21.裏切りの鳥たち
「まったく……あの方のわがままには困ったものです」
男が溜め息とともにそう言った。
彼の名は〈鴉〉。
無論本名ではないが、少なくとも今ここではそう呼ばれている。
「さ、サンダリアンでの滞在期間が三日から実質一日になりました。コースも大幅に変更になると考えられ、市街滞在中の実行は極めて困難になりましたが……いかがいたしますか?……作戦は中止、でしょうか……?」
〈鳩〉と呼ばれる男が、意向を窺うようにおずおずと尋ねる。
「馬鹿を言うな」
〈鴉〉が冷たい声で一括する。
「この程度のことで中止になどできるものか」
「そうは言ってもな」
次に口を開いたのは〈燕〉と呼ばれる男だ。
「そもそもは市民として潜伏させている工作員どもが手に掛けるからこそ意味があっただろうに。何年もサンダリアンの商人や下級兵として身をやつした者どもが、突然冒険者のハントクエストに同行するなど、不自然にもほどがあるぞ」
だが〈鴉〉はフン、と鼻を鳴らした。
「そうではなかろう、真の目的を見失うな。我々にとって最も重要なのは、今ここで殿下にご退場いただくことだ。この国への敵対感情を煽るのは二の次。皇女などは三の次だ。祖国から遠く離れたこの機を逃す手はない。争いの火種など、その気になれば後からでもどうとでも作れるわ」
「その通りだ」
それまで黙っていたもう一人の男が、口を開いた。
彼の名は〈梟〉。
「むしろやりやすくなったではないか。あの小僧は自ら闇の大地に行きたいと言っているのだぞ。事故を装って殺してくれと言っているようなものだ」
「し、しかし、街の外では他の護衛の者どもに気づかれずに暗殺するのは至難かと」
そう言ったのは、〈鳩〉。
〈鴉〉は不機嫌そうにチッ、と舌を鳴らした。
「貴公は本当に鈍いな。もはや暗殺の必要などどこにある。闇の大地だぞ。小細工など使わずとも、魔物どもが何もかも跡形もなく喰らいつくしてくれるさ。真実も証拠も、死体もな」
「……ふん、つまり何も知らぬ護衛どもも含めて、皆殺しにすると言う腹か」
と〈燕〉。
「当然だ。生き残るのは我々の息のかかった者のみで良い。そやつらがナディアの騎士も冒険者も役に立たなかったと証言すれば、すべて片が付く。それだけでも脆弱な友好条約などいともあっさり崩壊するだろうさ」
「わ、我が国の者も皆殺しですか」
〈鴉〉の静かだが暴力的な発言に、〈鳩〉は慄いていた。
『不満かね?』
その時、くぐもった声がその小さな部屋に響いた。
そこにはいない、四人目の男。
その声は、彼らが囲む円卓の中央に置かれた水晶から発せられている。
「コマンダー」
〈鳩〉が呟くように言った。
『〈鳩〉、君は不満なのかね?』
その男は、淡い光を放つ魔水晶越しに、もう一度そう言った。
彼の名は〈黒鳥〉。コマンダー・スワンと呼ばれている。
「い、いえ……」
〈鳩〉が戸惑ったように答える。
『君が心を痛める気持ちも分かる。だが、これは大儀のためなのだ。分かってくれ』
「……なるほど、そのために失っても痛くない人材を選んだのですな。どうりでぱっとしないやつが多いと思ったわ」
〈燕〉が鼻を鳴らすが、〈黒鳥〉はそれには直接答えず、
『しかし【銀弾】が貼りついているのは想定外だ。魔女よりは幾分かマシだろうが、気を抜くな』
「三番隊長のことですな。その【銀弾】とやら、この目で実物を見ましたが、あろうことか小人の血が半分混ざったまさに『小物』でしたよ。貴方が警戒するような相手ではありませぬ」
「分別もなく盛った愚か者が、遊びで亜人に産ませた卑しい子どもと言ったところでしょうな」
〈鴉〉の言葉に続いて、〈梟〉が下品に笑う。
『——外見に惑わされると痛い目を見ますぞ』
その時、魔水晶が〈黒鳥〉とはまた別の男の声を伝えた。
「誰だ貴様」
〈燕〉がドスの利いた低い声で誰何する。
『ああ、この者は……そうだな』
『〈幻霊〉と、そう名乗っておきましょうか』
その男はそう答えた。
「〈幻霊〉?なんだそれは」
〈燕〉が胡散臭そうに魔水晶が映す男の姿を睨む。
『まあ、“翼“が必要でしたら〈蝙蝠〉でも良いんですがね。いずれにせよ、貴殿らと同じ巣に入れていただくのは、ちょっと忍びないものでね』
「ふん、売国奴風情が偉そうに」
「貴様のコードネームなどどうでも良いわ」
どうやら、〈鴉〉と〈梟〉は、その男を知っているようだった。
知ってはいるが、決して好意的ではない、という雰囲気だ。
『まあ良い。貴公らが後れを取るとは思っておらんが、追い詰められた鼠は何をするか分からんからな。三番隊長には油断するな』
水晶越しに険悪な空気を察したのか、コマンダーが割って入る。
『それから、皇女殿下のほうにつく星の騎士は、どの隊だったかな?』
「な、七番隊という話です」
〈鳩〉がおずおずと答える。
『七番隊?確か、異能持ちの女狐だったか?』
「違いますな。つい先日代替わりしたようで、今は女にしか見えぬ子どもが隊長でした。親がそこそこ名のある者だったという話ですが……数合わせにしても茶番が過ぎる」
〈黒鳥〉の問いに、今度は〈鴉〉が答えた。
『……ああ、あのラディアスの倅と言う奴か』
『その通りです。確かまだ十六でしたな』
〈黒鳥〉の隣で〈幻霊〉が頷く。
「人材難もここに極まれり、といったところだ。もはやあの小娘、いや小僧が哀れに見えましたな」
〈燕〉が嘲るように笑った。
『ふむ。貴殿の意見を訊こうか。〈幻霊〉』
〈幻霊〉は軽く頷いてから口を開いた。
『……個人の能力としては目を見張るものがありますが、それはあくまで一隊員であったときの話。確かにその小僧は最弱の隊長に違いないですな。貴殿らが恐るるには足りんでしょう。やはり警戒すべきは【銀弾】のみかと』
『なるほどな、よく分かった。いいだろう』
〈黒鳥〉は魔水晶越しに、鷹揚に頷いた。
「それでは?」
〈梟〉が上官に先を促す。
『うむ。皇子殿下と【銀弾】には、奴等を使うがいい』
「!」
一瞬、僅かな動揺が奔る。
「……得体の知れぬ者どもの技など、信用してよろしいので?」
〈鴉〉が探るように魔水晶に問いかける。
『別に信用している訳ではないさ。ただ、そもそも制御などできんし、出し惜しみをする意味もない。どうせ街中では使えんしな。使いものにならなかったとしても、不意を衝くことくらいはできよう。混乱に乗じてやりやすくはなるはずだ。あとは貴公らに任せる』
「ふふ、ハハハ!」
〈黒鳥〉の言葉を聞いて、〈梟〉が不敵に笑い出した。
「承知した!私としては奴等が期待外れであっても一向に構いませぬな。我が弾丸で直接あの澄ました顔に風穴を開けてやりたいのでね」
その瞳には、狂気が宿っていた。




