30.ローエンデール一行の来訪
「やっと着いたあ。——ってもう夕方じゃん!!」
「暑かったねえ」
サンダリアンの東門を潜り、市内最東端の広場でローズが伸びをし、リリィは手でパタパタと顔に風を送りながら笑う。
アビスワーム討伐後、一向は東の街道に戻り、サンダリアンへの帰路についた。
距離にして数キロ程度の道のりだったが、討伐対象をおびき寄せるために聖石など退魔系の魔導具を全て街に置いてきたことが災いし、帰りの道中、三回も魔物の襲撃を受けることとなった。
いずれも彼らにとって脅威にはならなかったが、交易都市に着く頃には日が傾き始めていた。
「なんか今日は疲れたわ~。早くお風呂入りたい~」
「何言ってんだよ、ローズ。詰所にアビスワーム討伐完了の報告したら、今度は調査報告書にざっと目を通して、使節団警護時の注意ポイントをチェックして周るんだよ」
「昼のルートはお店が閉まる前に見ておかないといけないから、急がないといけないですね。それが終わってもすぐ夕方から開く店も確認しないと」
呆れた顔をするアリスと、苦笑するエイリーク。
「がーん、そう言えばそうでした……くっそー、あんのお化けミミズめぇ」
ローズは大袈裟にうなだれて見せた。
Ψ
翌日。
ローエンデールの使節団を乗せた列車がサンダリアンの巨大な駅舎に到着したのは午前八時三十分。
アリス達七番隊とサンダリアン市長を始めとする市政をつかさどる高官たち及び兵団の幹部たちは、およそ一時間前から駅構内で待機していた。
列車の扉が開くと、最初にローエンデール側の護衛達が数名ホームに降り、しばらくしてから従者を伴った第三皇子が、次いで第六皇女が列車から姿を見せた。
幼い皇女は、少し離れたところで他の者たちと整列して跪いていたアリスと目が合うと、可憐な花のような表情で微笑んだ。
だがそれにアリスが応える前に、彼の前に大柄な男が歩み寄ってきた。
歳は四十過ぎと言ったところか。
白髪交じりのブラウンの髪を綺麗に撫でつけた精悍な印象の男だ。
明るい灰色の瞳をしている。
磨き上げられた白銀の鎧の胸元に光輝く金色の獅子の象徴。
その出で立ちは、ローエンデールが誇る騎士団のそれだ。
「貴公が星の騎士七番隊隊長のレーゼ殿ですな。先日の祝賀会ではお話する機会はなかったが、しかし何と言うか随分とお若くて……お綺麗な方ですな。私はセドリック=ハルドール。使節団の警護長の任を預かっています。よろしく頼みます」
「〈星芒騎士団〉七番隊隊長のアリス=レーゼです。こちらに控えているのが、七番隊の隊員たちです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします、ハルドール卿」
「うむ」
ハルドールと名乗った大柄な騎士は鷹揚に頷くと、また第三皇子の元へ戻っていく。
使節団の他の多くの者がそうであるように、あまり好意的とまでは言えないが、さりとて一部の敵意丸出しの者たちとも異なり、別段悪意も感じられない、アリスはそんな印象を抱いた。
皇子と皇女から少し離れたところに、整列した三番隊の姿も見える。
その中央には周囲より頭二つ分は低い小柄な男がいた。
〈星芒騎士団〉三番隊隊長のオルフェだ。
なんとなく、アリスを見る目に棘がある気がする。
「ホテルへご案内いたします。さあどうぞこちらへ」
一通りの挨拶を済ませた後で、伯爵位を持つ市長が自ら第三皇子と第六皇女を引率していく。
サンダリアン兵団が先行し、次いでローエンデールの警護団、皇子・皇女と市長、使節団の他の者……と続き、殿に〈星芒騎士〉の三番隊と七番隊が続く。
アリスがオルフェの横に並び挨拶をすると、三番隊長は睨むようにアリスを見た。
彼の頭の位置は、小柄なアリスと比較してもなお五センチ以上低い。
「サザンクロスではボク一人でお世話してたんだからさ。少なくともお二人ともサンダリアンにいる間は、ボクの仕事も全部キミがやってよね」
不機嫌そうに、七番隊にだけ辛うじて聞こえるような小声で無茶なことを言う。
ギルバートからも少しだけ聞いていたが、サザンクロスでは皇子にかなり手を焼かされたらしい。
彼の言葉の端々に棘があるのは、どうやらそれが原因のようだ。
「こっちだって、無理矢理魔物討伐ねじ込まれて休んでないんですけどね……」
ローズはオルフェよりさらに小さな声で、隣のリリィに囁いた。
それこそ、オルフェにも聞こえないように。
竹を割ったような性格の彼女でさえ、不機嫌オーラを七番隊にだけ全開に出しているこの三番隊隊長には、さすがに面と向かっては言えない。
リリィは何も言わず、苦笑だけでローズに答えた。
「せめてギルドに話を通すまで、ホテルで大人しくしててくれればいいんだどさ」
口を尖らせて言うオルフェのささやかな希望はしかし、当然のようにむなしく終わる。




