50.ローズとリリィ
コロッセオ全体に鳴り響くナレーションの語尾も、疑問形だ。
『——くぉら!泥人形とは失敬なっ!』
その時、老人の声がナレーションと同レベルの大音量でコロッセオ中に響き渡った。
『分類上は”マッドゴーレム”じゃ!しかもただのマッドゴーレムじゃないぞ』
『あ、これはガンドルさん』
当初、ナレーターがどこに居るのかローズたちには分からなかったが、よく見ると貴賓室からアリーナを挟んでちょうど向かい側に、他の観客席とは形状が異なった箇所を見つけた。
そこから若い男が、身を乗り出しているのが見える。
手には棒状の魔導具を持っている。間違いなく、あの若者がナレーターだろう。
一方、割って入ったのは貴賓室の中にいるとんがり帽子のドワーフ。
椅子の上に立ち、手にはナレーターの男と同じ魔導具を持っている。
『うぉっほんっ!吾輩のコレクションは全て特別製。そしてこやつらはゴーレムでありながら、限りなく人間に近い滑らかな動きを可能にしつつ、機能性と戦闘力を兼ね備えた芸術品じゃわい』
魔力で拡声されたガンドルの言葉に呼応するように、壇上のマッドゴーレムたちが構える。
確かにゴーレムとは思えない程その動きはしなやかで、もしその全身を外套で覆っていたなら人間に見間違えてもおかしくはないくらいだ。
『さあて、まずは小手調べじゃ。嬢ちゃんたちがただ可愛いだけのマスコットなのか、それとも天下の〈星芒騎士団〉の名に恥じぬ実力者なのか、とくと見せてもらおうか。……おっと忘れとったが』
ローズとリリィの眼前で、二体の泥人形がおもむろに両手を突き出す。
と、その手が見る見るうちに形を変えていく。
三秒と待たずして、一体の右手は巨大な斧に、左手は銃に。
そしてもう一体の右手は戦棍、左手は長大な槍に変わる。
『そやつらは相手の特性を解析し、最適な武器を瞬時に造り出すことができるんじゃ!今回はどうやら近接・中距離・長距離全てを封じるつもりのようじゃな』
「へえ」
ローズが小さく感嘆の声を漏らす。
『さあ!お嬢ちゃんたち、降参するなら今じゃよ。そうじゃなぁ……ぐふふ、ふたりとも吾輩の彼女になると言うなら特別に——ぶぐほぉぁあ!!!』
ドワーフの老人の言葉の語尾が、まるで断末魔のようにコロッセオ中に響く。
貴賓席では、両手と膝を地面に着く小さなとんがり帽子の左には澄ました顔の青髪の女、そして右には相変わらず微笑みを湛えたままの片翼のセイレーン。
『げ、げほ……じょ、冗談じゃ……』
「——準備は良いか、二人とも」
少女たちに護符のついた首飾りを手渡すと、犬の獣人は呆れた顔を隠そうともせず、二人を見た。
「あいつらはな、放っておくとああして延々とコントを続けるんだ。会場は湧くが……俺としてはそろそろ始めたいんだが?」
「あのおじいちゃんてば面白いから、あたしはもうちょっと聞いてても良いんだけど……?」
「わ、わたしは早く始めたいです……」
何故かガンドルにひらひらと手を振りながら愛想を振りまくローズの背後で、リリィが消え入りそうな声でおずおずと意見を述べる。
「……そうだね、このままだと試合が始まる前にリリィが卒倒しちゃいそうだし。それにあんまり長くこの日差しの下にいるのはお肌にも良くないし……始めていいよ、獣人のイケメンさん」
「よし来た」
獣人はニッと笑ってから右手を高く掲げる。
それを合図に大歓声に沸く会場が、水を打ったように静まり返る。
そして——
「始め!」
ゴオオオオオウウウウン——!!
振り下ろされた獣人の手とともに、試合開始の銅鑼の音が鳴り響いた。
『げほ……ふ、ふふふ、勇敢な乙女もまた良し!だが吾輩の『キラーパペットマン・マークⅡ』の優れた解析能力の前にどこまで……ほへ?』
——ズシャッ!!
——ザンッ!!
二つの閃光が交錯した。
闘技場を注視していた筈のほとんどの観客は、二筋の光の線と、いつの間にかマッドゴーレムの背後に着地する二人の少女の姿を後追いで捉えるのが精いっぱいだった。
赤髪のの少女の右手、水色の髪の少女の左手にはそれぞれ、輝く刀身の細剣。
そして一拍の後、二体のゴーレムの上半身がボトリと音を立てて、闘技場の石畳の上に落ちる。
「いくら分析したって関係ないよ。別に隠してるものなんてないしさ」
立ち上がって振り返り様、こともなげにローズは笑う。
さらに一拍の間をおいて。
ウオオオオォォォォォォォオオオッ——!!!
大歓声がコロッセオ中を包みこんだ。




