19.七番隊決起集会1
「遅―い!こっちこっち」
アリスが指定された酒場に入るとすぐ、少女が彼を呼ぶ声が聞こえた。
まだ夕方、日も沈んでいない時間帯だが、広い酒場のテーブルはすでに半分以上埋まっており、店内はかなりにぎわっている。
ちなみにカフェを出る際に、今日は非番のディートクリフと、いつでも暇そうなジェイクを誘ってみたが断られた。
セラフィナとシュカは休憩を終えて、今頃は夕方の任務へ戻っている頃だ。
「いや、遅くないでしょ、ローズ。おれ、呼ばれてすぐに来たんですけど」
アリスは自分を呼ぶ声の方へ向かう。
そのテーブルには四人の男女が酒や食事を前に席についていた。
アリスに声を掛けたのは、艶やかな長い赤髪に金色の瞳、そして口元に小さな黒子がある少女だ。
「……いつから飲み始めてるの?」
アリスは、彼に気づいて注文を取りに来た給仕の娘にビールを一杯頼むと、空いている一番手前の椅子に腰かけた。
隣には水色の髪に銀色の大きな瞳をした華奢な少女が座っている。
「私たちも三十分くらい前からだよ」
ローズの代わりに水色の髪の少女——リリィが笑顔で答え、小皿に取り分けたサラダを「はい、これアリスくんの分ね」と、アリスに手渡した。
「ん、ありがと」
アリスが礼を言って受け取る。
「食べたいものがあったら言ってくださいね」
眼鏡を掛けストレートの金髪を肩まで伸ばした少年が、向かいの席からアリスにメニューが書かれた板を手渡す。
彼の名はエイリーク。
歳はアリス達の一つ上だが、騎士の叙勲を受けたのは去年。
つまりアリス達の一つ後輩で、リリィの同期にあたる。
「エイリーク、あたしビール追加で」
「はいはい。明日からの任務に差し支えない範囲にしてくださいね、ローズ先輩」
エイリークは苦笑しながら、手を上げて給仕の娘を呼ぶ。
「悪いなアリス、無理やり呼び出して」
アリスの対角線側に座っている男が、エールが入った木製のコップを片手にアリスに声を掛けた。
明るい緑色の短髪、穏やかで優し気な顔立ち、そして逞しい体つきをしている。
「いえいえ。……まあ、さすがに魔石で呼び出されたのはちょっとビックリでしたが」
アリスは苦笑で答えて、ビールを運んできた給仕の娘から自分の分を受け取った。
「ビールをもう一つと……ジルさんはどうしますか」
エイリークがその給仕の娘に、ローズの追加の注文をする。
「ああ、ありがとう。俺はエールがいいな」
「ビールもあるのに、ジルさんってば安上がりだよね」
ローズが手に持ったコップの中身を飲み干して笑う。
ナディアにおいては、ビールはほとんどがローエンデール皇国や他国からの輸入品のため出回っている量も少なく、国内で生産できるエールよりも高価だ。
「単純にエールが好きなんだよ。まあ、もともと貧乏性というのもあるけどな」
ジルと呼ばれた緑の髪の男は笑って答えた。
「じゃあ、まずはビールとエールを一つずつ願いします。食事はあとで追加しますね」
エイリークが伝えると、給仕の娘は頷いてカウンターへ向かう。
内側にいた中年の男から、サーバーから注いだビールとエールを受け取ると、すぐにアリス達のテーブルに届けに戻ってきた。
「揃ったね?じゃあみんな、飲み物持って持って!」
ローズが立ち上がる。
「こほん、えー。それでは、あらためまして——」
ジル、エイリーク、リリィ、そしてアリスもそれぞれの飲み物を手にする。
「——ようこそ、『異常者』の七番隊へ!」
コップを付き合わせて乾杯をする。
「『異常者』じゃなくて『異能者』でしょ、ローズ」
リリィが律儀にツッコミを入れる。
「似たようなものじゃん」
ローズは笑っている。
「まあ、俺達は確かにかなり特殊だからなあ。アリスも扱いに苦労するかもな。……特にローズな」
ジルも笑いながらアリスに顔を向けた。
「ほんと、ジルさんだけが頼りです……」
アリスはまた苦笑で答えた。
「でもさぁ、セナ隊長が引退しちゃって誰が私たちの面倒見るのよーって思ってたけど、まさかあんたとはねえ。てっきりジルさんが副隊長から隊長になるかなと思ってたけど」
ローズが言うと、ジルは笑ったまま首を振った。
「勘弁してくれ。俺は隊長なんてガラじゃないよ」
「いやいや、そんなことないでしょう、ジルさん」
「そうですよ」
エイリークとリリィが即座にジルの言葉を否定する。
アリスも同感だ。
ジルは決して自分から目立とうとするタイプではないが、それでも〈星芒騎士団〉の中でもかなりの有名人だった。
『騎士団最強の男』候補の一角、という噂さえある。
歳は確か今年ちょうど三十歳になったところだったか。
『第二世代』と呼ばれる年代で、十年前に始まり七年前に終結した内乱も経験している。
普段はとにかく穏やかで面倒見がよく、後輩たちからの人気も絶大だが、冷静に戦局を見て的確な行動ができる頭脳派としても知られていて、団長や副団長からも一目置かれている男だ。
実は彼は何度も隊長に推薦されているのだが本人が断り続けている、という噂をアリスは聞いたことがある。
「そうそう。副隊長のままでも、ジルさんはすでにあたしたちの【保護者】ですからね!」
「【保護者】って……!ふふ」
ローズの言葉に、リリィもクスクスと笑う。
「なるほど!言い得て妙ですね」と、エイリークもおかしそうに笑っていた。
「そんな称号を授かった覚えはないんだけどな」
ジルはやれやれと言った顔で苦笑した。
アリスもつられて笑う。
そのときアリスはふと、団長たちが自分を八番隊でも九番隊でもなく、七番隊に据えた理由が今さらながら分かった気がした。
そう言えば、通例通りなら七番隊長に就任するはずだったセヴェン隊長が、自ら
「アリスにその席を譲った」と言うような話を副団長のギルバートがしていた気もする。
何のことはない、おそらくはみなアリスのためだ。
九番隊は半年前の作戦行動中に全滅し、今でも隊長は不在でセヴェンが兼任しているし、新たに入隊した現在の隊員は騎士になってまだ日が浅い上に、アリスとの面識もほとんどない。
逆に八番隊には優秀な隊員も多いが、アリスとは相性の悪い者もいる。
対して、七番隊の構成は、訓練生時代から気心の知れた同期や後輩。
そして誰もが一目を置く、騎士団一の人格者。
『異能持ち』という難しい特殊性を差し引いても、メンバー構成はアリスにとってこの上ないくらい馴染みやすい。
普段は人一倍人見知りのリリィも、このメンバーには心を開いているのが良く分かる。
心なしか、いつもより口数も多い気がする。
逆に考えれば、そうでもなければあらゆる面でセヴェンより劣り、別段『異能』も持たない自分が七番隊に配属される理由もない。
(結局、みんな過保護な人たちだな……)
アリスは内心で苦笑した。




