67.呪いの言霊
「どういうことですかね……?」
エイリークが腑に落ちないと言った表情でジルを見た。
「百歩譲って、魔法や自動機械の知識に疎い観客たちが、ドラゴン・スローターの暴走に気づかなかったのはまあ分かるとしても……あの”声”に誰も反応しないなんてこと、あります……?」
ここは控室。
ローズとリリィの試合後、アリス達七番隊はあてがわれた部屋で待機となっていた。
現在は最終戦に向けて、目下ギルドの係員が総出で闘技場を修繕している最中だ。
流石はギルドの総本山と言ったところ。
修復魔法の使い手も修繕用の魔導具も潤沢で、巨兵と少女たちとの激闘の果てに跡形もなく大破した闘技場でさえ、一時間もあれば元通りになる予定と聞かされている。
予想外のトラブルに見舞われたローズは、普通ならあまりの恐怖にトラウマを抱えてもおかしくないようなレベルだったにも関わらず、持ち前の強靭な精神力ですでに完全回復していた。
むしろ最後に腰を抜かしてしまったことが、彼女にとっては不覚だったらしい。
その強すぎるメンタルにアリスは心底安心するとともに、感心……と言うより正直に言えば若干引いている。
ちなみにローズは『不殺の契り』の防護結界が発動中、巨人に嫌と言うほど殴られ続けたが、結果的に直接の攻撃を受けることはなく、身体は全くの無傷だった。
むしろリリィのほうが、護符の結界が発動しない程度の細かいダメージを受けていた。
特に破損した石畳に打ち付けられた背部は広範囲の打撲傷となり、幸いにして骨や内臓には損傷はなかったものの、背中には蒼い痣が浮き上がっていた。
『不殺の契り』の護符は、命に関わる致命傷になり得る攻撃を事前に探知し、身代わりとなって砕ける加護を持つが、逆に言うと致命傷以外の怪我には効果がない。
「……リリィ、どう?まだ痛む?」
「ううん、だんだん痛くなくなってきた!ありがとう、アリスくん」
「ちょっとアリス!カーテンで見えないからって、リリィに変な事したらぶっ飛ばすからね」
「そ、そんなことしないよ!?おれをなんだと思ってるの!?……ていうか、そもそもお前がおれに治療しろって言ったんだろ」
「ア、アリスくんは、そ、そんなことしないよ!」
「そんなことわかんないよー?アリスだって、一応男の子だし。顔はどう見ても女の子だけどさ」
「……おい」
「ダメだよ、ローズ。アリスくん、それ気にしてるんだから!」
「あと、リリィにちょっとでも傷跡が残ったら、やっぱりぶっ飛ばすからね」
「な、なんかプレッシャーだなー……」
さっき一瞬でもローズのことを心配して損した、などと思いながらアリスは治癒魔法の詠唱を再開する。
跡形もなく破壊された闘技場の修繕をも一時間で完了できるような優秀な人材や魔導具が揃っているにもかかわらず、試合で負傷した出場者の治療に治癒士を割けない理由は簡単だ。
二戦目の後で、観客の中に原因不明の体調不良者が続出したから。
そしてその原因は、アリス達にとっては不明でもなんでもない。
エイリークの疑問に、ジルは後頭部をポリポリと掻いてから、口を開いた。
「俺も詳しくはないんだがな……恐らくそれは——」
「——それはな、『呪言の範囲』と『魔力の感度』のふたつが主な原因じゃよ」
突然、控室の扉の外から声がした。
「あれ?おじいちゃん?」
ローズがその声に反応する。
「いかにも。ガンドルじゃ。もう一人おるが……入っても良いかの?」
扉の向こうで老人の声が答える。
「鍵は開いていますよ。どうぞ入ってください」
ジルが応じると、キイっと小さな音を立てて木製の扉が開く。
開いた扉の向こうには、とんがり帽子の小柄なドワーフ——と、その後ろにもう一人。
編み込んだ黄金の髪を左の肩から前に垂らした、青い瞳の美しい女。
純白の翼を片方だけ持つセイレーン。
——〈血塗られた聖者たち〉のミレイユだった。




