14.含みのある女たち
「アリス様」
いつの間にかアリスの傍らにいた第六皇女の侍女が、静かな声で話しかける。
たしか、皇女からルイジアナと呼ばれていた人だ。
長身の彼女は、小柄なアリスと比べると十センチは高い。
顔立ちからすれば、恐らくアリスと大して歳は変わらないはずだが、その落ち着いた佇まいからはずっと大人に見えてしまう。
「今日はありがとうございました。お姫様のあんなに楽しそうな顔は、本当に久しぶりに見ました」
「あ、いえ……そんな。こちらこそ、この上ない光栄でした」
アリスは恐縮して答える。
「とても、聡明な方ですね」
「ええ、そうですね。でも、そうは言ってもやはりまだ十一の少女なのですよ」
そう言う侍女の顔は表情に乏しかったが、その瞳はわずかに憂いを帯びているように見えた。
アリスは侍女の言葉の真意を測りかねたが、皇女のわずかに先の尖った耳を思い出し、
「いろいろと、ご苦労をされているのでしょうね……」
無意識のうちにそう答えていた。
そして言い終わった直後に、明らかに余計な発言だったと今更ながら焦る。
取り方によっては隣国の侮辱とも受け取られかねない。
「ええ、ローエンデールは血統と伝統を何よりも重んじる国ですから」
しかし侍女は気分を害した様子もなく、代わりにまた含みのありそうなことを言う。
「ご自身と同じ妖精の血をお持ちのアリス様が、自由と実力主義を宗とする貴国で愛され評価されていることは、お姫様にとっては何よりも救いだったのだと思います」
侍女は広間の中の兄皇子のもとへ向かう幼い皇女を後ろ姿を見やりながら、そう言った。
「……まあ、この国でさえ、エルフの混血を良く思っている者ばかりではないですけどね。私を嫌う人たちは、妖精の血だけが理由ではありませんが……いずれにしても、殿下の心中をお察しする、と言いますか……あ」
またすべて言い終わってから、アリスは口を押える。
それを見て、隣国の第六皇女の侍女はクスっと小さく笑った。
「アリス様は、正直な方ですね。なるほど、初対面にも関わらずお姫様があそこまで心を開いたのは、アリス様のお顔だけではなかったようです。お姫様も人を見る目に関しては、兄皇子殿下譲りの天賦の才をお持ちですので」
褒められた?のか。
それともからかわれている?
いずれにせよ、取り方によっては失礼なことを言われたような気もしなくはないが、何せこちらはすでに二回ほど失言している。
それに、この侍女の言葉には何の嫌味も感じられない。
「それは……大変光栄です。千年皇国の姫君に良い評価をしていただいたのだとしたら、一介の騎士としては生涯の誇りです」
結局、アリスは素直な気持ちを述べた。
しかし、侍女は少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「もう少し。もう少しだけ、お姫様の思い出作りに付き合ってあげてくださいな」
また意味深な言葉を残し、そして踵を返す。
「え?それはどう言う……」
思わず聞き返そうとするアリスだったが、侍女は振り返って無言で深々と一礼し、そして銃士と皇女を追ってテラスから去っていった。
Ψ
「やるねえ、イケメン」
ローズが庭園から王宮を見上げなら言う。
「どうしたの、ローズ?」
隣を歩いていたリリィが尋ねる。
ローズとリリィは交代でセシリア皇女の護衛の任を与えられているが、祝賀パーティーの間は城内警護に廻されている。
今は庭園の巡回警護中だ。
「アリスがお姫様を口説いてた」
「ええ!?あのアリスくんが!?」
「ついでに綺麗な侍女のお姉さんも、かな」
「ふ、二人も同時に!?」
「うそうそ。もちろんあいつにそんな度胸はないけど。それにあのお姉さんは引っ掛からないかな、アイツよりずっと背高いし」
真面目な妹分の反応に、ローズがクスクスと笑う。
「身長なんだ」
「……でも、ああいう無意識なのが一番質悪いから。女の敵ね」
「お、女の敵……」
「そうそう。罪な男だね。リリィ、あんたも気を付けなさいよ」
「……なんかローズ、楽しそうだね」
リリィもローズにつられて、口に手を当てながらクスっと笑った。
「でもアリスくんは、きっと……」
「たぶんね」
「おーい、お前たち」
二人の他愛もない会話に、太い声が割って入る。
同じく警護任務中の王国騎士だ。
「もうそろそろパーティーが終わるみたいだ。お前たちは大広間の前で皇女殿下をお迎えするために待機しててくれ」
「はーい」
リリィが右手を上げて返事をする。
「まったく、人使いが荒いわね」
ローズが小声で不満をこぼす。
リリィはそれに苦笑で答えた。
「はいはい。そんなこと言わないで。行こう、ローズ」
ローズの背中を軽く押して城内へと向かいながら、リリィはふとテラスを振り返る。
その銀色の大きな瞳に、ひとり星空を眺めるアリスの姿が映った。




