45.ジルの異能
——ギン、ギィン!ガキンッ!
雷獣のしなやかな前脚から繰り出される怒涛の連続攻撃に、エイリークはレイピアで防戦一方だ。
思わずさらに一歩後退したところへ、一瞬視界から消えた大イタチの横薙ぎの斬撃が襲う。
その鉤爪はバチバチと火花を散らす雷光を纏っていた。
「くっ!」
細剣でその一撃を受け流すが、直後にその刀身を伝って、強烈な電撃がエイリークの全身を駆け巡る。
何とか足を踏ん張って耐えるものの、衝撃で身体が大きく弾かれ体制を崩す。
「エイリーク!」
ガンッ!
追撃をしようと迫る雷獣にジルが盾ごと体当たりをした。
その衝撃に雷獣の巨体が数十メートル吹き飛ぶ。
「ギャン!?」
さすがの精霊獣も驚いたような悲鳴を上げた。
「おお……」
「体当たりで、モニカの雷獣をあそこまで吹っ飛ばしたじゃと!?」
五万人を収容できる途方もなく巨大な客席の中で、最も試合を見やすい位置に設置された貴賓席。
その中で、兎人の少女が小さく感嘆の声を漏らし、とんがり帽子のドワーフが目を丸くしていた。
「あら、やるじゃない」
青髪の女も感心したように言う。
「馬鹿野郎。耄碌してねえでよく見とけよ、クソジジイ。ただの体当たりじゃねえ、あの光る盾に込めた魔力でぶっ飛ばしたんだろうが」
褐色の肌のエルフが乱暴な声を上げた。
「おい、見ろ!斧だけじゃなく、あのデカい盾まで光っているぞ!?」
「《光の剣》とやらは、武器以外にも掛けられるのか?」
銃士エーヴェルと騎士クラウディスも驚愕の声を漏らす。
「ちっ」
銃士メーリックは何故か不機嫌そうに舌打ちをした。
「凄いですわ、お兄様!あのジルさまという方、大きな魔物をものともしませんわ!」
「えーと、魔物ではないのだけれどね」
「姫!かような野蛮極まりない戯れ事、見てはなりません。ルイジアナ、何をしている。姫の目をふさげ」
「……いやメーリック卿、さすがにここまで殿下をお連れしておいてそれは今更だろうがよ……貴公も大概融通の利かん男だな」
目を輝かせる幼い皇女と、穏やかに訂正する青髪の女、そして相変わらず不機嫌な仏頂面の銃士メーリック。
最後に呆れ顔で言ったのは、ローエンデール警護長の騎士ハルドールだ。
ここ貴賓室は、一見するとシェルターもなく、座席が他より幾分豪華なことと、どこよりも見渡しが良いことを除けば、無防備にも見える。
だが実際はそうではない。
最上級の魔導装置により目に見えない強力な結界が幾重にも張られており、如何なる矢も弾丸も攻撃魔法も外部から内部へ届くことはない。
直接的な攻撃はもちろん、精神に干渉する類の間接的な攻撃もだ。
逆に内部から外部への干渉については、どの結界も一切反応しないように設定されている。
今、この堅牢な多重結界に守られた貴賓席にいるのは、隣国の第三皇子と第六皇女、それから皇女の侍女。
その他ローエンデール警護団からは警護長の騎士ハルドールと騎士クラウディス、銃士はメーリックとエーヴェル。
一方、ナディア側はオルフェのみがいる。
そして、今大会の主催者たる〈血塗られた聖者たち〉の五人。
試合開始直前に、兄皇子や護衛たちとともに貴賓室に入室したセシリアは、不穏な二つ名を持つ聖者たちと対面すると、恐れ戦くどころか、ひとしきり感動していた。
自国の王宮では目にすることもない様々な種族。
しかも彼女がいつか一目見たいと恋焦がれたエルフと思しき者までいる。
歴戦の戦士でさえ怖気づく褐色の妖精の粗野な言動にさえ、まるで動じる様子もなくただひたすら目を輝かせている隣国の幼い皇女の姿に、「さすがあの皇子の妹だな」とオルフェは半ば呆れつつ感心もしていた。
“肝が据わっている”どころの話ではない。
(主に銃士二人の妨害により)お互い、自己紹介も碌にできていないにもかかわらず、泣く子も黙る〈血塗られた聖者たち〉を相手に早くも打ち解けている雰囲気さえある。
ローエンデール警護団の幹部である銃士ロードリックや軍兵ラークの姿はここにない。
鉄壁の結界に防護された貴賓室もサイズに限界があり、彼等はオルフェ以外の〈星芒騎士団〉三番隊と同様に、貴賓室の周囲をぐるりと取り囲むようにそれぞれ配置につき、警戒に当たっている。
「ふむ。彼も『異能』使い、という訳ですな」
警護長ハルドールが顎を擦りながら興味深そうに言う。
「大楯に光の奇跡を付与できると言えば……!なるほど、あの方がそうでしたか!」
隣国の第三皇子ローレンスが、興奮したようにオルフェを振り返る。
「ええ……殿下。お察しの通りです」
オルフェは愛想笑いを浮かべて、曖昧に頷いた。




