25.サンドワーム、許すまじ
「……砂漠の魔物と言っても、なんか大したことない奴ばっかりだね。あたしたちの『異能』を披露するまでもないわ」
エイリークと馬たちのもとへ並んで歩きながら、ローズがちょっと拍子抜けしたようにアリスに話しかけた。
「まあ、おれ達これでも一応、〈星芒騎士〉だしね」
アリスが笑って答えた。
「この砂漠で俺達が警戒しなくちゃならない魔物は三種類だけだ。まあ、魔物以外にもヤバい奴は何体かいるけどな。いずれにせよ、滅多に出くわすことはないだろう」
ジルはそう言って水筒の水を一口含んだ。
「ジルさん、そういうこと言うとなんか出てきそうな気がするんですけど」
「ん、そうか?すまん、すまん」
ローズの言葉に、ジルは笑って答えた。
「ていうかさ。あたし達、今日はのんびりサンダリアン観光……だったはずなのに、どうしてこんなとこにいるんだろ……」
「いや、観光じゃないってば」
今朝方、アリスは副隊長のジルとともに昨日挨拶に訪れたばかりのサンダリアン兵団詰所に再び顔を出していた。
詰所側からの緊急招集だった。
なんでも昨晩、サンダリアンの東の街道から数キロ南の地点で野営していた商人が魔物に襲われたらしい。
報告によると、魔物の名は『サンドワーム』。
時に体長十メートル近くにも及ぶ蚯蚓のような形状をした大型の魔物で、高危険度指定の怪物だ。
この魔物の厄介なところは、聖石や退魔香が効きづらい点である。
その上、魔物の接近を感知する類の魔法や魔導具さえ効果が薄いという、いろいろと面倒な特性を持つ魔物として有名だ。
襲われた商人も、質の良い聖石を持ち、野営時には大量の退魔香も惜しみなく焚いていたと言う。
運よくその商人は何とか逃げ切り市壁へたどり着いたが、代わりに馬二頭と積荷をすべて失ったらしい。
普段ならそれなりの人数で編成された討伐隊を都市兵団から派遣するか、もしくはこの都市の冒険者ギルドに中級以上の冒険者向けクエストとして発注する案件だが、いずれにせよ準備に数日程度の時間を要する。
だが今回は魔物の目撃地点が東の街道からそれほど遠くないところであった点が問題だった。
この街道から北へ十キロほど行けば、魔石列車の線路がある。
サンダリアンの視察後、ローエンデールの使節団が帰路に利用する列車の通り道だ。
サンダリアンの都市兵団から要請を受けた王都のクロードは、二つ返事で承諾したらしい。
ちょうど良い、そちらに滞在中の七番隊を自由に使ってください、と。
「代わりに兵団の方で警護ポイントの詳細報告書をまとめてくれるらしい……とは言っても書面だけ読んで終わりと言う訳にもいかんから、結局は標的の討伐が終わった後で今日中に実際に見て回る必要はあるな」
と言うのは、詰所から宿へ戻る道すがらのジルの言葉だ。
兵団から騎乗用の軍馬五頭と荷運び用の一頭、さらに砂漠の酷暑を遮断できる魔導具『水精霊の衣』を借り受けると、宿に戻ってまだ寝ていたローズをたたき起こし、早々に朝食を済ませて街を発ったのが、今からだいたい三時間前の八時。
「くっそー、こんなタイミングで出現したサンドワーム、許すまじ」
「一刻も早くターゲットを討伐して街に戻らないと、お店とか閉まった後じゃちゃんとチェックできないしね……」
不満そうなローズに、少し焦りを滲ませた声でリリィが答えた。
「現時点で、すでに街を出てから大分経ってますしね」
エイリークも困ったように言う。
「もう、さっさと出て来なさいよー。見つける前に干からびちゃうじゃん」
「そう言うと思ったから、ちゃんと『水精霊の衣』借りてきただろ。またお前が日焼けがどうとか言いそうだったからさ」
「うん、それはエライ。褒めてあげるよ、隊長」
「なんで上から目線なんだ」
「……この辺りの筈なんだがな」
ローズと他愛のない応酬をしているアリスの隣で、ジルが地図を確認しながら、周囲を見渡す。
「わざわざ聖石も退魔香も持たずに五人固まって砂漠のど真ん中に来ているんだ。近くに居るなら、そろそろ出てきてもいい頃なんだがな」
何せこちらから探知するのが難しいのだから、おびき寄せるしか術がない。
「そのお陰で、朝から別の魔物からは大人気ですけどね」
そう言ってエイリークは苦笑した。
だが、その単純かつ一般人からすれば常軌を逸した自殺行為としか言えない作戦は、結局のところ、最後まであまり意味をなさなかった。
アリス達が討伐対象を発見したのは、全く別のきっかけだったからだ。
「……アリス!あれ!」
正午を少し過ぎた頃だった。
一行が砂でできた丘隆を一列で進んでいたところ、アリスの真後ろにいたローズが馬上から声を掛けた。
「あれは……隊商?」
ローズが差す方向にアリスが目を向けると、彼らのはるか下方に隊列を組んで砂漠を進む商人の一団が見えた。二十人くらいの人影とそれを超える数の馬、そして馬に引かれる荷車が複数ある。
「サンダリアンの自由商、通称『砂漠渡り』の一団だな」
アリスが誰にともなく呟いた問いに、ジルが答える。
自由商人——ナディア建国以前から、現ナディア領内の様々な都市や小国間を渡り歩き、何代にも亘って商売を続けてきた者たちだ。
初代ナディア王は、彼等がもたらす国益を重要視し、交易都市サンダリアンの商人ギルドに登録することを条件に、税の軽減やその他一部の特別な権利を認めていた。
中でも『砂漠渡り』と呼ばれる自由商たちは、過酷な砂漠を移動する術を心得ている。
その極意はいろいろあるようだが、メインはやはり、質・容量を兼ね備えた聖石を常備し、退魔香を惜しみなく使い、そして大人数で隊商を組むと言う、いたってシンプルなものだ。
聖石の瘴気を退ける力の源は、『光に祝福されし子ら』の祈りの集合体だ。
聖石の質や容量によるところも大きいが、その両方が十分であれば、基本的には祈りの基となる者が多ければ多いほど、聖石はより強い退魔の力を発揮する。
さらに聖石を砕いて粉末状にしたものを火にくべれば、一時的にその効果はさらに高まる。
それが退魔香だ。
だが、聖石も退魔香も効かない相手には——。
「……何か様子がおかしくないですか?」
列の一番後ろにいたエイリークが、眼鏡の縁を指で支えながらアリスに向かって声を張り上げた。
確かに、よく見るとその隊列が大分乱れている。
そして目の錯覚か、彼らの足下の砂地がうねうねと蠢いているように見える。
「蜃気楼?」
アリスは首を傾げるが——リリィが緊迫した声で叫んだ。
「——ちがう、アリスくん!魔物に襲われてるんだよ!」




