22.砂漠の魔境サンダリアン
「うー、頭痛い……気持ち悪い」
列車のボックス席で、ローズが隣のリリィに寄りかかりながら呻いていた。
「だから言ったのに……」
向かいに座るエイリークがあきれた顔で呟く。
反対側のボックス席でジルと向かい合わせで打ち合わせをしていたアリスも、やれやれといった顔でジルを見た。
ジルはそれに苦笑で答える。
昨夜の『決起集会』は結局深夜まで続いた。
「あんたの歓迎会も兼ねてるんだから」という口実で引き留めるローズを振り切れず、アリスも最後まで付き合う羽目になっていた。
酒に強くないアリス、エイリーク、リリィの三人は早々にソフトドリンクに切り替えたが、ローズとジルは延々とビールとエールを飲み続け、その結果が今だ。
ちなみにアリスの向かいに座っているジルは、あれだけ飲んでいたのに涼しい顔をしている。
アリス達は今朝九時に城下町の最東端にある駅前に集合し、王都発の列車に乗って南東の『交易都市』サンダリアンに向かっていた。
列車はいくつかの途中駅に停車しつつ、夕方前にはサンダリアンに到着予定だ。
彼らが乗る列車は、正式には『魔石列車』、列車を引く先頭車両は『魔導機関車』と呼ばれる。
王都とこの国の主要都市の間を、数百キロも延々と続く鉄製の線路が結び、その上を走り人や動物や物資を輸送する巨大な箱型の乗り物。
列車の先頭車両に設置された駆動装置が、火の精霊の魔力が結晶化された『火精石』を動力源とすることにより膨大な動力を作り出し、超重量を高速で輸送することを可能としていた。
線路には大きな街道と同じように一定間隔ごとに聖石が設置されている上に、列車の各車両自体にも巨大な聖石が埋め込まれており、さらに鉄製の先頭車両の煙突からは退魔香の煙が常に吐き出されているため、闇の大地に生息する魔物たちも、よほどのことがない限り線路にも列車にも近寄ろうとはしない。
遠征の道中は鎧を身に着けたまま行動をすることが多いアリス達も、列車の中では装備を外し、身軽な服装でくつろいでいた。
Ψ
午前中はリリィの膝枕で二日酔いと戦っていたローズも、昼前には回復。
昼食時には一同はリリィが今朝作ってきたサンドイッチをつまみ、車内の売り子にコーヒーや紅茶を淹れてもらった。
日がだんだんと傾き始め、車窓から見える景色が一面の草原から少しずつ岩石砂漠へと変わっていく。
夕陽が窓際に座るローズとエイリークの横顔を赤く染め始めた頃。
「見て!サンダリアンの壁が見えてきたよ!」
リリィが窓の外を指して興奮気味に声を上げた。
真っ赤な空の下、広大な草原と砂漠の境界付近。
高さ十メートルを超える重厚な市壁が何十キロも延々と続き、王国第三の巨大都市を包み込んでいる。
無骨に、無機質に天高くそびえるそれは、その圧倒的な質量でもって魔物から市民の命を守る最後の砦だ。
人口二十万人を有する、砂漠の大都市サンダリアン。
『商業都市』とか『交易都市』などと呼ばれ、自由を尊ぶナディアにあってなお、『最も自由な街』とされる。
だが、同時に『砂漠の魔都』という不穏な異名で呼ばれることもあった。
『自由』というのは必ずしも『平和』を意味しない。
個人の自由への渇望は競争を激化させ時に争いをも生むことがある。
もちろん、国法、都市法によってさまざまな規制や取り締まりが為されているが、実態として王都や国内第二の巨大都市サザンクロスと比較してもなお、犯罪発生件数もその発生率も高く、またそれに比例するかのように地下街もより広大なものとなっていた。
アリス達を乗せた列車は少しずつ速度を落とし、巨大な市壁の一か所に設けられた専用の門から市内へと入っていく。
そして間もなく、駅舎に到着して停車した。
この巨大な都市が、この列車の終着駅でもある。
列車はこのサンダリアンで今宵一晩駆動系を休ませ魔力の回復と火精石の交換を終えたのち、明日の朝また王都に向けて出立する。
「うーん、着いた~!」
列車のドアから下り、リリィがその華奢で小さな身体で、目一杯伸びをした。
「暑っつーい!」
広大な駅舎の中は、高い天井の一部はガラス張りとなっている上に窓も多く、灯りがなくとも今はまだ十分に明るい。
夕方になっても相変わらず強い日差しに、ローズは眉を顰める。
「まだ春なのにねー」
日光を小さな掌で遮りながら、リリィはニコニコ笑いながら答えた。
「砂漠の入り口の街だからな」
ジルが荷物を肩に担ぎ直しながら言う。
「あたし、サンダリアン久しぶりだなー」
手をぱたぱたと動かして自分の顔に風を送りながらも、ローズはどこか楽し気だ。
「私も!」
リリィも嬉しそうに笑った。
「この後は、まずは宿屋ですかね」
エイリークがアリスに尋ねる。
「そうだね、一旦宿に荷物を置いてから、この街の詰所に挨拶に行こう」
アリスは頷いた。
「その後は?」
ローズが訊くと、
「その後は、今日は特にないかな。使節団の到着は明後日だから、明日一日はルートの確認と警護のポイントや危険な場所のチェックをして回る……って感じ」
「聞いている話だと、皇子殿下のご意向で当日急にルートも変わることがざらにあるようだから、できるだけいろいろ見ておいたほうが良いだろうな」
アリスの回答にジルが補足する。
「そうですよね……」
アリスは苦笑してまた頷いた。
「いろいろ見て回る……って、なんかワクワクするね!」
「観光じゃないんですけどね」
リリィとエイリークは楽しそうだ。
「とりあえず今日は詰所での挨拶が終わったら、みんなで夜のサンダリアンに繰り出せるね!?」
目を輝かせるローズに、
「今日は酒はなしだからな。明日二日酔いだったら、ローズは役に立たないだろ」
アリスが釘を刺す。
「えー」
ローズはあからさまに不満そうだ。
「ビール一杯くらいならいいんじゃないか、隊長」
ジルが人懐っこい笑みを浮かべて、アリスを見る。
「う。まあ、ジルさんがそう言うなら……じゃあ、一杯だけですよ」
アリスは小さくため息をついた。
「やった!」
ローズが大袈裟に飛び跳ねて喜ぶ。
「隊長、大好き!」
ローズはアリスの腕をポンポンと叩いてから、軽い足取りで駅舎の出口へ向かう。
エイリークもアリスに苦笑いを送ってきた。
それから、一人先頭を行くローズの後を追う。
リリィもクスクスと笑いながら二人に続いた。
「あいつ、ほんと調子良いなあ」
アリスはもう一度小さくため息をついて、ジルを見る。
「すまんな、俺も一杯飲みたかったんだ」
ジルがアリスの肩に手を置いて、にっと笑った。




