36.血塗られた聖者たち1
「おう、酒盛りの最中に呼び出しやがったのはどこのどいつだコラ」
(——いきなり最悪だ!!)
アリスは心の中で絶叫した。
「おい、レン!ちょっと待て!?くれぐれも粗相のないようにな!?」
いや、遅すぎるでしょ、それ。やはりアリスの冷や汗は止まらない。
ライラと言う名の緑色の髪をした秘書の女に連れられて室内に入ってきたのは、実に個性豊かな五人。
その中で、開口一番、怒気を孕んだ声であまりに不適切な発言をしたのは、目つきの鋭い痩せた男だった。
瞳の色は碧。
白色の髪は全体が短く切りそろえられているが、一房だけ胸元ほどまであり綺麗に三つ編みになっている。
その顔を見て、アリスは思わず目を見開いた。
その汚い言葉とは対照的に、上品に整った細面の顔立ち。
——そして長く先端の尖った耳。アリスはもちろん、セシリアのそれより長いその形は、明らかに人間のそれとは異なる。
そして、その男の肌は——濃い茶色。
「ダークエルフ!?」
警護団の誰かが声を上げ、ローレンスを除くローエンデールの男たちが一斉に腰の獲物の柄に手を掛ける。
「ああ!?今なんつったコラ!?」
「いいえ——コイツぁ、『ブラウンエルフ』ですわ」
立ち上がって、怒声を上げる男とローエンデールの警護団との間にその巨体を滑り込ませ、ギルドマスターのバッガスは愛想笑いを浮かべた。
「安心してください。これでも一応、『光に祝福されし子ら』の一員ですよ。見ての通り、エルフの一種ですわ……まあ、コイツの場合、性格と態度は魔物並みに凶悪ですがね」
「るせえぞ、ハゲ、てめえ。殺すぞ」
エルフの血を持つアリスでさえ、純粋なエルフを見ることは滅多にない。
王都レグルスでごく稀に姿を見かけたことがあるくらいだ。
曾祖父がエルフであるという事実は幼いころから聞かされているが、実際に会ったことは一度もない。
だが、確かにその男の外見は、肌の色を除けばアリスが想像していたエルフの姿のほぼそのままだ。
彼の知識のそれより、やや背が高いことと、大分筋肉質なことを除けば。
ちなみに、アリスが想像していたよりは大分露出が多いと言うか、上半身はほぼ裸だ。
「『ブラウンエルフ』『ウェイストランドエルフ』『ワイルドエルフ』……呼び方はいろいろあるわね。ちなみに、エルフの中では『アウトランダー』というような意味の言葉で呼ばれているのよ」
浅黒い肌の半裸のエルフの横で、そう付け加えたのは同じく尖った耳をした、息を飲むほどに美しい女。
青く豊かで艶やかな長髪、淡い桃色の瞳。隣の男と違い、肌の色は雪のように白い。
青白い、と言ってもいいくらいだ。
「レン。こちらが、ローエンデールの第三皇子であらせられるローレンス殿下だ。くれぐれも……く・れ・ぐ・れ・も、粗相のないようにな」
ギルドマスターにレンと呼ばれたそのブラウンエルフは、しかしフンッ、と鼻を鳴らす。
「皇子様ねえ。俺様はそもそも人間じゃないんでね。興味ねえわ」
「なんだと、貴様!妖の『亜種』風情が……!」
銃士エーヴェルが怒声を上げるが、レンはギロリと彼を一瞥しただけで、すぐに視線をローレンスに戻し、
「ぬるま湯につかったボンボンがハントに同行だぁ?見世物じゃねえんだぞ。物見遊山気分で闇の大地に足を踏み入れると、その代償はでけえぞコラ」
「いやいや見世物じゃろが、馬鹿者。そういうツアーをこのギルドが主催しとるんじゃからな」
ブラウンエルフの後ろで、オルフェよりさらに背の低い小男が呆れたように呟く。
大きな鼻に茶色の瞳、黒く長い顎髭、ずんぐりとした体形。ドワーフだ。
小人の一種で、同じく小人族のブラウニーと同様、人間との共生を好む者も多く、エルフと比べると街中でも良く見かける種族である。
だが屈強な戦士ばかりのドワーフのイメージからはかけ離れた、まるで魔法使いのような大きなとんがり帽子をかぶっている。
ブラウンエルフの男は仲間のそのツッコミも無視して、隣国の第三皇子に挑発的に顔を近づける。
「……死にたいようだな、『劣等種』」
銃士メーリックがホルスターに手をかけかすれた声を発するが、
「——その辺にしてくれないかな」
それを上書きするように、静かな、それでいて室内の全員の注目を得るに十分な存在感を内包した声が響いた。
〈星芒騎士団〉三番隊隊長——オルフェだ。
「いくらギルドに自由を認めてるって言ってもさ、外交問題にまで発展しそうになれば、話は別だよね。国も干渉しない訳にはいかなくなっちゃうんだけど?」
「ああ!?誰だてめえ?」
ブランエルフはそこでやっと凶悪な視線をローレンスから外し、小柄な〈星芒騎士〉に向ける。
「……ちょっとまてよ。そのちんちくりんな体に不釣り合いなその圧……てめえ、もしかして、いやもしかしなくても間違いねえ」
その緑色の瞳でオルフェの全身を睨みつけてから、突然ニヤリと笑った。
「てめえ、【銀弾】だな、オイ」
「……そうだよ。有名人でしょ。レンは星の三番隊長の顔も知らなかったの?」
オルフェより先に答えたのは、ドワーフの隣にいた小柄な少女。
赤い目に灰色のショートカットで、軽装の革鎧を身に着けている。
人間であれば本来耳がある場所は灰色の髪に隠れて見えないが、代わりにそのもっと上部、頭の上から生えた、二本の大きな角のようなそれこそが彼女の耳。
明らかに兎のそれだ。
つまりこの少女は兎の亜獣人。
「ああ、興味なかったからなぁ。だが、ちいとばかり興味が湧いて来たぜ」
そう言って、褐色の肌をしたエルフはずかずかと大股に歩き、オルフェの前で立ち止まった。
「てめえ、さっき外交問題がどうとか言ってやがったな。そんなもん、俺様の知ったことかよ。それより、てめえらのせいで酔いがさめちまったじゃねえか。良い酒を飲んでたのによぉ。この落とし前、どうしてくれるんだ、あ?」
ブランエルフが、恐ろしい形相でオルフェを睨む。
オルフェは全く動じず、その凶悪な眼力を真っ向から受け止め、そして睨み返す。
「!!!」
その瞬間、目に見えない殺気の渦が嵐となって室内を駆け巡る。
アリスはその圧力にびくりと体を震わせた。
「——いやあ、それはとんだご無礼を」
だがその時、場違いに明るく爽やかな声が、荒れ狂う殺気の暴風をかき消した。




