。

綺麗に整頓されて、「ちゃんとしている」彼の人柄が、そのまま部屋に投影されている。


「完璧」だった。


全てが。


私がどんなに渇望しても手に入らなかったもの。


それが目の前に「形」として、まざまざと見せつけられている。


その時、私の心のザラザラが勝手に騒がしく蠢いた。


ザラザラザラザラ。


耳にまで昇ってきて、ノイズのように聞こえる。


うるさい。


なんなの、やめてよ。

うるさいうるさいうるさい。


頭を掻き乱したくなる衝動に駆られる。


気がついたら、熱い涙が頬を伝っていた。


なんで涙が出るのか、自分でも分からなかった。


「今日のために俺、頑張っちゃったよー!」


と言いながら、彼は台所で料理をお皿に盛っている。


彼の声で現実に引き戻された。


彼に気づかれないように涙を拭い、手伝うという私に、


「君は座ってて」


と、ソファーに戻された。


彼が運んでくる料理は、どれも「完璧」だった。


綺麗に並べられたローストビーフに添えられた野菜。

(初めて見る野菜。私にはこれがなんなのか分からない)

大きめなお皿に、くるりと山形に乗せられたパスタ。


他の料理も全てが綺麗だった。


完璧であることは、物心がついた頃から私を呪いのように縛ってきた。

「完璧」じゃないと褒められない。


愛されない。


人間だと認めて貰えない。


母から見放されてからも、

無意識で、いつか完璧になれるのではないかと仄かな期待を抱きながら、完璧であろうと努力してきた。


目の前に並べられた「完璧」な料理に、まざまざと自分との「格差」を見せつけられた気分になった。

憎い。


完璧なものが憎い。


悔しい。


私には生涯手に入らないであろう完璧さが。


私の埋まらないピースを、彼には生まれた頃から持っていたのかもしれない。


ふと、ノイズが収まり静寂が訪れる。


これは言葉には出来ない。


嫉妬、憎しみ、渇望、恨み。


無秩序に足した絵の具がヘドロ色になって、私の心に住み着いていたのだ。


心にあったザラザラの正体と、面と向かって向き合ってしまった。

それをまざまざと見させられたのだ。


その時、亡くなったはずの母が私の耳元で囁いた。


「もう、あなたには期待しない。好きにしなさい」


そうだ。私は完璧にはなれないのだ。

だから。


「好きにしていい」


ちいさく呟くと、今まで私を雁字搦めにしていた全身の重たい鎖が、ガシャンと床に落ちる音がした。


心も体も軽い。


心地がいい。


その勢いで、まず目の前に整然と並んだ「完璧」を、右手を振り下ろし、力いっぱい薙ぎ払った。


雷が落ちたような音と共に、大嫌いな「完璧」が床を汚している。


私の片手ひとつで粉々になる「完璧」たち。


儚いな。


笑いが込み上げてくる。


一旦冷静になろうと辺りを見回す。


ふと、右に首を動かすと、ベランダのガラスに着飾った自分の姿が映る。


今日のために完璧に化粧もしたつもりだった。


でも眉毛の形は左右いびつで、真っ白い顔にチークが浮いている。

真っ赤なグロスはてかてかとして、さもさっきまで人を食っていたバケモノのように見えた。


普段つけない重たいイヤリングまでつけてきたのに

どこで落としたのか、片方しか付いていなかった。


彼がくれた服だけが「完璧」だった。


彼がくれた「完璧」だけが、ちぐはぐに浮いている。


みすぼらしい。


私はなぜここにいるのだろう。

完璧のように振る舞えば、まさか彼に愛を貰えるとでも思ったのだろうか。


完璧に見せようとして努力した「つもり」になっていた。


なんてこっけいなんだろう。


首だけ逆側に回すと、台所にいる彼が、目を見開いて固まったままこちらを見ていた。

見ると、なぜか緊張した、真剣な顔をしていた。


私は彼をただ見つめていた。


一瞬の間を置いて、彼がこちらに早足で近づいてくる。


ああ、私は彼の「完璧」を壊した。


――殴られる。


そう直感して身を硬くする。

思いがけない声が帰ってきた。


「大丈夫? あれれ!! こんなに料理散らばして!! どしたん!? 嫌いなものでもあった?」


彼は困惑した表情を浮かべながらも、こんな言葉をかけてきた。

なぜ怒らないんだろう。


むしろ、力いっぱい殴ってくれた方が良かった。


すると、振り上げられるはずの彼の両手が、私を抱きしめた。


あたたかい。


何がなんだか分からなかった。


硬直したままで固まっていると、彼は途切れ途切れ、むせぶように言葉を吐き出す。


「ごめんね。なにか俺、悪いことしたのかな。君がなにか気に食わなかったのならあやまるよ。

こんな時に言うことじゃないかもしれないけど、俺はむかしから君が大好きなんだ。

君を何年もずっと忘れられなかった!! 愛してる!!」


彼は部屋の隅に駆け出すと、水色の小箱に銀色のリボンで丁寧に包まれた小箱を私に差し出した。


その瞬間、体の芯が凍りつく。


視界がぐにゃりと揺れた。


私のことが好き?


あなたは完璧なのに。


どうせあなたも完璧が好きなんでしょ?

私のことなんて何も知らないくせに。


あの時の母の冷たい視線が頭をよぎる。


吐き気がする。


目の前にいる彼を、涙でぼやけた目で見つめる。


よく見ると、今まで王子様のようにキラキラして見えたたっくんが、別のものに輪郭をぐにゃりぐにゃりと変えていく。


湿気が体にまとわりつく。するはずのない雨音が聞こえる。


彼の身体が、無数のイボで覆い尽くされていく。

その表面は茶色く変色し、ヌルヌルした醜いなにかになった。


「蛙」だ。


全身の力を絞り切るように出た声にならない声は、私の喉をカミソリのように割く。


今にも全身の毛穴から、沸騰した血液が吹き出しそうだった。


怖くてたまらない。


その巨大な蛙はギョロリとした両目を見開き、こちらを凝視している。


この醜い蛙を、目の前から消さなきゃ。


消えて。

お願いだから、私を好きって言わないで。

気持ち悪い蛙。


震えながら、よたよたと後ずさった。

ぼやけた視線の先に光るものが目に入る。


「ナイフだ」


指先まで冷たくなった手で、そのナイフを握る。


この醜い蛙を、亡き者にしなければ。


蛙に向かって飛びかかる。


無我夢中で、何度も何度もナイフを振り下ろす。

誰の声かもわからない、耳を劈く叫び声と、ぐしゃりぐしゃりという音が、ただただ不快だった。


何分、いや、何時間そうしていただろう。


ふと静寂が訪れた。


目の前には真っ赤に染まった蛙が、さっきまで綺麗で完璧だった料理の中で、べしゃりとつぶれて動かなくなっていた。


脅威は去った。


私には愛を受け取る器がない。

だからあなたの愛は、私の毒になる。

こうするしかなかったんだ。


ふと、ガラスに映る自分が目に入る。

白いワンピースは、赤の斑模様になっている。


怪物。



忘れていた。

思い出した。


私は誰にも愛されてはいけない怪物だったんだ。


時計の秒針だけが、静かに私と同じ鼓動のリズムで脈打つ。


放心して突っ立ったままの私の足元で、小さな水色の箱が潰れて転がっていた。



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