31.破天荒な皇子
「……またですか、殿下」
「またって何だい?」
ここは大きな建物が立ち並ぶサンダリアン中心街にあって尚、ひと際巨大で豪華絢爛な建造物。
この交易都市の中でも最上のホテル、その一室に彼らはいた。
一行が駅舎からホテルに移動して間もなく。
オルフェとアリスはローレンス皇子に呼ばれてこの部屋に来ている。
彼等が到着するとすでに部屋には第三皇子の他に六人の男がいた。
警護団の長・騎士ハルドールと、アリスが祝賀会で会った騎士クラウディス、それから相変わらず敵意を隠そうともしないメーリックという銃士。
皇女からレナードと呼ばれていた男だ。
その他に銃士が二人、軍兵が一人いる。
合計で銃士が三、騎士が二、軍兵が一だ。
皇子の言葉に、本人なりには抑えているつもりだろうが苛立ちが駄々洩れしているのは、例によって、銃士メーリック。
対して、ローレンス皇子は悪戯っぽく笑って返す余裕を見せていた。
オルフェはアリスの隣で小さくため息をついた。
揉めている原因は、予想通りと言うべきか、やはりローレンス皇子の突飛な『わがまま』と言うやつだ。
皇子は一室に警護団の幹部を集めると開口一番、「今から冒険者ギルドに挨拶に行く」と言い出したのだ。
すでにギルドのモンスターハント同行ツアーは確定事項であり、ギルドにも当然連絡済みだが、サンダリアン到着後に警護団の上層部が直ちにギルドへ向かい、最もお行儀の良い(メーリックに言わせれば、一番マシな)冒険者パーティーを彼らが直々に交渉・選定する予定だった。
だが、それに同行したい、と皇子が言い出したわけだ。
「恐れながら殿下。ギルドは冒険者——まあ要は荒くれ者ばかりが集まるところです。こう言ってはなんですが、ガラが悪いと言いますか……礼節を知らぬ者も多いものですから、我が国としましても、さすがに最重要国の皇子殿下をそのような場所にお連れする訳には……」
オルフェがアリスには決して見せない笑顔で言葉を選びながら丁寧に話すが、レナードがそれに被せるように続ける。
「そうですぞ、殿下!冒険者ギルドなどならず者の溜まり場。ましてこの国は政府の統制も届いていないと聞きます」
「メーリック殿。さすがに言葉が過ぎますぞ」
自国の銃士のあまりの発言を、騎士クラウディスは低く鋭い声で窘めてから、
「とは言え、私も殿下のご同行は賛同いたしかねますな」
静かに首を横に振る。
「恐れながら。私もです、殿下」
メーリックとは別の銃士——ロードリック卿と周囲からは呼ばれていた——が言い、
「私も反対ですな。いくらなんでも危険すぎます。ギルドの者との交渉は我々に任せてセシリア殿下とどうかこちらでお待ちください」
もう一人銃士の一人——エーヴェル卿、と呼ばれていた——も同調する。
「どうしてもと仰せなら、ギルドの長のほうにこちらへお越し願いましょうぞ」
ローエンデール使節団の警護長ハルドールが妥協案、と言った形で別の方法を提案する。
「君達、何を言っているんだい。私の周りには天下の〈星芒騎士団〉隊長が2名もいらして、我が国が誇る騎士団・銃士隊・軍兵団の精鋭中の精鋭もいるではないですか。危険なんて万に一つもないでしょう?」
第三皇子は相変わらず穏やかな笑顔でしれっと言う。
「それに私たちはケンカを売りに行くわけじゃないし、今から交渉しに行くわけでもない。すでに快くご了承いただいているのだから、単純に御礼の挨拶をしたいだけさ。何もおかしいことじゃないでしょう。御礼を言うのにこちらに呼びつけるなんて、とんでもない」
「し、しかし、殿下が視察にご訪問されるとなれば、きっと先方もそれなりの準備が必要ですし、何よりここからギルドへ警護の者が大勢連れ立って移動すれば、市民も何事かと戸惑うでしょう。騒ぎにもなりかねません……」
この部屋で唯一の軍兵——ラーク卿と呼ばれていた——が、おずおずと進言する。
「だから、『視察』ではないのですよ。公式の訪問の必要もない」
「恐れながら、殿下が移動されれば全て『公式』になるものですぞ」
クラウディスが困ったように言う。
「やれやれ、本当に皇族って窮屈ですよね……でも、だから」
皇子は肩を竦めて、また悪戯っぽく笑う。
「お忍びってやつでいいじゃないか。皇子としてではなく、個人としてただちょっと挨拶したいだけなんだから」
「そんな無理がまかり通るものですか!」
メーリックが語気を荒げるが、
「隣国の軍人が何十人もギルドを取り囲んだら、それこそ冒険者の皆さんがケンカをふっかけられていると誤解されても文句を言えないけど。私と限られた数人だけで行けば、彼等だって大人の対応をしてくれるよ、きっと」
「それでは道中の警護が手薄になるではないですか!」
「おや、レナード。それはつまり、精鋭中の精鋭である君達でも、お忍びの私一人を守れないと?」
「ぐっ」
メーリックは完全に言い負かされて言葉に詰まる。
「——ちっ」
隣のアリスにだけ聞こえるような音量で、オルフェが舌打ちする。
「……仕方がないですな。訪問先の決定権をお持ちなのは、使節団の長たる殿下の他におりません」
ハルドールが溜め息をついた。
「ですが、警護の指揮を預かるのは私です。お供する者は私が決めさせていただきますぞ。それから……」
ハルドールは壁際に控えるオルフェとアリスに目を向ける。
「三番隊長殿も、よろしければご同行願えますかな。何せ我々だけでは貴国のギルドの作法も分からぬものですからな」
「……もとより私たちは殿下をお守りするのが役目です。お供させていただきます——」
オルフェがアリスには見せたことない笑顔で答える。
「——もちろん、我々ふたりとも」




