38.聖者たちの事情
ギルドマスター・バッガスの話によると、こうだ。
ナディアのトップパーティたる〈血塗られた聖者たち〉の主催で、年に数回不定期に開催しているイベントがあった。
コロッセオでは他にも様々な催しが日々行われているが、明日予定していたものは中でも特に人気のあるもので、〈血塗られた聖者たち〉に力のある冒険者たちが挑む、というスタイルだ。
もっとも、三回戦行われる試合の中で、最初の二試合は彼らが用意した召喚獣やゴーレムなどと戦い、実際に〈血塗られた聖者たち〉の誰かが直々に出場するのは三戦目だけで、しかも三戦目開始の直前まで誰が出るかは分からない、という構成となっていた。
だが、明日の試合を目前に控え、挑戦者として出場予定だった白銀等級の冒険者パーティが数日前から音信不通となり、泣く泣く試合中止の決定をせざるを得なくなった。
その決定をしたのはつい先ほど。
それで彼等は昼からやけ酒を喰らっていた、という訳だ。
よくあることとまでは言えないが、自由な荒くれ者たちが突然音信不通となるのは珍しいことではない。
ただ、そうした不慮の事態を防ぐために、出場が決定した挑戦者たちとは、試合前一週間はサンダリアンに滞在し、クエストやハントには出ないという契約をしていたのだが、今回のパーティは契約を破って、街の外に出ていったらしい。
「まあ、〈狂える悪魔〉はもともと素行不良の多いパーティじゃし、一応リーダーは黄金等級とは言え、そもそもワシらに挑むには実力不足感は否めなかったからのう。怖くなって逃げたのかもしれんわい」
ドワーフが髭をしごきながら溜め息をついた。
(〈血塗られた聖者たち〉とか〈狂える悪魔〉とか……なんか冒険者のパーティ名と言うより、地下街の不良集団みたい……)
「ちっ。五万人の観客席が満席の予定だったんだぜ。とんだ大赤字だ、あんのクソ悪魔ども。今度会ったら、ただじゃおかねえ」
アリスの内心の呟きを他所に、レンは不機嫌そうに悪態をついた。
「何を言っている。そんなもの、代役を立てればいいではないか。ここは冒険者ギルドなのだろう?代わりなど掃いて捨てるほどいるだろうが」
メーリックがふん、と鼻を鳴らして吐き捨てるように言う。
どうやら、彼の本来の調子を取り戻したようだ。
先ほどのレンと皇子のやり取りは、アリスから見ても、銃弾を放たれてもおかしくないような(文句も言えないような……)状況であったにもかかわらず、メーリックを含め誰もあからさまに動かなかったのは、はたから見れば明らかに不自然だ。
だが、その理由はアリスは分かっている。
本当はこのメーリックと言う銃士だって分かっているのだろう。
要はそれだけ、後からこの部屋に入ってきた五人の発する圧力が底知れぬほどに強大だと言うことだ。
「誰でも良いってわけじゃないんですよぉ。彼らと多少なりともいい勝負ができる実力がないと、エンターテインメントにならないですからぁ……」
秘書の女が説明する。
この女も、少なからず悪意を孕んだ隣国の銃士の言葉にも動じた様子がないあたり、結構肝が据わっている。
「ふん、所詮はごろつきか。どいつもこいつもだらしがない」
「メーリック殿」
「よせ、レナード」
騎士クラウディスと銃士ロードリックが同時に鋭い声で銃士を制するが、
「ああ?」
ブラウンエルフの不良青年は若い銃士の侮蔑を聞き流さない。
しかし、アリスはてっきり憤るかと身構えたが、褐色の肌の妖精はニヤリと挑戦的な表情を浮かべた。
「じゃあ何か?アンタらなら俺らの相手が務まるのかい?」
「……ふん、むしろ貴殿らこそ我らの相手になれると思っているのか」
メーリックはレンを超える高圧的な態度で、ブラウンエルフを睨みつける。
「左様。我らローエンデールの銃士隊、冒険者風情に遅れを取るはずがないわ!」
レンの挑発を侮辱と受け取った銃士エーヴェルも、顔を赤くしてメーリックに同調する。
「ちっ」
アリスの右耳が、またオルフェの舌打ちを捉える——
「ほう。じゃあ、アンタらが出てみるか」
「望むところだ」
「私もやぶさかではないぞ」
「——お待ちください。貴国の銃士が我が国の闘技場で試合をするなんて前代未聞です。それこそ外交問題になってしまう」
そう言ったのはオルフェ。
冷静かつ丁寧、それでいて無視できない重みを持った声。
でもその内側には不機嫌のオーラが吹き荒れていることを、さっきから何度も舌打ちを聞かされているアリスだけは知っている。
「オルフェさんのおっしゃる通りですね。矛を収めなさい、レナード、ケリー。元は君たちの失礼な言動から始まったのだから」
ローレンスは彼に似つかわしくない厳しい目で二人の銃士を一瞥してから、
「部下に代わり非礼をお詫びします、レンさん。さすがに我が国の軍人が貴国の闘技場に出場するわけには行きません。ご容赦を」
再び頭を下げた。
レンは両手を上げておどけるような仕草で応える。
「まあ、そりゃそうだな」
意外にもすんなり引き下がり——そして、
「アンタに免じてこっちも——アレで我慢するわ」
その細く形の良い顎をオルフェに向ける。
「【銀弾】。てめえが出るなら、今回の三戦目はこの俺様が直々に出てやってもいいぜ?」
「……レンお前、まさか初めからそのつもりだったんじゃねえだろうな」
バッガスが呆れた顔をする。
「いやそれはさすがに……」
レンの挑戦的な言葉に、アリスが思わずつぶやく。
褐色のエルフは双眸をアリスに移し、ニヤリと笑った。
「なんでだ?同じ国なんだから外交問題になんねえだろ?」
「いや、外交だけの問題じゃなくて……。私たち軍人が、上官の許可なく模擬とは言え民間の試合で戦闘行動をすること自体が、重大な軍規違反ですから。出場なんてできるわけがありません。残念ですが私たちにできることは何も——」
「わかった。出るよ」
アリスの話を遮って、オルフェが短く、しかしはっきりと答えた。
「はぃぃ!?」
アリスが目を見開く。
「ただし、ボクは出られない。何せ、ボクの上官はここにはいないからね」
「はあ!?どういうことだよ」
レンが怪訝な顔をする。
「——代わりに、このアリスと七番隊が出るよ。コイツも今はボクの部下だからね。それでいいだろう?」
「ええええっ!?」
アリスのその悲鳴は、心の中——だけではなく、その広い室内に響いた。




