16.狂っていない悪魔などいない
「な、なんだこりゃあ!?」
少年の声をかき消すように、彼等の背後から太い怒鳴り声がした。
少年は目だけを動かして声の方へ視線を移す。
「何だいこれ、ただの大穴じゃないのさ!ダンジョンがあるはずじゃないのかい?」
視線の先には男が三人、女が一人。
いずれも二十代半ばといったところか。
男の一人は重厚な全身板金鎧に長大な槍、隣の一人は部分板金鎧に広刃の片手剣。
もう一人は濃紺のローブに身を包み、先端に巨大な緑色の宝玉を備えた金属製の長杖を手にしている。
戦斧を担いだ唯一の女は、筋肉質でしなやかな身体に革鎧を身に着けているが、あまりに防護する面積が少なく、ほとんど鎧の体を為していない。
無数のルビーとエメラルドが嵌められた黄金の首飾りが淡い光を放っている。
恐らくこの装飾品型魔導具が、全く機能を果たさない革鎧の代わりとなっているのだろう。
恰好も体躯もまちまちだが、この者たちが何者かは誰でも一目で見当がつく。
——冒険者、だ。
「そんなことより、なんでこんなところにガキがいる。闇の大地の真っ只中だぞ」
「馬鹿が。ガキな訳あるか。同業のブラウニーに決まってるだろう」
部分板金鎧の男に、濃紺のローブの男が呆れた声で言う。
「るっせえ分かってらぁ、そのくらい」と濃紺ローブの男を睨んでから、部分鎧は広刃剣の切っ先を彼に向け、ドスを利かせた声を張り上げた。
「おい、お前らここで何してやがる」
「ちぇっ、チンピラかよ」
彼は振り返らない。
代わりに、少年が詰まらなさそうにつぶやいた。
「ああ?ガキてめえ、今なんか言ったかよ?」
全身鎧の大男が野太い声で怒鳴る。
少年は答える代わりに肩を竦めただけだ。
「……ねえ、坊や。アンタラもウチらと同業でしょ?この辺りに廃ダンジョンがあるはずなんだけど、知らない?メインはどっかの野良に抜け駆けされたらしいんだけどさ」
「ホントは俺達が攻略するはずだったのによぉ」
女と全身鎧が言う。
「なーんか、そそられないなあ」
少年は冒険者たちに背を向けたまま呟いた。
「冒険者なんて、だいたいこんなでしょ」
隣の少女は興味がなさそうに答えた。
「品性が感じられないんだよねぇ」
「アナタが良く言うわね」
「おい!てめえら、聞いてんのか!こっち向けコラ!!」
全身鎧の大男が、左足でドンッと地面を踏みしめた。
五メートル以上離れた少年たちの足下までが振動で揺れる。
分厚い鎧を外しても優に百キロを超えると思われるその巨躯をもってしてもなお、尋常ではないパワーだ。
「……おい、まて。もしかして、てめえらはコソ泥か」
部分鎧の男が険吞とした声とともに、射るような視線を少年に向ける。
「コソ泥はどっちかしらね」
少年の代わりに少女が答えた。
「ああ!?おい、小人風情が舐めた口……」
「まあまあ、ちょっと落ち着け」
激昂する全身鎧を制し、部分鎧が一歩前に出る。
大男は尚も食い下がろうするが、部分鎧の男が鋭い目で一瞥すると、「ぐっ」と短い声を漏らし、引き下がった。
どうやら一行のリーダーはこの男のようだ。
「おい小人。お前何か知ってるようだな」
「どうかなー。どっちだと思う?」
少年がつまらなそうに言う。
からかっている、というよりは明らかに興味がなさそうな、棒読み、といった感じだ。
「悪いことは言わねえ。今回は俺達に譲って、知ってることは素直に喋るんだな。俺達は泣く子も黙る〈狂える悪魔〉だ。見ねえ顔だが白銀等級の俺達を知らねえとは言わねえよな?」
その時初めて、彼が少しだけ振り返った。
「……悪魔を名乗るとは、あまり趣味が良いとは言えませんね」
フフ、と微かに笑う。
「ハッ、こいつらマジで俺らを知らねえのかよ」
全身鎧の大男が、不機嫌そうに唾を吐き捨てた。
「つまり野良か。丁度いいじゃねえか。知らねえなら、教えてやればいいだけさ」
だが逆に、部分鎧の男は凶暴な笑みを浮かべる。
「……野良を守るギルドはねえからな」
「ハッ、何言ってやがる。そもそも街の外でまで、律儀にギルドのルールを守る俺達でもねえだろうが」
全身鎧の大男が、片手で長槍をブンッと振る。
「闇の大地では力こそが唯一の正義」
濃紺のローブの男が抑揚のない声で言い、
「何せアタシたちは、頭の狂った悪魔だからねぇ」
何がおかしいのか露出の多い戦斧の女がケラケラと笑う。
部分鎧の男が「それもそうだったな」と笑いながらさらに進み出て、彼と二人の子どもの前で歩みを止めると、肩に担いでいた広刃剣の切っ先をおもむろに背を向けたままの彼の肩に押し付けた。
彼はそれでも背を向けたまま微動だにしないが、代わりに少女の肩がぴくっと震えた。
「世間知らずなてめえらに一つ教えてやる。〈狂える悪魔〉は白銀クラスだが、この俺は黄金等級だ。さて、それを踏まえての“提案”なんだが……大人しく手持ちを全部俺達に献上した上で、知ってることを洗いざらい喋るか、再起不能まで半殺しにされてから、同じことをするか。どっちがいい?」
彼と少女の代わりに、少年が振り返って部分鎧の男を見上げる。
「わーお、勇気あるね、おっちゃん?オイラ、悪いヤツって大嫌いなんだけど、勇敢な人間はまあまあ好きだよ」
「あ?お前そりゃどういう……!?」
部分鎧の男は、自分の腰くらいまでしかない小さな少年の、そのなんとも形容しがたい表情に何か妙な胸騒ぎを覚えた。
「〈狂える悪魔〉、と言いましたかね。失礼ながらセンスがあるとは言い難いですね」
唐突に背後から彼の声が聞こえた。
(!?)
振り返ると、たった今まで己の剣の切っ先を押し付けていた筈の彼が、すでに男からは大分離れたところで、少女を伴いそのままゆっくりと歩み去ろうとしている。
「メフィ様、私が」
「今回はザガンにお任せなさい」
意味の良く分からない会話が、強風の吹き荒れる中でも何故が鮮明に聞こえる。
「お、おいてめえら!ちょっと待て——」
「おっちゃんは、オイラと遊んでくれなきゃ」
部分鎧の男が、慌てて追いすがろうする。
その声に、略奪者が獲物に使う恫喝の響きはすでに、ない。
そこにあるのは得体の知れない恐怖から救いを求めるそれだ。
だが、男の右手を少年が掴む。
——動けない。
その華奢で小さな手が触れているだけで、全身が、指の先に至るまでピクリとも動かせない。
「ま、待って」
男はもう一度少年の顔を見る。
目が合う。
少年が、瞳を輝かせて、にっこりと嗤った。
その瞬間、男はまだ自分が生きていることを後悔した。
吹き荒ぶ嵐の中で、彼と少女の後ろ姿はもう、見えない。
それなのに、なぜか彼の声だけは、脳裏に直接響いた。
「——狂っていない悪魔などいませんからね」
お読みいただきありがとうございました^^
ここまでで第一章『千年皇国の姫君』は終了です!
次からは第二章『【異能】の七番隊』がスタートします!
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