26.誰ですかねサンドワームと言ったのは
リリィの言う通り、砂地が動いているように見えたのは、目の錯覚でもなければ蜃気楼でもなかった。
その砂地そのものが一体の蠢く超巨大生物。
その証拠に、まさに今、砂地からその醜悪な鎌首をもたげた。
頭だけで人間の倍くらいのサイズがありそうだ。
そして一呼吸の後、その頭部がパカリと三つに分かれ、鋭い牙が無数に並んだ巨大で異形な口内が晒される。
隊商の中で、武器を持った人影が十数名、右往左往しているのが見えた。
半分くらいは砂漠越えのために雇われた専門の用心棒、残りの半分は腕に多少覚えのある商人と言ったところか。
だが、相手があまりにも巨大すぎる。連携も何もあったものではない。
「サンドワーム……!?」
「いやいやいや、その五、六倍くらいありますよ!?」
アリスの呟きにエイリークが驚愕の叫びで返す。
「……あれが、『アビスワーム』だ」
ジルが静かな声で言った。
「さっきジルさんが言ってた三種類のうちの一種……ですよね?」
リリィが恐る恐るジルの顔を見る。
「残念ながら、正解だ」
ジルがゆっくりと頷いた。
「ジルさん、だから言ったじゃん!余計なこと言うと出てきそうだって」
ローズがじとっとジルを横目でにらんだ。
「悪かった。以後気を付けるよ」
ジルは肩をすくめて苦笑してから、背から楕円形の大型盾と片手斧を取って構える。
「じゃ、帰りにサンダリアンで一杯奢ってくださいね」
ローズはそう言って、腰から銀色に光るロープのようなひも状の何かを取り外し、片手に握りしめた。
「というか、誰ですかね。『サンドワーム』って言ってたのは……」
エイリークは眼鏡のレンズを『水精霊の衣』の端で拭ってからもう一度標的を注視し、そのサイズに改めて唖然としたように呟く。
「中級冒険者や一般の軽装兵だったら、全滅していてもおかしくないですよ」
「夜で良く見えなかった上に、砂から全身を出していなかったんだろうけど、それでもちょっとね」
アリスも同感だ。この手の情報の伝達ミスは、多くの命を奪いかねない。
「聖石や退魔香が効かない以上、アイツにとってはたかが五人ぽっちの俺達より、あの集団に引き寄せられるのは当然と言えば当然だったな」
ジルは一人、納得したように頷いてる。
「あの人たちがケガしちゃう前に、助けないと……!」
リリィが焦った声を上げる。
「サンドワームのデカいバージョンだとすると、あいつも当然潜るよね……?リリィ、昨日みたいに水撒いて潜れないようにできない?」
「ローズ、あの範囲全部はちょっと無理だよー……」
「うん、だよねー。ちょっと言ってみただけ」
「いくら砂に潜ると言っても、あのサイズを相手にするなら馬の足で移動し続けたほうが良いと思うぞ」
ジルがアリスの顔を見る。アリスも頷いてから、改めて隊員を見回した。
「とにかく、民間人に被害が出ないように。デカいけど、図体がデカいだけだ!勝てない相手じゃない!……と思う!多分!」
アリスは背の大剣を鞘から引き抜きながら、歯切れの悪い言い方をする。
「そこは自信持って言い切ってよ、隊長!」
ローズが馬の上からアリスの背をパシっとはたいた。
「あそこまで大きいと、却ってどこ狙ったらいいか分かりませんね」
エイリークが誰にともなく呆れたように呟く。
「確かに、目も鼻も喉も、弱点らしきものが見当たらないしな」
蛇が鎌首を擡げるように、砂から出ている頭部と思しき先端を見ながらジルも同意する。
「のんびり観察している場合じゃないですね。私たちも加勢に行きましょう!」
アリスがジルに声を掛けると、ジルも「ああ、そうだな」と頷いた。
「あなたは危ないからここで待っててね」
リリィは、彼らの荷物を背に括り付けた栗毛の馬の首を優しく撫でた。
栗毛の馬は、賢そうな目で彼女の顔を見る。
明らかにリリィの言葉を理解しているようだ。
「よし、行くぞ!」
アリスが掛け声とともに軍馬の腹を蹴った。
一気に砂丘を駆け下りる。
ジル、ローズ、リリィ、そしてエイリークも一列になってそれに続いた。




