59.スケールが違い過ぎるよ
『行けえぇい!グレート・アサルトマシーン二号!!こうなったらもう、ヤケじゃあっ』
ガンドルの声に応じ、巨大な人型兵器がゆっくりと剣を振りかぶる。
「リリィ、出し惜しみはなしだよ!むちゃくちゃ強そう!」
同時にローズとリリィは地を蹴って背後に飛び退り、十メートルを超えるミスリルの巨兵から距離を取った。
「うん、わかってる!わかってるから言わないで」
短く答えて、リリィは自身の両腿に手を伸ばす。
得物を引き抜くと今度は胸の前で両手を交差させる。
そしてシャッと小さな音を立てて、愛用の武器バトルファンを開いた。
二枚の扇はすでに強烈な光を纏っている。
ローズも魔導銀鞭に輝きを与えると、ヒュンヒュンッと無造作に振るう。
目にも止まらぬ速さで幾重もの光の線が空中に弧を描く。
しかし、眼前に展開されたすべてを切り刻む光の結界も、『竜殺しの巨人』はまるで意に介さない。
振り上げた右手の巨剣を、ただ機械的に振り下ろす。
「あ。これヤバいわ」
ズガアアアンッ——!!!
轟音。
ただの一振りで、闘技場の石畳に十メートルを超える深い亀裂が生じる。
つい今しがたまでローズとリリィが立っていた石面は跡形もなく吹き飛んでいた。
規格外の剛力と衝撃で足場ごと爆砕されては、ローズの斬撃の結界も防壁になりえない。
瞬時に悟り、石畳を蹴って後方へ大きく後退していなければ、初撃で二人ともゲームオーバーは必至だった。
「スケールが違い過ぎるよー……!」
「シャレになんないわね。あの巨体であの速度・あの攻撃範囲、それにあの反則的な破壊力……!さすがにあたしも『不殺の契り』なしじゃ、挑む気になれないわ」
ローズの言葉に、リリィは思わず胸元の小さな護符を握りしめる。
いざという時に彼女たちの命を守ってくれる唯一の命綱だ。
「あんなのと、どうやって戦うの?」
「大丈夫。あたしたちの《光の剣》なら魔導銀だって切断できるでしょ!」
「だけどローズ。あの巨体じゃ、手あたり次第に攻撃してもかすり傷にしかならないよ」
「分かってる。だから大技を、しかも弱点の一点集中で行くよ」
「……うん、分かった、了解だよ!」
短い作戦会議を終えると、ローズは輝くミスリルの鞭を手に真っすぐに機動巨兵へ突撃する。
一方のリリィは真上に跳躍し、舞うように回転しながら中空で二つの扇を続けざまに放つ。
さらに着地と同時に目を閉じ、空いた両手で印を結びながら、歌うように呪文を詠唱し始める。
瞬く間にリリィの身体が淡い光に包まれ、水色のショートカットの髪がゆらゆらと重力に反して揺れ始めた。
ヒュルルルル——!
