71.実演
「でも、呪いの代償を肩代わりするなんて、そんなことできるんですか?」
後頭部を抑えながらギャアギャアと床にのたうち回るドワーフを横目で見ながら、アリスはふと疑問を口にする。
それに反応したのか、ミレイユは無言のままふと立ち上がり、つかつかとアリス達の前まで来ると、唐突に彼の隣にいたリリィの細い手首を掴んだ。
「え?」
見ればミレイユの左手に掴まれたリリィの右手の甲には、小さな切り傷が複数ある。
先刻のドラゴン・スローターとの試合で石片の雨を浴びた際に負った負傷だろう。
「あ、これは別に……放っておけば治るので……」
と言うリリィを無視して、ミレイユは右手に持った煙草を口に咥えると、おもむろに空いたその手をアリスに差し出した。
「?」
アリスは差し出されたその手の意味するところが分からず、間の抜けた顔で首を傾げる。
ミレイユは不機嫌そうにアリスを睨むともう一度胸元の羽根ペンをとり出し、高速で中空に文字を描いた。
〈『?』じゃねえよクソガキ いいからさっさと手を出しな〉
「は、はい……!」
文字を読んで慌てたアリスは即刻セイレーンの指示に従った。
もう一度差し出されたミレイユの右手を自身の左手で遠慮がちにそっと触れる。
それを待ってから、ミレイユがアリスのその手を包み込む。
アリスは思わずドキッとするのを自覚した。
次の瞬間。
『——光の精霊よ——』
世にも美しい声だった。
リリィの手を掴むミレイユの手が光を放ち、あっという間にリリィの手の甲の傷が消えて行く。
やけに光が強いことを除けば、アリスも知る通常の治癒魔法、《癒しの光》だ。
と、一瞬の後。
ズキンッ——!
「うっ!?」
リリィの傷が言えるのを見ていたアリスの口から、突然小さな呻き声が漏れた。
突如、小さな痛みが全身を駆け巡ったからだ。
そのアリスの様子を見てから、フンというようにミレイユはまた顔を背け、そしてアリスとリリィの手を放すと、踵を返して扉の方へ向かう。
「……今のが?」
アリスがセイレーンの背に向かって問うが、
「そうじゃ」
代わりにドワーフが答えた。
「まあ、ただの治癒魔法——しかもその程度の傷ならそんなものじゃがな。言っとくが、さっき吾輩が引き受けたような最大出力の命令系『呪言』ともなれば、小僧が今受けた苦痛の千倍以上じゃ」
「よ、よく……分かりました」
アリスは苦笑した。
これが、この片翼のセイレーンが生まれながらにしてその身に宿す、呪い。
確かに彼女がその能力を発揮するには、強靭な仲間が必要だと言うことが良く分かる。
「……さて、そろそろ吾輩たちも退散しようかの。あと二十分もすれば、闘技場の修復も終わるはずじゃ」
そう言ってから、「次の試合の前に飲んどけ」とドワーフはアリスに紫色の液体の入った小さなガラス瓶を投げ、そしてセイレーンの後を追って扉に向かう。
「あれ?そう言えば」
そこでふと、エイリークが思い出したように言う。
「七番隊の代わりに〈血塗られた聖者たち〉が皇女殿下の護衛をしていた筈なのに、二人もこちらに来てて大丈夫でしょうか……?」
今更ながらちょっと慌てた様子のエイリークに、振り返ったとんがり帽子のドワーフは、
「大丈夫に決まっているじゃろう。そもそも本気になったあやつが一人おれば、吾輩を含めた残り四人で束になってかかったところで敵わんしの」
全く気にした様子もなく言ってのけた。
アリスの脳裏には、顔は良いが目つきの悪い、褐色の肌の半裸のエルフが不敵に笑っている顔が浮かぶ。
(今のおれじゃ、あの人には手も足も出ないだろうな……)
お読みいただきありがとうございました!
これで第五章『舞姫と唄姫』は終了です。次回からは第六章『第二の扉』が始まります。
次はいよいよアリスの最終戦!是非お読みいただけると嬉しいです。
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