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65.暴走

「ん?なんかアリスが叫んでる?」


 大歓声の中でなお、同期の叫び声を耳の端で微かに捉えたローズは、間の抜けた声を出した。


 アリスが大声出すなんて珍しい。

 よほどあたしたちの活躍が刺激的だったかなぁ?

 ……まあ、敗けちゃったんだけどね。


「——ローズ!!」


 リリィが叫ぶ。


 防護結界に包まれたローズは、第六感を含む外界への知覚機能が制限され、その異変に気付くのがわずかに遅れた。


「!!」


 ズゴゴゴォォンッ!!!


 青白い光の球体が、天高く打ち上げられた。


 と思ったら、また地面に叩きつけられている。


 突然の衝撃と視界の変化に、ローズは何が起こったのかを理解するのに数瞬を要した。


 活動を停止していた筈の機動巨兵が、いつの間にか、防護結界に守られた球体に怒涛の連撃を加えている。

 脚を拘束していた泥からもすでに抜け出している。


「ええ!うそうそ!?何、どうなってるの!?」


 ローズは球体の中で悲鳴を上げた。


 防護結界に守られてローズには直接のダメージはないが、多少の衝撃は体を伝って脳を打つ。

 何より視界が目まぐるしく変わり、酔いそうだ。


 しかも、頼みの綱の防護結界が、徐々に輝きを失っていく。


 アリスが、ジルが、そして少し遅れてエイリークが慌てた様子でこちらに向かってくるのが目の端に移った。だが、遠い。


(うわっ、もしかしてあたし今、大ピンチ——!?)



     Ψ


「まるで玉遊びだな」


「ふん、趣味の悪い演出だ」


 銃士エーヴェルが鼻で笑い、銃士メーリックが不機嫌そうに言う。


 同じ貴賓室内にいるとは言え、耳を(つんざ)くような周囲の大歓声にかき消され、先ほどのガンドルの消え入りそうな言葉が届いていないローエンデールの皇族と警護団は、他の多くの観客と同様に、まだ緊急事態に気づいていない。


「『不殺の契り』はいつまで持つの?」


 一方で〈血塗られた聖者たち(ブラディセインツ)〉はやや緊迫した面持ちだ。


 もっとも、彼らがまだ小声で話をしているのは、ローエンデール勢が事実を知って騒ぎ出すと対処が余計難しくなると踏んでのこと。


「おおよそ一分よ。あと多分……」


 兎人の少女の問いに、青髪の美女が答える。


「……五秒も持たないないわ」



     Ψ


(防護結界が消えちゃう……!)


 ローズを包む球状の結界の光が明らかに弱まり、ついに明滅し始めたのを見たとき、リリィは考えるより先に走り出していた。


 大海に浮かぶ小さな島のように点在した元石畳の残骸の上を舞うように駆けながら、つい今しがたしまったばかりのバトルファンを再度両腿の収納ベルトから引き抜き、胸の前で大きく交差させると、残り少ない全魔力を一撃のために込める。


「《バタフライ——》!!?」

「リリィ!だめ!!」


 ズガガガアアンッ!!


 ローズの叫び声をかき消して、耳を劈くような轟音が響いた。


 水色の髪の少女の接近を感知した機動巨兵は、目前の面倒な結界があと数秒で解除されることも計算し、繰り出した剛腕の軌道をわずかに変えて青色の球体ではなくその真横の地面に叩きつけた。


 そのまま土と石畳の残骸を掌で掴み、リリィに向かって救い上げるように放つ。


「うっ!」


 リリィは咄嗟にバトルファンに込めた魔力を防御魔法に転換し、魔法障壁を展開してなんとか石の弾丸の雨を防ぐも、その衝撃波をまともに受けて吹っ飛んだ。


「きゃあっ!!」


「リリィ!」


 宙を舞う水色の髪の少女が再び地面に叩きつけられる前に、ちょうど全速で駆けていたジルとアリスが追いつき、ジルがリリィの華奢な身体を容易く受け止める。


 リリィの無事を確認したアリスは、さらにローズに向かって走るが——とても、間に合わない。



 そして、『不殺の契り』の防護結界が——完全に消滅した。



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