13.月下の皇女4
「……そう言えば、お兄さまから、ナディアの星の騎士様方の中には国王陛下から授かる『称号』と言うのをお持ちの方がいらっしゃると伺いましたわ。もしかして、アリスさまも?」
ふと今思い出したかのように、話題を変える。
まだ幼いのに聡明な人だ、と感心しながらアリスは頷いた。
「ええ、そうですね。少なくとも隊長たちは、みな『号持ち』です。私などは、他の隊長には全くおよびませんが、一応、私も国王陛下から『称号』を賜っています。……【星屑】という名です」
「まあ、素敵ですね!」
セシリアは深い蒼色の瞳を輝かせる。
だが、アリスは苦笑して肩を竦めた。
「ありがとうございます。……でも、私のこの称号は去年の武術大会で……あ、武術大会というのは、年に一度開催される〈星芒騎士団〉恒例のイベントで、お祭り好きな我が国の市民向けのエンターテインメントみたいなものなのですが……その大会の時に、そもそもは観衆が皮肉を込めて私をそう呼んだ、と言うのがきっかけでして」
「え?皮肉、ですか?」
「私の同期に、それはそれは、すごい人がいまして……。人々は彼女を【一番星】と名付けていました。去年の大会では私も自分ではかなりいいところまで行けたと思うのですが、観客の皆さんはあまりにも明るく輝く一番星の隣では、私などは微かに光る星の屑くらいが妥当だろう、ということらしいです」
そう言ってアリスはまた苦笑した。
「それは……ふふ、ちょっと酷いですね。でも、貴国の『称号』は全て国王陛下がお決めになる、と兄から聞いた気がするのですが」
「ええ、そうなのです。何をお考えかは分かりませんが、その皮肉めいた称号が正式に陛下に承認されてしまったのです」
アリスはまた笑う。
——本当はそれだけではない。
【星屑】は、もともとは『称号』として認められる前から、彼の『二つ名』だったから。
だが、それは『奈落』で呼ばれていた名だ。
今、敢えてここでその話をする必要もない。
アリスにつられて、セシリアも微笑む。
「ふふ、そうだったのですね。それはどうしてでしょうかね。ふふふ。……でも」
セシリアは視線をアリスから外し、その蒼玉の瞳を雲一つない群青の夜空に向ける。
「……でもやっぱり、とても素敵なお名前だと、私は思いますわ」
「?」
「明るい星ももちろん素敵。でも、この夜がこんなにも美しいのは、きっとキラキラと微かに瞬く小さな星がたくさんあるから……だと、セシリアは思うのです」
そう言ってから視線をアリスに戻し、そして何故だか少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
今度はアリスが小さな皇女につられて笑う。
「……本当は、私も密かに結構気に入っていたのです。でも、殿下にそうおっしゃっていただけると、私の『称号』にも一段と愛着が湧いてきました。陛下から賜り、殿下にお褒め戴いたこの名を、大切に致しますね」
アリスがそう言うと、セシリアは照れたように「えへへ」と笑った。
その仕草は、やはり年相応の幼い少女のそれだった。
そして、
「あの……」
皇女が何かを言おうと口を開いた時だった。
「——こんなところで油を売っていらっしゃったのですね、姫。探しましたぞ」
唐突に、テラスの入り口から棘のある声が飛んだ。
アリスが振り向くと、侍女の後ろに一人の銃士の姿があった。
金色の髪に緑色の瞳。
先ほどセシリアの隣で、アリスにあからさまな敵意のこもった視線を向けていた男だ。
今も、まったく同じ目でアリスを睨んでいる。
「レナード」
セシリアも振り返って、彼の名を口にした。
「護衛もなくこんなところに出られては危険です、姫。ここはローエンデールの王宮ではないのですよ」
若い銃士が主にかけるその声音には、若干焦りの響きが含まれている。
「私は大丈夫ですよ、レナード。ルイジアナと、星の騎士のアリスさまがいらっしゃいましたから」
そう言って、セシリアは椅子から立ち上がった。
「……皇子殿下がお待ちです。中にお入りください」
レナードはもう一度敵意に満ちた目でアリスを一瞥すると、セシリアを連れて大広間へ向かう。
セシリアはその後について少しだけ歩き出したところで、ふと立ち止まりアリスを振り返った。
月と星の光を浴びて——黄金のティアラが、プラチナブロンドの長い髪が、そして淡い水色のドレスがキラキラと煌めく。
深い海を思わせる蒼玉の瞳が揺れている。
「——姫、お早く」
だが、皇女が口を開く前に、銃士の険を含んだ声が遮る。
皇女は結局何も言わずに踵を返し、そして大広間の光の中へと消えて行った。




