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37.血塗られた聖者たち2

「宴会の邪魔をしてしまったのなら謝罪します。宜しければお詫びに今日のお代は私に支払わせてください」


 隣国の第三皇子ローレンス。屈託のない笑顔を浮かべて席を立つと、二人の視線の間に入る。


(も、もしかして戦闘経験がないから、今の殺気に気づかなかった……?)


 あの鈍さは、ある意味天賦の才なのかもしれないけど。

 アリスは何とか自分なりに納得しようと思考を巡らせた。


「ああ?!舐めてんのかコラ。誰が王子様の施しなんか受けるかよ。馬鹿にしてやがんのか?!」


 一方、ブランエルフの不機嫌は止まらない。


「古い付き合いながら、全くもって理不尽なヤツじゃの」


「思春期の坊やみたいね」


 とんがり帽子のドワーフと青い髪の女の声が、アリスの耳に微かに聞こえる。


「これはまた失礼。そんなつもりは毛頭ありませんでした」


 ローレンスは一度笑みを消し、真顔になってそう答えると、おもむろに頭を下げた。


「!!殿下!!?」


 ローエンデールの警護団が悲鳴のような声を上げる。


 無理もない。

 誇りと名誉を重んじる隣国の皇族が一介の冒険者に頭を下げるなど、アリスにも完全に想定外だ。


 だが、顔を上げたローレンスの顔には、また人懐っこいさわやかな笑顔が戻っていた。


「この小僧、人間にしてはなかなかマトモじゃな」


 とんがり帽子のドワーフが感心したように言い、


「ガンドル、皇子様に『小僧』とか言っちゃダーメ」


 青髪の女が笑いながら窘める。


「ちっ」


 ブラウンエルフはその場の全員に聞こえるようにあからさまな舌打ちをして、ローレンスに一層顔を近づけ、睨みつける。


(……もう、帰りたい!)


 アリスは再び心の中で再び悲鳴を上げた。


 だが、第三皇子は笑顔を絶やさない。

 先に折れたのは、最強の冒険者のほうだった。


「……ふん、肝っ玉はすわってるじゃねえか。さすが王族ってやつかぁ?……それにただの金持ちの道楽ってだけでもなさそうだな。わざわざ他所の国でハントの同行なんて、あんた何か目的があんのかい?」


 褐色のエルフは眼力を弱め、皇子の向かいのソファ——先ほどまでバッガスが座っていたところだ——にどかっと腰を下ろし脚を組んだ。


 四人の仲間たちがやれやれ、という顔で彼のソファの周りに集まる。

 ブラウンエルフに促され、ローレンスも再び席に着きながら、


「え、目的ですか?いえ、そんな大それたものは何も。ただの純粋な興味ですよ。まあ、本当は噂に名高いナディアの〈血塗られた聖者たち(ブラディセインツ)〉に一目お会いしたいと密かに願っていたので、実は目的のほとんどは果たされちゃいましたけどね」


「……はん、白々しいな。やっぱりぶっ殺しちまおうか」


「——」


 パシッ。


 ローエンデールの警護団の何名かがついに獲物を抜き放とうとした瞬間。

 ブラウンエルフが腰かけるソファの真後ろに立っていた長身の女が、何かで彼の後頭部をはたいた。


「ってぇなミレイユ、てめえ」


 黄金の長いストレートの髪。青い瞳。

 この女も絶世の美女と言うにふさわしい。


 見事な金髪を編み込んで左の肩から前に垂らしているので、右耳が露になっているが、その形は人間のそれと同じだ。


 だがやはり、この女も人間ではなかった。

 その背からは、純白の巨大な翼が、右側の片方だけ生えている。

 たった今眼前のブラウンエルフの後頭部をはたいたのは、きっとこの翼だ。


(片翼の……セイレーン!?初めて見た!)


 主に海辺や岩礁に住むと言われる、鳥の翼を持つ種族。

 分類上は『亜妖精』。人魚などと同じで、人と妖精の中間的な存在とされる。


「ちっ、どいつもこいつも」


 振り返って上目遣いに真後ろに立つセイレーンの女を睨んでから、ブラウンエルフはまた隣国の皇子に顔を向けた。


「……まあ、いい。あんたみたいなのは嫌いじゃねえな。この冒険者(クズ)どもの掃きだめによく来たな。それなりに歓迎するぜ」


「あら珍し」


 ブラウンエルフの言葉に、青髪の女が可笑しそうに言い、


「それは俺の台詞だバカタレ」


 同時にギルドマスターが溜め息をついた。


「俺様は人間社会の身分に興味もねえし縛られる気もねえが、さっきの無礼はひとまず謝っとくぜ。ちょっとイライラしててな」


「全然謝るときの態度じゃないね」


「興味がないのは何も『人間社会』に限ったことじゃないじゃろ。そもそも吾輩たちのほとんどは故郷からも爪弾きにされた奴等ばっかりなんじゃからな」


 兎人の少女とドワーフの男の言葉を、やはりブラウンエルフは相手にしない。


「いやあ、とんでもない。気にしないでください。むしろ貴方達に歓迎してもらえるなんて、嬉しいなぁ」


 ローレンスは満面の笑顔だ。


(いや、いろいろ気にすべき……ていうか、怒ってもいいところだったよね……?無礼なんてレベルを超えてるし……殿下って、もしかして器が広いんじゃなくて、ちょっとズレてる?)


 アリスのちょっとした混乱は、ずっと続いている。


「レンさんのイライラの原因ってやっぱり、明日の試合が流れちゃったことですかぁ?」


 ライラと言う名の緑色の髪の秘書の女が、レンと呼ばれたブラウンエルフに尋ねる。


(このお姉さんも、よくこんな怖い人に平気で話しかけられるな……)


 だが、レンが応えるより先に、


「ばか、お前はまた余計なことを……!」


 ちょうどレンの隣に腰を下ろしたばかりの、ギルドマスターの呻きにも似た悲痛な声。


「明日の試合?」


 予想通り、残念ながらローレンスは聞き逃さない。


 バッガスはまた観念したように口を開いた。


「……え、ええ。いらっしゃる途中ご覧になったでしょう。このギルドにはコロッセオがありましてな」


「ええ、もちろん!あの見事なコロッセオで、明日試合があるんですか?」


「——その予定、だったんじゃよ。でも中止じゃ、中止。せっかく自慢の最高傑作を用意しておいたんじゃがなぁ」


 バッガスの代わりに、とんがり帽子のドワーフが答える。


「え、中止、ですか?それはまた、どうして?」


「いやぁ……実はですね……」


 ローレンスの問いに、ギルドマスターは諦めたように、事の顛末を説明し始めた。


お読みいただきありがとうございました!

いよいよ、ナディア最強の冒険者トップパーティの面々が登場。これから物語はアリスの思わぬ方向に進んでいきます……!


もしよろしければ感想や評価、ブクマなどいただけると、大変嬉しいです!

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