70.『呪言』の代償
「簡単に言うと、嬢ちゃんたちは『呪言』そのものの余波に当てられたんじゃよ」
ドワーフの老人は、髭をしごきながらそう言った。
「ミレイユはVIP席から吾輩の『グレート・アサルトマシーン二号』に向かって『呪いの言葉』を放った。今のミレイユならある程度『呪言』の方向を絞れるんじゃが、そうは言ってもさすがに『音の波動』の射線上や狙った対象のすぐそばにおる者は『呪言』そのものの余波を免れん。だから、お主らには会場全体に響き渡ったように聞こえたこやつの“声”は、実際には他のほとんどの者の耳には届いておらんのじゃ」
とんがり帽子の大魔導の説明に、アリスも内心で納得する。
『呪言』が行使されたあの瞬間、アリス達はローズの下へ、バラバラに粉砕された石畳の上を走っていた。
アリス達とローズがいた地点を結ぶ線上に暴走したドラゴン・スローター。
そして、アリス達がいた位置は、貴賓席のミレイユとドラゴン・スローターを結ぶ線上にあった。
つまり、アリス達は背後から『呪言』の余波を浴びていた訳だ。
「そしてもう一つの理由は『魔力の感度』じゃな。観客どもの何人かが一時的に体調を崩したのも、『呪言』そのものではなく、『呪言』の行使の代償として発現した『呪い』のうち、ちいとばかし漏れ出た分の影響じゃ。じゃがその『呪い』に晒されたとて、魔力の感度が低い多くの者は何が起こったかさえ理解できず、ただ気分が悪くなるだけなんじゃよ。ある程度以上の魔力のある者なら、ミレイユの”唄声”を聞き取れていたかもしれんがのう。ま、所詮はほとんどが無知蒙昧な烏合の衆じゃ……」
ドンッ。
何故か得意げなドワーフの声を遮るように、乱暴な音が室内に響いた。
気づけば、セイレーンがその美しい脚を机の上に投げ出している。
どうやらその足で、テーブルを思い切り蹴ったらしい。
そして煙草を口に咥えたまま、冷たい目でギロリとドワーフを睨むと、セイレーンは胸元からまた何かを取り出した。
——今度は煙草でもライターでもなく、ペンだった。
持ち手の先には彼女の片翼にあるものと同じく、純白の美しい羽根がついている。
ミレイユはその細く長い指でペン先をつまむと、おもむろに空中にペンを躍らせる。
すると羽根ペンは虚空に光の軌跡を描き始め、流れるように文字を形成していく。
「わぁ、すごい!魔導具?」
目を輝かせるリリィに、ガンドルは自慢げに薄い胸を張って答えた。
「その通り。吾輩がミレイユのために造ったんじゃ。こやつの羽根を使っておる。空中に文字を書いていつでも相手に意志を伝えることができる優れモノ!……どうじゃ、便利じゃろ?」
あっという間に文字を書き終えると、セイレーンの美しい女はふうっと煙草の煙を含んだ吐息を文字に吹きかけた。
キラキラと輝きながら、その文字がドワーフの目の前まで滑らかに宙を移動してくる。その光景は幻想的だ。
そしてドワーフの眼前で止まった、空中に描かれた文字は。
〈全部テメエのせいだろうがこのイカレ変態糞エロドワーフが
テメエがちゃんと全部回収しきっていれば周りに行かなかったんじゃねえのかオイ
何漏らしてやがんだコラ雑な仕事しやがって能無し三流魔法使い〉
一度中空で静止したはずのその輝く文字は、読み終えたころを見計らったかのように、再度動き出し、そのままドワーフの顔にめり込む。
「……み、見た目と内容のギャップがまたえげつないですね」
エイリークが半ば引き気味に呟く。
だがガンドルは動じた様子もなく——顔面にめり込んだ光の文字が消滅すると——、
「……まあそういう訳でじゃ。ギルドのヒーラーどもが体調不良者の看護に全員駆り出されてしまったからの。水色のかわいこちゃんのために、ウチの不良治癒士を連れてきたというわけじゃ。もっとも、もう治療は終わってしまったようじゃがの。ちょっと残念……そうじゃ、傷跡が残ってないかちょっと吾輩が見てぶぐほほぁっ!!」
ドワーフの後頭部に〈だれがヤンキーだコラ 開き直ってんじゃねえぞ 死んで詫びろ糞エロジジィ〉と言う光の文字列が高速で突き刺さっていく。
(……なんでメッセージを伝えるための魔導具なのに、わざわざ文字に物理的具現化の性能を付けたんだろう……?)
リリィはそう思ったが、何となく答えは分かっている気がして訊くのはやめておいた。




