面会
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秀は少し眉をひそめ廊下を歩く。相変わらずかな、と溜め息を吐き、廊下の奥の面談室の扉をノックした。
「海月秀、入ります」
ドアの向こうの教官が厳しい口調を向ける。
「何か揉めてる声がしたが」
「別に何でもありません」
「そうか、気を付けろよ。それより早く席に座れ」
“それより、なんて言うなら聞かなきゃいいのに。”
秀は言葉を飲み込み席に着くと、じゃあ一時間後に、と告げ教官は部屋から出て行った。
「やあ、久し振り」
向かいの席、懐かしい顔に秀は少し驚く。
「すいません教官に聞かされて無かったんで。確か弁護士の」
「安藤です」
安藤はあの時と変わらない優しいだけのふくよかな笑顔を秀に向ける。
「面会なんて滅多に無いから……」
「そうか、それで生活はどうかね。何か不自由な事は」
「……別に、普通です」
そうですか、普通ですか、と安藤は笑う。大きめの幾つもの窓から強い日差しが差し込む。秀の首筋にすうと流れる汗とネクタイを少し緩める安藤の姿に、もうすぐ訪れる夏の気配を感じる。
低めのテーブルに置かれた麦茶をくいと飲み干し、何か手持ち無沙汰気に安藤は、暑いね、とだけ告げる。そうですね、と秀は椅子の上で膝を抱き窓の外を眺める。秀の顔に鉄格子の影が掛かり、これさえ無ければ、と溜め息。雲の向こうの高い日に目を細め、思わずやっぱりな、と呟く。何がやっぱりなのか自分でも解らず苦笑した。
安藤は秀の様子を気遣うでも無く色々と喋り始める。両親の事、共犯の皆の様子、事件のその後の経過。そして彼と彼の両親の事。
そうそう、と安藤は黒い鞄の中からチョコレートを取りだし、ろくな物を食べて無いでしょう、と秀に渡した。秀はどうも、と頭を下げ銀紙を毟り頬張る。今時チョコかとうそぶきながらも、歯にまとわる感触と口中に広がる甘ったるさが懐かしい。安藤は微笑まし気に秀を見、やっぱり子供だねえと笑い掛ける。
「そうそう、それから……」
と安藤は鞄の中から何やら書類を出し机に広げる。安藤は彼や彼の両親の話を始め、秀に尋ねる。
「海月君は自分のした事についてどう思っているんだい?」
「どうって、そりゃ悪いと思いますよ。けど……」
「けど、何だい?」
「けど、よく判らないです」
「そうか、そうなのか」
安藤は君はやっぱり正直で利口な子だと笑う。そして実は……と話を切り出す。少し困った顔を秀に向ける。
どうやら彼の両親が裁判を起こすらしい。つまり僕達を訴える、民事裁判になるって事だ。安藤は心配は要らないから、と言い、これからも度々面会に来るから徐々に話し合って行こうと告げる。秀がどうも、と頭を下げると、君の御両親にちゃんと頼まれているからね、と付け加える。
「もうそろそろ時間ですね、とにかく私に全て任せなさい。具体的に事が運ぶのは退院後になると思いますよ。それから……」
「どうしました?」
安藤は少々口篭もる。
「いや、君はいささか正直すぎる。裁判に出ても私の言う通りに喋れば良いんだよ。他の子達もそうすると言っているからね」
君達には未来があるんだよ、と安藤は秀の両肩を叩く。それから資料を鞄の中にそそくさと押し込んでから、腕の高級そうな時計に目をやる。秀は慌てて立ち上がり、もう一度頭を下げる。
安藤はまたくるから、とだけ言い残して部屋を出た。
何だか口の中が苦い。秀は食べ掛けのチョコを一気に口の中に押し込む。グシャグシャと音を立て、すっかりぬるくなった麦茶で流し込む。
甘ったるさと苦い後味だけが口の中にまとわり付く。秀は思った。
“次の面会の時の差し入れはチョコレートは勘弁して欲しいな……。”
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