33.サンダリアンの冒険者ギルド
『自由交易都市』サンダリアンの中心地に建造された冒険者ギルドは、とにかく巨大だ。
サンダリアンのギルドと言えばこの国の冒険者ギルドの総本山。
駆け出しから上級まで、二千を超える冒険者がサンダリアンのギルドに『在籍』している。
ギルドの建屋内では複数の酒場・武具屋・道具屋や冒険者向けの宿泊施設も併設されているだけでなく、さすがは商業都市と言ったところで、土産物屋や人気のある冒険者パーティーのグッズ専門店など、様々な店が居を構えていて、さながら超巨大なショッピングモールの様相を呈していた。
だが、サンダリアンのこの中心地に訪れた者の目を最初に奪うのは、豪華絢爛なギルド建屋ではない。
隣に併設された、ギルドの建屋よりはるかに巨大な楕円形の建築物——『円形闘技場』。
その石造りの壁の高さは実に五十メートルを超え、その円周は六百メートル近くに及ぶ。
闘技舞台を取り囲む四階建ての観客席は収容人数およそ五万人。
その石の壁は、サンダリアンを取り囲む市壁をまるで子供だましのおもちゃのように錯覚させるほどに巨大で荘厳だ。
「——改めまして。ようこそ、ナディア冒険者ギルド本部へ、殿下」
スキンヘッドに茶色の瞳、黒々とした口ひげを蓄えた筋骨隆々の大男が、そのお世辞にも上品とは言い難い岩のような顔に満面の笑みを浮かべた。
「私は、バッガスと申します。一応、ここのギルドマスターをやっとる者です」
そう言って、大男は握手をしようと手を伸ばしかけ、ふと何かに思い至ったか——もしくは皇子の背後に控える護衛の誰かの視線に何かを感じ取ったか——、その手を引っ込めると、見かけに寄らず優雅に一礼をした。
ここは冒険者ギルド最上階の一室。この建物の中で最も豪華な、VIP専用の応接室だ。
バッガスと名乗った大男は、隣国の第三皇子に席を勧め、やや緊張気味に自分も着席した。
今この室内にいるのは総勢十人。
ローレンスとギルドマスターが背の低いテーブルを挟んで対面でソファに腰かけていた。
大男の後ろに緑色の長い髪を一つにまとめた若い女が控えている。
スーツではなく、制服のようなものを着ている。
「秘書一名のみが同席する」と事前に聞いていたので、彼女がギルドマスターの秘書なのだろう。
一方、使節団側は、皇子の横に警護長の騎士ハルドール、その背後に騎士クラウディス、銃士ロードリック、銃士メーリック、銃士エーヴェル。
先ほどの打ち合わせに同席していた軍兵のラークは皇女警護に割り当てられたため、ここにはいない。
そしてエーヴェルから人ひとり分程離れたところにアリスとオルフェ。
広い応接室には十人全員が十分に着席できるだけのスペースもあったが、ギルドマスターが着席を勧めると、「いえ、我々は殿下の警護を預かる身なれば」と、ハルドールが丁重に断った。
ローエンデールの護衛が全員直立の状況なので、自分たちだけ着席する訳にもいかず、オルフェとアリスもそれに倣っている。
アリスは失礼にならない程度に気を付けながら、皇子の向かいに座るスキンヘッドの巨漢を観察した。
上等だが応接室の華美な装飾と比較すると大分落ち着いたダークグレーのスーツ。
だが、ジャケットに包まれたその腕は、華奢なアリスの腰程もある。
顔には額から左目にかけて大きな傷跡が一つ、右頬には大小二つの傷。
首にもいくつか傷跡が見える。
要は見えているところだけでも古傷だらけだ。スーツを脱げば、きっと全身こんな感じだろう。
「あれがギルドマスター?ふん、まるでマフィアのボスのような人相だな」
「フ、メーリック殿、それはさすがに失礼ですぞ」
金髪の銃士を、ライトブラウンの髪の銃士が諫める。
だがその言葉にも微かな嗤いの響きがあった。
メーリックと、確かエーヴェルと呼ばれていた銃士だ。
一応、小声のつもりのようだが、スキンヘッドの大男や皇子には届かなくとも、傍に控えるアリスの右耳には、しっかりと聞こえている。
そんな部下の態度を知ってか知らずか、隣国の第三皇子は相変わらず誰もが毒気を抜かれるような爽やかな笑顔で挨拶をすると、ひとしきりサンダリアンやギルドやコロッセオへの感動を伝え、そして自分の『わがまま』を受け入れてくれたことへ感謝を述べた。
時に『荒くれ者』と揶揄されようが、冒険者は国家にとっても街にとっても、そして市民にとっても、切っては切れない縁を持つ極めて重要かつ身近な隣人だ。
国の兵だけではとても手が廻らない魔物の討伐を、都市や街や村から依頼を受けて引き受ける。
市民から大小さまざまな依頼を受けて探偵や便利屋のような働きをすることもあれば、時には国から依頼を受けて遺跡や突然出現する『ダンジョン』の調査・探索をすることもある。
その冒険者の総本山のトップともなれば、大商人から有力貴族、果ては国家まで、取引相手は多岐に亘る。
この齢五十前後の大男も、今はその強靭な筋肉を使う頻度より、圧倒的に頭を使う機会のほうが多いだろう。
とは言え、さすがに隣国の皇族が突然お忍びで訪問してくるのは予想外だったようだ。
現に、部屋で使節団を出迎えた時のギルドマスターの表情からは緊張の色がありありと浮かんで見えた。
ところが、だ。
彼の皇子のその天性の才能がそうさせるのか。
当たり障りのない会話から始まってからおおよそ十五分が経過する頃には、少し離れたところから見守るアリスの目には、このちょっとやんちゃな隣国の皇子と、荒くれ者の冒険者たちを取り纏める強面のギルドマスターが、早くも打ち解けているように見える。
「……しかし、こう言っちゃあ何ですがね、殿下も物好きですなぁ。確かに貴族の方々がハントに同行したがるってのはよくあるっちゃあ、あることですがね。王族ってのはさすがに初めてだ」
バッガスと言う名のギルドマスターは、その禿げ上がった頭頂部を大きな手で撫でながら、笑った。
「……当ったり前でしょ。ちょくちょくあってたまるかよ」
アリスの左側で、今度はオルフェが、アリスにだけ聞こえる程度の音量で毒づく。
アリスは聞こえないフリを決め込むが、頬を冷や汗が伝う。
隣国の第三皇子は、「いやあそうなんですね」と悪びれた様子もなく、終始笑顔だ。
「殿下にもしものことがあっちゃあ大変ですからね。比較的安全で、それでいてそこそこ見応えのあるやつをピックアップしときましたよ」
そう言ってバッガスは、後ろに控える秘書から一枚の紙面を受け取ると、皇子へ差し出す。
そして、古傷だらけの顔にで、ニヤッと笑った。
「——一泊二日のドラゴンハントで、どうですかい?」




