12.月下の皇女3
「……もしかしてアリスさまも、その……『妖精の血』を引いていらっしゃるのですか?」
アリスは少し驚いてセシリアの顔を見る。
そしてそのとき初めて、セシリアの両耳の先端が尖っていることに気が付いた。
心なしか、自分や妹よりさらに尖っているように見える。
「え、ええ、殿下。おっしゃる通りです。会ったことはないのですが、私の母方の曾祖父がエルフだと聞いています。ですから私は八分の一、ということになりますね」
アリスが答えると、またセシリアの顔が明るくなる。
先ほど感じた神々しさとは裏腹に、クルクルと変わるその表情と笑顔を浮かべた際のその年相応の幼さは、ごく普通の少女のそれと変わらない。
「もしかして、皇女殿下も?」
「ええ、そうなんです!ローレンスお兄様と私はクォーターですの。嬉しい!私たち以外に妖精の血を引く方にお会いしたのは初めてですわ」
セシリアは目をキラキラさせてアリスを見た。
小さな涙黒子の上のその大きな瞳はアリスと同系色だが、蒼穹を思わせるアリスの藍玉より、もっともっと濃く深い蒼色。
深い海、もしくは明け方の星空を想起させる蒼玉の蒼だ。
アリスはひとり、心の中で納得していた。
彼の知識によれば、伝統と血筋を重んじるローエンデールはあまり他種族を良く思っていないと聞く。
おそらく、皇室に人間以外の『光に祝福されし子ら』の血が混ざるというのは異例中の異例だろう。
今回式典に参加しているローレンス皇子とセシリア皇女の母君は、現皇王の第三皇妃だが、確か彼女が産んだ子はこの二人だけのはず。
ナディアにおいてさえ妖精との混血は非常に珍しいが、保守的なローエンデールではなおさらのこと、自分たち以外に会ったことがなかったとしてもおかしくはない。
そして、今日のパーティー参加者の中では、ナディア側でもエルフの血を引く者は——アリスの知る限り——彼ただ一人だ。
隣国の皇女が一介の騎士でしかない自分に声を掛けた理由は、どうやら先刻の銃士の非礼からくる罪悪感だけではないらしい。
それに思い至ると、アリスは自分の緊張も幾分か解けていくのを感じていた。
何よりアリス自身も、同じエルフの血を引く彼女に心なしか親近感を抱き始めていた。
「……それにしても、ナディアの星の騎士の隊長さま方は、随分とお若い方が多いのですね!」
セシリアがテラス席から大広間に視線を向ける。
「ええ、殿下。おっしゃる通りです。〈星芒騎士団〉の一番隊から八番隊の隊長のうち、三十を超えている者は三名だけですので。ほとんどは二十代ですね」
「アリスさまは、十代……ですよね?」
「え?ええ。私は十六です、殿下」
いくつに見られているのだろう、と思いつつ、アリスは答えた。
「そんなにお若いのにすごいですわ!……でも、どうして皆さまはそんなにお若いのでしょう。こちらは、レナードくらいですのに」
確かに、今宵の祝賀会に列席しているローエンデール側の軍人は、恐らくそのほとんどが三十を超えているように見えた。——あの恐ろしく冷たい目をした銃士を除いては。
「そうですね、殿下。私たち〈星芒騎士〉は、実際のところ魔物退治に特化した戦闘部隊という側面もありますので、その……若くして引退することも多いのです」
アリスは言葉を選んで答えた。
一瞬、幼い皇女の後ろに控える侍女と目が合うが、もちろん彼女は何も言わない。
アリスの言葉は嘘ではない。
事実、アリスがこの度七番隊長に任命されたのも、つい先月、前任が騎士団を引退したからに他ならない。
とはいえ、本当のところは『引退』より『殉職』の方がはるかに多いのが実態だ。
もっとも、この『殉職』には『作戦行動中行方不明』となった者も多数含まれる。
亡骸の回収はおろか、確認さえできない状況も決して珍しいことではない。
半年前に国内屈指の危険地帯で消息を絶った当時の九番隊隊長もその一人だ。
国内外からもてはやされ、羨望の眼差しを浴び続けている〈星芒騎士〉とて、その実態は所詮、常に死と隣り合わせの生でしかない。
特にこの国で最も優れた戦力である彼らは、必然的にこの国で最も危険で困難な任務が割り当てられる。
それが、この魔物が支配する闇の大地において、常人ならざる力を持って人々を守護しようと剣を取る者たちの宿命とも言えるが。
「それともうひとつは……」
口にしてから、ふとこれを話して良いものかと今更ながらアリスは言い淀む。
「その、もしかして悪い人たちの……反乱のせいでしょうか」
だが当然、この幼い姫も知っている。
そもそも、今日セシリア達が参列していた記念式典は、ナディア国内の内乱が原因で閉ざしていた二国間の国交の再開五周年記念なのだから。
「……その通りです。特に最後の戦いではこの王都も戦場となって、それは激しい戦いになったそうです。その際に王都の守りの中心となっていたのが〈星芒騎士団〉でした。当時三十二人いた〈星芒騎士〉のうち、六割近くが命を落としたと聞きます。それから七年の歳月が経ち、今は総勢四十七名となりましたが、当時から今なお残っているのは団長と副団長を入れても八名のみです。後はみんなその後に入隊した者ですね。私もですが」
「アリスさまもさぞお辛い経験をされたのですね……私ったら、考えもなしに思慮の足りない質問をしてしまいましたわ……ごめんなさい」
素朴な疑問から思いがけず重い話になってしまったことに、セシリアは少なからず後悔しているようだった。
月明りに照らされた少女の顔が明らかに陰る。
一方、二度も隣国の幼い皇女に謝罪させてしまったことに、アリスも焦る。
「あ、いえ!私は十になるまで、王都におりませんでしたので……。当時の戦乱もほとんど知らなかったくらいです」
嘘ではない。
内戦などに意識を割いている余裕はなかった。
間接的には少なからぬ影響を受けてはいたが。
「そ、そうなんですの?それは良かった……いえ、良かったのかしら。でもそれでは、アリスさまはそのときどちらに」
「えーと、それはですね……」
別に隠すこともないが、事実を語るとなると、どう説明しても今この話題でセシリアを明るくできる自信がない。
かといって、この清廉な幼い皇女に、例え取り繕うためであっても嘘はつきたくない。
「人と人との争いからは大分離れた田舎です」
これもまた、嘘ではない。
相手は人間ではなかったのだから。
怪訝な顔をするセシリアを正面から見つめて、アリスは笑顔で言い切った。
幼い姫君の後ろに控えた長身の侍女がちらっとアリスを見るが、やはり何も言わない。
セシリアも、これ以上は聞くべきではないとすぐに悟ったようだった。




