24.砂漠の魔物
「エイリーク、こいつら地面に潜るみたいだから騎乗したまま相手するのはちょっとやりづらい。悪いけど馬を頼むよ?」
アリスはレイピアを構えたまま、後ろにいるエイリークに振り返らず声を掛ける。
「了解。……まあ僕たちは普段から騎乗戦闘はあんまり得意じゃないですしね、騎士なのに」
エイリークは敵の襲撃に怯える栗毛の馬をひと撫でして落ち着かせると、他の五頭の軍馬も引き連れて数メートル後退し、馬たちを背に弓を手にした。
戦闘訓練が為されていない荷運び用の栗毛の一頭も、今は落ち着きを取り戻し、軍馬たちはそもそも興奮した様子さえ見せない。
エイリークに守られながら、離れたところから主人たちの戦いを静かに見守っている。
「真ん中をジルさん、右はローズとリリィ、左は私がやります」
『了解』
アリスの指示に三人が短く答える。
「ジャアアアアアッ!!」
もう一度威嚇の唸りを発したかと思うと、三匹の魔物は同時に自分の足下にダイブした。
「また砂に潜る気ね」
「……させないよ!」
ローズの言葉にリリィが一言発し、小声で呪文を詠唱し始める。セミロングの水色の髪が魔力を帯びてふわりと靡く。
「《激水流》!!」
詠唱を終えて最後に魔法の名を唱えると、リリィの小さな右の掌から凄まじい勢いで大量の水が噴き出した。
グギャギャギャアア!!
足下の砂が一気に水分を含んで固い泥と化し、頭だけを突っ込んだ形でそれ以上潜れなくなった三匹の魔物は、滑稽な姿のままわずかに沈黙した後、もれなくバランスを崩して転倒する。
「リリィ、ナイスだ」
「ありがとうございます!」
ジルはリリィに称賛の声を掛けると、レイピアを振りかざして目標に突撃する。
アリス、ローズ、そしてリリィもそれに続く。
アリスは砂地を蹴って左側の一体に肉薄すると、細剣の突きを繰り出す。
数秒前にリリィの水魔法に足場を流され、全身泥まみれでなんとか起き上がったばかりの魔物は、鋭い鉤爪がついた強靭な前脚で細剣ごとアリスを叩き潰そうとする。
アリスは手首を返して刺突を横への薙ぎ払いに変えた。
光が一閃し、魔物の太い前脚が本体を離れて宙を舞い、砂地にぼすっと落下する。
「ガアアアアア!!」
目を血走らせながら、魔物はもう片方の前脚を振り下ろす。
アリスはその一撃を細剣で受け止める。
体重差が四倍はあるが、魔法で強化された細剣も、小柄で華奢な少年騎士の細腕も、魔物の怪力にびくともしない。
むしろ腕力だけでもアリスが勝っているようだ。
「ジャッ!」
このままだと力負けすることを悟ったのか。
魔物は片手でなんとかレイピアを抑え込んだまま、間近にあるアリスの顔に向かってその長大な舌を繰り出した。
恐るべき速度だ。
「!」
至近距離で放たれたその攻撃をかわし切れず、アリスは右の腕当てで弾いた。
そこにざらざらとした紫色の太い舌が巻き付く。ジュッと嫌な音を立てる。
(毒か。肌に触れたら、治療はちょっと面倒だな)
アリスは咄嗟に力を緩めて膝を曲げた。
渾身の力を込めてアリスをレイピアごと押しつぶそうとしていた魔物は、突然支えを失ってよろめく。
アリスはそのまま鉤爪をいなすと、細剣を切り上げて、自身の右腕に巻き付いたままの魔物の舌を切断した。
「ギィアアアァァァアア!!」
魔物は砂煙とともに仰向けに倒れ、地面を転がる。
「ふう」
アリスは腕に巻き付いたまま切り離された魔物の舌の残骸をレイピアで払いのけた。
腕は、鎧の表面が一部変色してしまっているが、それ以外は特に問題なさそうだ。
「——……」
その背後で、魔物が音もなくゆらりと立ち上がる。
ドスッ、ドスッ。
だが、アリスが細剣を構え直して振り返るのとほぼ同時に、腕と舌を失って満身創痍の魔物の柔らかい腹部に、立て続けに二本の矢が深々と突き刺さった。
「ガ、ガフッ——」
口から赤黒い血が溢れ、そのまま魔物は白目を剝いてもう一度仰向けに倒れる。
そして今度はピクリとも動かなくなった。
「……助かったよ、エイリーク」
アリスは振り返ってはるか後方にいる長い金髪の騎士に声を張って謝意を伝えた。
「いえいえ。いらぬお節介とは思いましたが、僕も手持ち無沙汰だったもので」
エイリークも手を振りながら答える。
ほかの仲間たちに目を向けると、ちょうどジルとローズが、各自の担当する魔物に止めを刺したところだった。




