41.不可解な魔王
「——で?何か用か、ギルバート。お前、暇なのか」
「頼むからお前と一緒にするな。……聞いてるだろう、【宵闇の魔王】の件だ」
そこでやっとクロードの顔から笑みが消える。
「……ああ、もちろん報告は目を通してるさ。ルシアとカレン達に調査させるはずだった例の地下迷宮に、【宵闇】が出たって話だろ。でも本当なのか?」
「間違いない。地下迷宮の周囲を警備していた兵が実際に”実物”を見たらしい」
「十数年振りに突然出現した地下迷宮に、【宵闇】か。今更どういう風の吹き回しだ。未攻略の地下迷宮なんて、昔から大陸中にゴロゴロあるだろうに」
「ヤツの考えることなど、俺には分からんよ」
ギルバートは静かに首を振った。
「で?結局、どういう種の地下迷宮だったんだ?」
「それも分からん。何せ、調査の前に【宵闇】が地下迷宮そのものを破壊してしまったからな」
「……破壊、ね。何のためだ?」
「それも不明だ。漏れ出す瘴気や這い出てくる魔物から民を守るため——だと思いたいがな」
ギルバートは困ったように肩をすくめた。
「ひとつだけ確かなことは、もし予定通りルシアとカレン達が調査に向かっていたら、【宵闇】と鉢合わせていたと言うことだな。それを避けられただけでも、今は良しとすべきだ」
「なんだよ、うちの【魔女】と【戦女】の二人がかりでも、【宵闇】には勝てないって言いたいのか?」
クロードが碧の瞳でギルバートを見る。
「……じゃあ聞くが、お前は勝てたと思うのか?」
ギルバートはそれを正面から受け止めて、旧友に問い返した。
「……いや、すまん。例え『解放』しても無理だろうな。最悪、大事な子どもたちを失っていたかもしれん」
クロードは視線を切って、頷いた。
「確証はないんだが」
ややあってから、ギルバートが口を開いた。
「ランフィス様の遠隔調査魔法と現地の事前調査隊の情報によれば、地下迷宮の最下層に大きな魔力反応が観測されていたらしい。迷宮の固有結界のせいで、外部からでは詳細までは分からなかったようだがな。どうも魔物や魔族といった怪物の類ではないという話だ」
「ふうん、じゃあ何かしらの“物品”……つまりは『財宝地下迷宮』だったってことか」
「あくまで推測だがな」
「まあ、どのタイプであるにせよ、地下迷宮に魔物とお宝はつきものだ。別に珍しい話でもない。……けど、そうなると、【宵闇】はその財宝が目的だったということになるな」
「ああ。そうなるだろうな。しかもどういうわけか、ヤツは出現したばかりの地下迷宮の最下層に眠る財宝が何であるのかを、出現直後から知っていた可能性がある、と言うことだ」
「ランフィス様でさえ、そこまでは探知できなかったのに、か」
クロードはそう言って溜め息をつくと、親指と人差し指で自分の眉間のコリをほぐすようにつまんだ。
「それともう一つ、これも警備兵の報告だが、【宵闇】が地下迷宮前に出現するのとほぼ同時に、二十匹ほどの妖魔の群れが迷宮前に現れたらしい」
「妖魔?」
「ああ、小鬼だったらしい。何が目的だったのかは分からんが、結局は迷宮の前で【宵闇】に一瞬で消されたらしいがな」
「さすがにゴブリンまでがお宝目当てってことはないよな。迷宮から漏れ出す瘴気にでも引き寄せられたか?まあ何にせよ、その小鬼どもにしてみりゃ、【宵闇】にばったり出くわしちまったのは不運としか言いようがないな。警備兵が巻き込まれなかったのが何よりだ」
「【宵闇】は、積極的に人を傷つけるわけではないからな。今のところ、だが」
「ヤツが本気でやろうと思ったら、人類はとっくに滅んでるかもな」
「……否定はできんな」
「とりあえず、『魔王様』が快楽殺人者の類じゃなくて、人間としてはラッキー、ってとこかね」
「ああ……だが、決して我々の味方ではない」
「……当然だろ?あれは人智を超えた『災害』そのものみたいなものなんだからさ」
はぁ、と溜め息を一つつき眉間から手を離すと、クロードは椅子から立ち上がって窓の外に目を向けた。すでに日が沈んでから大分時間が経っており、濃紺の空には三日月が輝いている。
「結果的にルシアも五番隊も警備兵も無事で、しかも瘴気を放つ厄介な地下迷宮も消滅したんだ。今回は素直に運が良かったと考えよう。あとは【宵闇の魔王】が迷宮から持ち去った『何か』が、しょうもないただのガラクタであることを祈りたいところだな」
クロードの言葉に、ギルバートは深くゆっくりと頷いた。
「ああ、まったくだ」
Ψ
「今度は二人揃ってコロッセオとは……次から次へと、やってくれるわ」
忌々し気に吐き捨てたのは、〈燕〉。
「しかし、護衛のはずの『星の騎士』が出場するのなら、姫のほうの守りは手薄になるのでは……?」
「馬鹿か。宿に残るのならまだしも、試合中に貴賓席の二人を狙えるものか。周りは多重結界と皇子の護衛で囲まれているのだぞ。それにギルドの目も冒険者トップパーティの目もある。まさか闘技場にまで姫を連れて行くとはな」
おずおずと問う〈鳩〉を冷たく一蹴したのは、〈鴉〉だ。
「……まあ、今さらだな。計画は変わらん。実行はあの小僧がサンダリアンを離れたときだ」
最後に〈梟〉がそう告げると、秘密裡に開催された臨時の会合は解散となった。
お読みいただきありがとうございました!これで第三章『皇子と〈血塗られた聖者たち〉』は終わりです。
次からは第四章『コロッセオの魔導人形』がスタートします!
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