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75.〈聖者たち〉の冒険の目的

『——うおっほん。無知蒙昧な観客どもよ。この吾輩が説明してやろう』


『おお、これはまたガンドルさん!みなさん、我らが【吊るされし大魔導(ハングウォーロック)】の長ったらしいウンチクがまた始まるぞぉぉ!!』


『なにが“長ったらしいウンチク”じゃ、このクソガキが!ありがたく聞かんかいっ!!』


 広い闘技場(アリーナ)を挟んで貴賓席とナレーション席。


 魔導拡声器を使用した二人の漫才のような掛け合いを経て、とんがり帽子の大魔導がもったいぶりながら観客に向けた解説を始めている。



「召喚獣!しかもこれは……聖霊?」


「正解よ。この子は『ウガルルム』って言うの」


 アリスの呟きにモニカは頷くと、隣に佇む暴風を纏った巨大な獣の首元を優しく撫でた。


「ウチのガンドルの解説が終わるまで、試合は始められないわね。とても優秀な魔法使いなのだけれど、話が長いのが玉に瑕なの、あの人」


 そしてまた悪戯っぽく笑う。


「はあ」


 アリスは何と答えるべきか分からず、曖昧な返事をした。


「彼の話が終わるまでただ待っているというのもつまらないし、せっかくだから私たちも少しお話しましょうか?」


「お話……ですか?」


 モニカの隣の巨大な聖霊獣は、無言でじっとアリスを見据えている。


 威嚇している訳でもないのに、凄まじい圧力(プレッシャー)だ。

 だが、主人の命令があるまでは襲ってくる気配はない。

 

 審判の獣人も「好きにしろ」という風に肩を竦めた。


「あなた、ミレイユの話を聞いたんですってね」


「え?あ、はい……直接お話をしてくださったのはガンドル導師でしたが」


「随分気に入られたのね。あの子が過去を話すのを許すのって珍しいのよ。ミレイユは声を失くした分、人の本質を見抜くのに長けてるの」


「声を……」


 モニカの言葉に、アリスはセイレーンの喉元を斜めに横断する古傷を思い出し、思わず呟いていた。


「故郷の里を出られてからも、とても苦労されたのでしょうね……」


 セイレーンは滅多に生まれ育った故郷を離れることはないと言う。

 安全な故郷を離れ、ひとりであてもなく闇の大地を彷徨い歩くことは自殺行為にも等しい。

 いくら空を飛べると言う強力なアドバンテージがあるとは言え、闇の大地は魔物の領土であり空も彼らの支配域だ。

 飛行型も多く生息する。

 魔物に襲われてなお怪我で済めば上等、無惨にその儚い命を散らしてもおかしくはない。


 セイレーンは人里に下りることも少ない。

 ごく限られたときだけ姿を見せるが、本人たちの意志で長期間滞在することはまずないと言われている。

 総じてその整った容姿と美しい歌声は、邪な人間たちをも惹きつけることを知っているからだ。


 何より彼女たちのその大きな翼は目立ちすぎる。 


 ごく稀に、訳あって里を追い出されたようなセイレーンは、運良く魔物に襲われる前に人里にたどり着いたとしても、悪意ある人間によって攫われ、奴隷商人に売られると言うような話を時々耳にする。


 売られた先で凄惨な虐待に遭うことも少なくはない。


「声も、翼さえも失ってしまうなんて……許せません」


 しかし、モニカは「あら、少し誤解があるみたい」と整った顔を小さく傾げた。


「確かにあの子が里を出てから私たちと会うまでの間に、いくつもの辛い想いをしたのは間違いないわ。でも、ミレイユが声と片方の翼を失ったのは、魔物に襲われたのでもなければ、人間に何かされた訳でもないのよ」


「そうなんですか?それなら、どうして……」


 モニカの意外な言葉に、アリスは不思議そうな表情を浮かべる。


「——声も翼も。どちらもミレイユ自身が自分でやったのよ。優しすぎる彼女が誰も傷つけまいとしてね」


「!」


「あの子が声を失ったのは、故郷を出るより前の話。十二歳の誕生日を迎える少し前だったそうよ。ある時、自分の感情を制御できずに発した声で家族や親友を殺してしまいかけた。それを悔やんだあの子は、自らの喉を切り裂いたの。……でも、悲しいけど『呪い』はそんなことでは消えないわ。『呪い』自体がミレイユの声を、いつでも何度でも再現できるから。彼女はただ、肉声を失っただけ。——絶望したミレイユは、十二歳の誕生日に、誰にも言わずに里を出たの」


「そんな……」


 それは、あまりに救いがない。


「でも、それじゃあ、翼は……?」


「あの子は故郷を離れた後、できるだけ人と深く関わらないように人間の村や町を転々としながら、気の遠くなるような時間をかけて少しずつ自分の呪いを制御していったの。故郷を出て三年くらいたったころには、呪言や魔法を行使する際に生じる『代償』も、派生する余波も、ある程度その向かう方向をコントロールできるようになっていた」


 モニカが語った話は、つい先刻、ガンドルからも聞いた話だ。


 けれど、それとセイレーンが片翼を失った話のつながりが、アリスにはまだ見えてこない。


 ——いや?そう言えば。


 ”向かう方向”?


「そう。彼女はついに自分の『呪い』の『代償』を呪分で支払う手段を見つけたの」


 青髪の美しい女は、その顔に微かな哀しみを湛えて話を続けた。


「ミレイユは呪いの『代償』を、ある程度選べるようになった。——でも『代償』は『代償』。あの子にとって『大切なもの』でなければ、呪いは『代償』として認めてくれないのよ」


「……」


「ミレイユはこの過酷な世界で生きていく上で、やむを得ず『呪言』や魔法を使う度に、一枚ずつ自分の美しい羽根を捧げていった。私たちがあの子と会ったのは五年前。その時点で、すでにミレイユの片方の翼は全ての羽根を失い、根元まで完全に壊死していたわ」


「……!」


 セイレーンがそのとき聖者たちに会わなかったなら、今頃はもう片方の翼も失っていただろう。

 いやそれだけでは足りず、いつか代償に命を奪われていたかもしれない。


 絶望の淵で一人自分の命を散らしていく彼女にとって、『呪い』を克服できる——と言うか『代償』を払い続けられる仲間との出会いは、まさに救い以外の何物でもなかった筈だ。

 とは言え、すでに失われたミレイユの美しい声と美しい翼はもう戻らないし、それでいて彼女の呪いが消えることはない。


「それは、あまりにも……」


「酷過ぎる、でしょ」


 アリスの呻くような呟きに、モニカは哀し気に答えた。


「でもね、〈血塗られた聖者たち(ブラディセインツ)〉はみんな、多かれ少なかれ同じように酷い過去を持っているのよ」


「……貴方も、ですか?」


「……そうね」


「……」


 思わず問うアリスに、感情の籠らない声で答えるモニカ。


 不幸を全身に纏うようなセイレーンに匹敵するほどの壮絶な境遇を、他の四人の聖者たちも経験してきたと言うのか。


 アリスはそれ以上聞くことができなかった。


「……それでもね。あの子の『呪い』が『呪い』である以上、きっとどこかに解く方法もある。——少なくとも“ある”と、私たちはそう信じているの」


 そう言ったモニカは、どこか遠い目をしていた。


「——私たちが失ったものはもう戻らないけれど、あの子はちゃんと今を生きているのだから。だからね、ミレイユの『解呪』は私たちの冒険の、一番大事な目的なのよ」


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