二枚の煌めく鉄扇が彗星のような光の軌跡を描きながら、竜を狩るために造られし古の巨人の頭部を襲う。
機動巨兵は左腕を無造作に横に薙ぎ、その一つを叩き落とすが、絶妙にタイミングをずらして放たれたもう一枚の輝く鉄扇は、生き物のように軌道を変えながら、巨兵の頸部を切り裂く。
だが、浅い。
機動巨兵は何事もなかったかのようにまた剣を振り上げると、その視界にリリィを補足、その姿勢のまま水色の髪の少女へと足を踏み出す。
「行かせないよ!」
踏み出した足が着地する直前を狙いすまし、ローズが《光の剣》の魔力を最大出力で展開した鞭を繰り出す。
同時に変化魔法で限界まで長さを伸ばし、激しい光を放つ鞭が一瞬で巨兵の右足首に巻き付く。
「せえのっ!」
切断力を最大化。
全身全霊の魔力を込める。
——が。
「きゃっ!」
光の糸が巻き付いたまま、何事もなかったかのように巨兵は右足を降ろし、石畳を踏みしめた。
ズウウンという地響きとともに、ローズは圧倒的なパワーに引きずり飛ばされる。
ウェーブの掛かった豊かな赤毛の髪が振り乱れる。
剛力の闘牛型ウッドゴーレムを一瞬で細切れにしたローズの大技をもってしても、竜殺しの巨人には一瞬のよろめきももたらさなかった。
「うっわー、傷つくわ……さすがに切断できないまでも、転ばせるぐらいはできると思ったのにさ。……え、てか、あたしの存在まで無視!?」
足下に転がるローズには目もくれず、機動巨兵はリリィに向かって一直線に歩を進める。
「リリィ!」
「《水流刃》!!」
眼前に迫るミスリルの巨人に動じることもなく、詠唱を終えた水色の髪の小柄な少女はその銀色の大きな瞳を見開き、両手を突き出した。
リリィの小さな掌の先に、十トンを超える膨大な量の水が召喚される。
途方もない質量のそれは、見る見るうちに圧縮され超高圧の水刃と化す。
そして次の瞬間、音速をはるかに超える速度で射出された。
強力な魔力反応を感知した魔法王朝時代の殺竜兵器は、剣の腹で大水刃を受け止める。
ガギギギイイインッ!!!
巨大な剣と比較しても引けを取らないほどのサイズ。
しかも超高速かつ超高圧力の水の刃が巨大なミスリルの刃さえも削る。
だがその圧倒的な魔力の塊でさえも、ドラゴン・スローターの圧倒的な膂力の前に押しとどめられ、だんだんとその勢いを失っていく。
——と、その時だ。
ヒュルルルル——ギンッ、ガギンッ!!
微かな風切り音の後に二つの金属音。
先刻巨兵の頭部を襲った二枚の銀扇が、大きく旋回して戻り様に背後から機動巨兵の右頸部を抉っていく。
タイミングをずらしつつ、全く同じ箇所だ。
「やった!」
リリィは手元に戻ってきた二枚の鋭利な銀扇を呼吸をするかのように簡単にキャッチすると、小さくガッツポーズ。
しかしそれでもなお、機動巨兵は一瞬たりとも動じた様子を見せなかった。
まるで何もなかったかのように右手の巨剣を切り払うと、すでにほとんど勢いを失っていた水の刃を容易く粉砕、返す刀でリリィに振り下ろす。
「リリィ!」
「!」
高位魔法を放った直後の消耗と、打撃を与えた感触の慢心から、リリィの反応が一瞬遅れる。
すでに巨兵とリリィの距離はおよそ五メートル。
完全に殺竜兵器の間合いだ。
ヒュンッ——!
ローズが巨兵の真後ろから鞭を振るう。
光の糸が高速で巨兵へ伸びる。
とは言えその一撃ですでに繰り出された巨兵の破滅的な切り下ろしを止めることは難しい——と観客の誰もが水色の髪の少女の脱落を予想した。
——だが、予想に反して背後から伸びた光の糸は巨兵を追い越してリリィに伸びる。
「!!?」
驚いたのは観客たち。
そして〈血塗られた聖者たち〉さえも目を見張った。
次の瞬間光の糸は水色の髪の華奢な少女の身体に巻き付く。
——手元が狂ったか!?
——味方からの攻撃には、護符の加護は作動しない!
誰もが恐ろしいを想像して目を覆う。
そして——
ズガガガアアンッ——!
「ひゃん」
また石畳が粉砕される破壊音。
同時にやや間の抜けた声とともに、水色の髪の少女の身体が宙を舞い——赤髪の少女の真横に柔らかに着地した。
同時に彼女の身体に巻き付いていた光の糸がふわりとこぼれる。
小柄で華奢な少女の身体には、かすり傷一つない。
「あぶなかったぁ、ありがと、ローズ」
「油断大敵、でしょ」
「えへへ、ごめん」
一呼吸前までリリィがいた場所は、新たに形成された巨大な裂け目の中心となっていた。
『うおおおおおおおおおおおおッ!!』
観衆とナレーションの歓声が、闘技場に鳴り響いた。




