58.森に潜む妖魔
時をわずかに遡る。
アリス達七番隊が、サンダリアンのコロッセオに出場する前日。
【黄昏の魔女】ルシア率いる一番隊は、アリス達のはるか北方の深い森の中にいた。
王都レグルスから南東に向かう列車に乗り、ナディアに五つある大都市のひとつであるこのプロキオンに到着したのは前日の夜のことだ。
そこで一泊した後、この日は朝からさらに馬で東へ進み、一番隊は昼前にこの森に入っていた。
情報によれば、最近プロキオン付近に出没する豚面鬼は、いつもこの森から現れると言う。
森のどこかに、奴らの根城となる洞窟か何かがあるのは間違いなさそうだった。
枝や葉を短剣で切り払いながら、道なき道を進む。
森に入ってから、すでに二時間くらいか。そろそろ正午を過ぎた頃の筈だが、鬱蒼とした木々に覆い隠されたこの森の中は、すでに日が暮れているのではないかと錯覚するほどに薄暗かった。
(……この異様な空気は何?)
今のところまだオークどころか一匹の魔物とも遭遇していないが、森全体に立ち込める邪悪な空気にルシアは警戒心を強めていた。
(こんなに瘴気が強いのに、魔物がいない)
「……この森は何かおかしいスね。隊長」
ルシアの後ろを歩いていたシュカが声を発した、その時だ。
「隊長!何かあります」
短剣で道を切り拓いていた先頭の騎士が、こちらを振り返って叫んだ。
ルシアとシュカは顔を見合わせると、後ろにいた二人の騎士とともに、彼のもとへ走った。
「!」
「これは……!」
鬱蒼と生い茂る枝葉をかき分けると、ルシア達は唐突に木々のない拓けた場所に出た。
そこでようやく、まだ昼過ぎであると言う事実を再確認するとともに、いつの間にか空がどんよりと曇っていることを知る。
だが、そんなことに意識を割く余裕もなく、五人の騎士は目前の光景に絶句していた。
「隊長、どうします?」
シュカがかすれた声でルシアに尋ねる。
「……直ちに人を集めて。すぐに突入します」
『……了解』
シュカを先頭に、騎士たちが足早にたった今来たばかりの道を引き返していく。
ルシアも最後にそれに続いて歩を進め、そしてふと立ち止まって振り返る。
その紫水晶のような瞳には、巨大な石造りの建造物が映っていた。
要塞、と言うよりは神殿のように見える。
人の手で造られたのち、はるか昔に捨てられ廃墟となった遺跡だ。
その遺跡の内部から、邪悪などす黒い瘴気が溢れ出ている。
ルシアの『魔眼』の魔力に頼らずとも、百を超える妖魔が遺跡の中で蠢いている気配を、一番隊の騎士全員が瞬時に感知できるほどだった。
(これほどの規模……妖魔の異常発生はゴブリンだけではなかった?)
だが、【黄昏の魔女】の魔眼には、その禍々しい瘴気の裏にある因果関係までを見通す力はなかった。




