66.魂を刈り取る唄声
「安全装置とやらはどうなったのさ!?」
オルフェが険を含んだ目でドワーフを睨む。
その声には珍しくやや焦りの色が混じっている。
ジルたちがローズの下へ向かっているが、間に合わない。
彼もこの位置からではさすがに届かない。
機動巨兵はたった今護符の加護を失った赤髪の少女に向かって、そのミスリルの巨腕を無慈悲に振り上げていた。
試合後の余興の続きと無知に湧いていた観客席からも、ちらほらと怪訝な声が上がる。
だが、オルフェの焦りとは裏腹に、〈聖者たち〉は何故か先ほどより落ち着いている。
「言うまでもねえがてめぇのケツは手前ぇで拭けよ、クソジジィ」
「わかっとるがな」
「……うそだよ。だってガンドルの“ケツを拭く”のはミレイユじゃん。ガンドルはただ引き受けるだけでしょ」
「ククル、女の子がそんな品のない言葉使っちゃダメよ」
「わ、わかっとるがな……ミレイユちゃん?できれば……その、できればで良いんじゃが、できるだけお手柔らかにお願いできんかのう……?」
とんがり帽子のドワーフは上目遣いにセイレーンを見上げる。
片翼のセイレーンは無言のまま、変わらず恐ろしい微笑みを浮かべて——ドワーフへその白くしなやかな手を差し伸べた。
「!……ううっ。わかったわい。……思いっきりやっとくれ!」
そしてガンドルは観念したようにその手をとった。
同時に眼下ではドラゴン・スローターが振り上げたこぶしを今まさに振り下ろさんとしていた。
左右非対称の目が赤く激しく輝く。
「くそっ!一か八かだ!!」
オルフェは叫んで、腰の得物を引き抜こうと——
「まあ待ちな【銀弾】。死人なんか出さねえよ」
褐色のエルフがそれを手で制す。
「邪魔だよ、どかないと——!!」
その時。
ドワーフの手を取った美しいセイレーンは、貴賓席の縁の前で大きく息を吸い込み——
——止 ま り な さ い !——
Ψ
この世のものとは思えないほど美しく麗しく。
それでいて聞く者の魂を、心臓を、根こそぎ握りつぶすように恐ろしく悍ましい。
それは声であって声ではない。
唄であって唄ではない。
それは悲鳴であり慟哭。
聞く者の恐怖を掻き立て、死を彷彿とさせる嘆き。
「——!!??」
アリスは一瞬、時間が止まったように感じた。
いや、自分の思考が停止していたのか。
同時に自分の心臓も止まったようにすら感じていた。
思い出したように、慌てて息をする。
そして、自分が今、仲間の元へ、ローズの元へ向かっているのだと思い出す。
「ろ、ローズは……!?」
視線の先には、地面にへたり込んだままの赤髪の少女の姿。
遠目からも驚愕の表情を浮かべているように見えるが、怪我をしているようには見えない。
彼女の真上には巨人の掌。
赤髪の少女の小さな頭部の僅か三メートル上で、完全に静止している。
二度目の沈黙。
だが今は左右非対称の目も光を失っている。
「な、なにが起こった……?」
「驚いたな」
呟くアリスの肩に手が置かれる。
リリィを地面に降ろしてアリスの後を追って来たジルだ。
「な、なんですか!?今のは……!」
少し遅れて追いついたエイリークが、上ずった声で問う。
ジルは貴賓席の方を見ながら、ゆっくりと答えた。
「俺も見るのは初めてだがおそらくあれは『呪言』——あらゆるものを意のままに操る呪いの言葉だ」
Ψ
「ぎゃああああああああああああああっ!!うぎゃああああああああああああああ」
「うるっせえ!さっさと何か喋りやがれ」
「うごぼえっ!!」
余りの出来事に、五万人もの観客を擁するコロッセオ中が静まり返っていた時だ。
悲痛な絶叫が木霊したかと思うと、すでにお約束となった乱暴な罵倒と呻き声。
「なにすんじゃあ、おんどりゃあ!」
ドワーフの怒りの叫び。——に続いて、同じドワーフのやや落ち着いた、それでいて今まで以上に大音量の声がコロッセオに響く。
『うおっほん。……はぁはぁ。えー、オーディエンスの諸君?……えーと今のは……もちろん演出、そう、サプライズじゃ!えー、どうじゃったかな?試合終了と思わせておいて、突然古代兵器が少女たちを襲う演出。ハラハラ、ドキドキしたじゃろう?ぐわはははははははっゲホゲホ……はぁ、はぁ。……あーえー、ごほん。ちなみに、興奮しすぎて具合が悪くなった者がいるようじゃな?無理せずギルドの係の者に申し出るように』
ドワーフの大魔導の相変わらずの高笑いも、今回ばかりは少し強引な印象が否めない。
それに何故だかやけに疲れ気味だ。だが。
一瞬の沈黙が流れた。
そして。
『……や、やはり演出だったぁぁぁあ!!正直私も騙されかけましたぁぁぁぁあ!ちょっと……いや、大分人が悪いぞ、我らが【吊るされし大魔導】っ!!?』
オオオオオオオオオォォォォォォ——ッ!!
大歓声がコロッセオ中を埋め尽くした。




