72.計画は「おおむね順調」
陽光石の明かりがゆらゆらと揺れ、頼りなく石造りの壁を照らす。
地下にあるため窓もないこの場所は、薄暗く、空気もどんよりと重い。
だがここにいる者たちに、初夏のすがすがしい風を求める権利は与えられていなかった。
それもまた当然の話だ。ここは牢獄なのだから。
「なぜこの私が、こんな屈辱を受けねばならんのだ……!おのれ魔女めぇ!許さん、絶対に許さんぞ……」
青い髪をした切れ長の目の男が、地下牢の一室で呻くように言う。
この一月ほどの間に、幾千・幾万と繰り返してきた言葉だ。
彼のその怨念の込められた呪いの言葉を、しかし普段なら守衛以外に誰も聞く者はいなかった。
……そう、今日までは。
「……ふん、貴様も憎いか。あの魔女の末裔が」
「!」
不意に、彼の牢の前に一人の男が姿を現す。
明るい灰色のローブに身を包み、真夏だというのにフードを目深に被っている。
気付けば牢番の兵士の姿もない。
「酷い有様だな。……エクレウス」
「あ、貴方は」
フードの下の見知った顔に、エクレウスはくぼんだ目を見開く。
「今まで、何をしていたのです!」
唾を飛ばしながら、牢の鉄格子を両手でつかんでその男に近づく。
その声は喜びの響きより、憤りの響きが強く含まれていた。
「ふん、私も忙しいのだ。貴様ごとき小物にいつでもかまってやれるわけではない」
その男は、冷え切った目でエクレウスを一瞥し、感情のない声で答えた。
「ぐっ……!」
エクレウスは怒りで赤面しさらに細い目を見開くが、それ以上はその件には触れず、話題を変えた。
「それで……計画はどうなったのです?【王】はどうなっている?……儀式のやり直しはもう始めているのですか!?」
「ふん」
だが、眼前の男は、侮蔑を込めた目でエクレウスを見たまま、鼻を鳴らしただけだった。
「そのくらいは教えて差し上げても良いのでは?【王】の復活は、彼の悲願でもあるでしょう」
音もなく、その男の横にもう一つの人影が現れた。
同じくローブを纏っているが、その色は闇より深い漆黒だ。
そしてパサっと小さな音とともにフードを外した。
その顔が露になる。
「お、おお!おおお!我が同志よ!よくぞ来てくれた!早くここから出してくれ!」
ガシャン、ガシャンと鉄格子を鳴らしながら、歓喜の表情でエクレウスが叫ぶ。
何故、今の今まで彼のことを忘れていたのか。
生まれて初めて、心から気を許した人物だったはずではないか。
「ご無沙汰しています、同志よ。残念ながら【王】の復活はまだですが」
黒衣の人物は穏やかな声で答えた。
「……なに、多少の計算外もありましたが、計画はおおむね順調ですよ。どうか安心してください、同志よ」
「おおお!そうか、そうか!それは良かった。忌まわしい者どもの邪魔が入ったせいで計画は失敗したかと思っていたが……どうやら計画通り、この国の蛆虫どもを一掃できそうだな!さあ、早くここから出してくれ。清く正しい国を共にイチから作っていこうではないか!」
エクレウスは狂気で爛々と目を輝かせた。
だが、ふと怪訝な顔をして疑問を口にする。
「……だがしかし、どうやって計画を継続できているのだ?【王】の器にするはずだったゴブリンめは、あの忌まわしき魔女の部下どもに殺されたと聞いたが……まさか、もう代わりを見つけたと言うのか!すごいな」
「ふ…ん。つくづくおめでたいヤツだ。そもそもアレは“生み出す”のではない。もとから存在しているものを、ただ“呼び起こす”だけだ」
灰色のフードの男が冷笑する。
「な、なんですと!?」
「まあまあ、知らなくても仕方ありますまい……お伝えしていないのですから」
隣の男に苦笑を送ってから、黒いローブの男は色めきだつエクレウスに、向き直った。
「同士よ。実は『授魂の儀』を経たのは、最初から小鬼だけではなかったのですよ」
「な、そ……そうだったのか。初耳だが、それは随分と周到で結構なことだな……!」
エクレウスは少なからず違和感を覚えたが、敢えてそこには言及しなかった。
「それにすべてをお話ししていませんでしたが、実は【王】は小鬼が“成る”わけではないのですよ。彼らは言わば、封印を解くためのただの鍵」
「な、どういう……」
それを聞いて、流石にエクレウスの顔にも明らかな困惑の色が浮かび始めた。
「回りくどいことこの上ないがな。……それだけ『光の母たち』の封印は強力だということだ」
相変わらずフードの男の声は氷のように冷たい。
「……『光の母』?」
「……貴様ごときが知る必要のないことだ」
ピシャリと言い放ってから、フードの男はおしゃべりが過ぎた、と言わんばかりの表情を浮かべ——すぐにそれもどうでも良いとでもいうような様子でまた無表情に戻った。
「まあ、強力な封印と言えど、この時代でその力が大幅に弱まったのも事実ですけれどもね。『知る者』が増えてしまったし、何よりこの地上に『現界』し始めた……」
「おい、余計な話はするな」
フードの男は黒ローブの男を睨みつつ、「フン、そうでもなければ、呪術ごときで『母たち』の力を破れはしないがな……」と小声で呟いた。
その声にはわずかな畏敬と強い憎悪が混在した響きがある。
「やれやれ、掟に忠実でいらっしゃる。最後なのですから、少しは話してあげても良いと思うのですが」
黒いローブの男はそう言って肩を竦めた。




