69.死を呼ぶ唄姫
ガンドルの説明によると概ねこうだ。
【死を呼ぶ唄姫】——ミレイユは、呪いを持って生まれてきた子だった。
彼女の『呪い』は、発する言葉の全てが『呪言』となると言う極めて強力なものであった。
そして彼女は他でもないセイレーン。
その美しい声で紡ぐ、唄をこよなく愛する種族。
彼女にとってこの呪いがどれだけ残酷なものであったかは、想像に難くない。
『呪言』はある意味で最強かつ万能とも言えるほど強力だが、あくまで『呪い』の一種だ。
そのあまりに強大な力には、必ず相応の代償が伴う。
ミレイユの場合は、『呪言』という能力を持って生まれてしまったことそのものの『代償』として、発する言葉全てが『呪い』の力を持ち、さらにその『呪い』の全てがまたさらなる『代償』を求めると言う、あまりに理不尽な枷を負っていた。
そして呪いの代償は常に自他を蝕む負の力として発現する。
特にミレイユの呪いは本人の意志とは無関係に、ただひたすら周囲を傷つけるものだった。
里の大人たちや両親も必死だったのだろう。
十歳になる頃には、ミレイユはなんとか意志の力で『呪言』そのものの力は制御できるようになり、平常心を保っている限り意図せず他者を『呪言』で操ってしまうことはなくなった。
だが、彼女の発声とともに生じる呪いの『代償』は彼女にも、里の者にも、親にも、どうにもならなかった。
その『代償』とは、彼女がひとこと言葉を発するたびに、自分以外の周囲の者に痛みと苦痛を与えるというものだった。
赤子のころから魔法刻印をうけ、幼くして高度な治癒魔法も習得したが、自分自身の『呪い』には何の効果もなかった。
ミレイユはとうとう、耐え切れずひとり里を出た。
十二歳の誕生日だった。
もっとも、里を出てもなお、呪いが消えることはない。
『呪言』はもちろん、魔法の使用も常に最小限にしていたが、やむを得ず行使すれば、その代償は必ず周囲の者が支払う。
いつも、いつも。
「……そんな、あまりに酷すぎる……」
リリィが呻くように呟いた。
大きな銀色の瞳はたまった涙で揺れている。
「うん、可哀想すぎるよ……」
ローズも涙目だ。
「それは……さぞお辛かったでしょうね」
ジルが言葉を選びながら言う。
ドワーフも重々しく頷いた。
「ああ、しかも皮肉な話じゃがな、生身の”声”を失ったとて『呪言』には関係ないのじゃよ。故郷の里を出てからもずっと、周囲からは疎まれ、恐れられ、そして憎まれ続けた……長い間、想像を絶するような絶望の淵におったことじゃろうよ——そして最後には」
ドワーフがそこで言葉を途切ると、一同は思わず息を飲んだ。
ガンドルは神妙な面持ちで一同を見渡してから、顎でミレイユを指し、
「——グレたんじゃ」
「ん?」
思わずアリスが間の抜けた声を上げる。
「チッ」
全員の注目が集まった先で、セイレーンの美女は脚を組み、左手で頬杖をついた姿勢のまま、視線をこちらに向けることなく不機嫌そうな舌打ちのみで応えた。
右手の人差し指と中指の間には煙草。
先ほど胸元から取り出したのは、発火魔導具と紙煙草だったらしい。
あまりのギャップに一同が言葉を失って彼女を凝視してると、ひとつ大きく煙を吸い込んでから、片翼のセイレーンはギロリとドスの利いた眼光をこちらに向けた。
「何見てんだ」と言わんばかりだ。
「な、なるほど」
ジルでさえ、思わず良く分からない相槌を打って、目を逸らす。
「だが、こやつも里を出てから、ひとり旅を続ける中で少しずつ『呪い』の制御ができるようになったようじゃ。吾輩たちに会う頃には、すでに生ずる『代償』の向かう先を、ある程度自分で選択できるまでになっておった」
「向かう先を……“選択”ですか?」
思わずアリスが訊き返すと、ガンドルは満足そうに頷いた。
「そうじゃ。要は『誰に借金の返済をさせるか』を、ミレイユ自身がある程度選べるようになったということじゃ」
「それはまた、随分と進歩……というか、ある意味ではほぼ解決ではないんですか?」
エイリークが率直な感想を述べるが、
「いや、そう簡単な話ではないんじゃ。返済者には、無生物やミレイユ本人が『敵』と認識している者は選択できなんだからな」
「何それ!すっごい性格の悪いルールだね」
ローズが不満そうに言う。
もちろん、彼女の怒りの矛先は、ミレイユに憑りつく『不幸』そのものに対してである。
「それが『呪い』と言うものじゃ」
「なるほど。つまり先刻の『呪言』の代償は……ガンドル導師、貴方が返済を引き受けたと言うことですね」
ジルは納得したように問うと、
「正解じゃ」
ガンドルは今でも思い出したくない、という感じで身震いしながら頷いた。
何百メートルも離れた貴賓席から、『竜殺しの巨人』をたったの一言で封じた超強力な『呪言』。
その直後にコロッセオ中に木霊した老ドワーフの断末魔のような絶叫の原因はそれだった。
「こやつの『呪い』の代償は、主に『苦痛』。そこいらの者なら狂い死にしてもおかしくないほどのレベルじゃがな。やむを得ずミレイユに能力を使わせなくてはならなくなったときは、吾輩たちの誰かが代償を引き受けるルールになっとるんじゃ。まあ、今回は吾輩の失態じゃったから、当然吾輩が支払うことになったんじゃがな……今思い返しても、今回のは強烈じゃったわい……」
ガンドルは自分の両腕を抱いて掌で擦っている。
「……おじいちゃんが死にそうな悲鳴を上げてた理由は分かったんだけどさ」
ローズがまだ解決していない疑問を口にする。
「あんな凄い『呪言』が行使されたのに、観客のほとんどが何も気づいてないみたいだったのはどうして?」
「ふむ。その理由はさっき言った通りじゃが、主に二つある。……一つは『範囲』じゃよ、お嬢ちゃん」
それまで先刻を思い出して身震いしていたドワーフは、とたんに上機嫌でローズに向き直った。




