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開幕

 



「よっっっしゃやるぜえええええええええ!!!!!!」

「うるさい!!」

「いってえ!!?てんめぇ、人のケツ蹴るたぁどういう了見だあ!!?」

「TPOを弁えろ馬鹿!!」


 高級ホテルの広いエントランスホール、雄叫び響き渡らせる馬鹿と止めようとして同類になった馬鹿。受付(フロント)カウンターの従業員は看過せずの姿勢で、男女の怒鳴り合いに微笑みすら浮かべている。

 微笑ましがられていると知らない二人は、変わらない声量で相手を罵倒していた。


「いいか!?後二十分もしない内に日付が変わる、つまり大会が始まるの!他校の選手が此処にも来る!絶対騒ぎを起こすなよ!?喧嘩売るなよ!?」

「何でテメエに指図されなきゃいけねえんだよ!!」

「喧嘩売るなよ!!?」

「売らねえよガミガミブス!!」

「んだと全身筋肉馬鹿!!?」


 同校の選手すら遠巻きにする喧騒、第三高校の生徒は遠い目をしていた。大会メンバーには一年生が少ない、つまり二年生喧嘩ペアを知らない人はいないのだ。説明不要な第三の問題の種、その一。

 実は問題の種その二も、ホールの一角で既に何かやっていた。


「ふんふん、これがピョンってなって、この辺に……ぶす!よっし貫通!あ、それ触らないで壊れるから」

「ホテルの御迷惑になります、直ぐに片付けて下さい!」

「待ってってば!壊れるんだって!……触った人が」

「何て物作ってるの!?」


 入学前から要注意人物として名が上がっていた、狼林杏。豪華な食事も程々に、夕食後ずっと広いホールの一角を占領し何かを作成している。客が全て大会選手とその関係者だった為、ホテルの従業員も止めなかった。しかし増長して物が溢れ返っている。如月生徒会書記が果敢に注意するも、全て裏目に出ていた。

 癖の強さは銀賦にも影響する。全国三校合同賦力競技大会の選手ともなれば、我の強さは一級品である。如月の努力も空しく、狼の世界は混沌を極めた。触らぬ狂人に災い無し。

 狂人の名で呼ばれる者が、此処にも一人。


「へ~、火星接近かぁ~。惑星観察って明け方が良いんだっけ?」


 ラウンジの大きいソファーを独り占めし、巨大テレビでニュースを見ているブランコ。物見遊山の姿勢は知っていても癇に障る。しかし前者二つの問題に比べれば、まだ予測が着く分対処が容易だ。ブランコはどんな時も傍観者であり観客、終始見届ける事に注力する気合の入った野次馬である。

 うるさい、危ない、他人事面。彼らの在り方は賦力士としてはアリだが、これからの人生が決まるかもしれない競技の直前では、他校の選手の注目を集めて仕方がなかった。


「……第三は駄目だな」

「纏まりが皆無だ、生徒会の怠惰だろ」


 日付が変わるまで二十分も無い、集まりつつある他校の選手達が対戦相手を検分する。目立っている第三高校への分析は辛口だ、敵なのだから褒める訳も無いが。

 問題児達の立ち回りに未熟と吐いて捨てた第二高校の選手、短気な男の耳が挑発だけを丁寧に拾っていた。


「だ、れ、が、ダメだとゴラアバッ!?」

「止めろ!」

「俺のケツに何の恨みがあるんだテメエ!!?」

「人の話聞かないその空っぽ頭の持ち主に恨みが無いと思う!?」


 一応うるさいだけで、被害は抑えられていた。ランスタインの苦労には同情するが、そのまま脳筋の手綱を任せる。誰もその位置に立ちたくないだろう。

 だが時間が迫っている、意を決して近付く影に何も分かっていない空之岳は手を振った。


「おう、(しゅう)!」

「開始時間まで大人しくしてよ、お兄ちゃん」


 近付く少女は空之岳の妹らしい、男女の差を考慮してもかなり体格に違いがあった。小柄な部類に入る空之岳秋は、補助要員の制服を着ている。


 大会に出場する選手は、基本的に制服だ。多少の改造は認められているが、所属校が分からなくなるレベルの改造は禁止されている。なので胸の校章が隠れるという理由で、上着の着用は禁止。大会用に配布された戦闘に耐え得る特別性、衝撃や斬撃への科学耐性を含ませた制服を着て競技に参加する。補助要員にも少々スペックダウンしているものの、大会用制服が配布されていた。

 名実共に学校代表の背中を守る縁の下、なので補助要員の選定は基本選手と教師・生徒会による推薦だ。危険が少ない上に全国大会に間近で関われる、選手に続き競争率の高い席である。


 袖に入っているラインの色が一本違う補助要員の制服を着た秋は、兄と生徒会の推薦を受けて補助要員となった。そこに込められた期待が補助としての能力より、目の前の問題児喧嘩ペアの鎮圧効果である事は、自他共に分かっている。知らぬは当ペアだけ。


「お願いだからエリシオ先輩の言う事ちゃんと聞いてよね?お兄ちゃん直ぐ暴走して、相手殴っちゃうんだから」

「ぐうぅぅぅ」

「……秋さんも、予選に出場するんですか?」

「はい!あ、前から言ってますけど、秋で良いですよ!競技内容が分からないって事は、私でも力になれるかもしれませんし。あんまりお兄ちゃんを自由にし過ぎるのも心配ですから」

「オレは野犬か!?」

「いつもお兄ちゃんがすいません」

「い、いえ……はい」


 家族の、妹の言う事には反論しない。自らも短気の自覚が有りそれが妹からの言葉ともなれば、正にぐうの音も出ないのだろう。感情の揺れ幅は相変わらずだが、妹の前では兄としての理性が復活する。生徒会の人選は流石であった。

 空之岳の怒気に煽られ同じ怒気で返すランスタインも、『普通』の後輩を前には正気を取り戻す。しかも慣れない好意を真っ直ぐに向けてくる相手、たじろいてすらあった。

 大会特訓期間中は補助要員としての立ち回りや、本人の高校生活も在ってあまり間に入れなかったのだ。それに何度も同じ手で静止していては、仲裁効力の低下が危ぶまれる。更に予想以上の叶雨の行動力で、力づくの特訓を続行した結果当日まで温存出来た。

 第三高校の問題は、最低限大会出場に影響しない程度まで抑制されたのだ。


「―――第三賦力高等学校の生徒は、集合して下さい!」


 エントランスに響き渡る声が、所属校問わず注目を掬い上げた。

 ホール奥中央に位置する螺旋階段から降りて来る女神、ないし第三高校生徒会長ヴィリアーレ・キャメロンである。彼女の強さと美貌は学校内外関係無く轟き、アッラーの無遠慮な嫁発言で第一高校には好奇と敵視の視線が向けられていた。


「あれが第三高校生徒会長、光の戦乙女か……」

「俺初めて見た、やべえ、人間?女神じゃね?」

「あの第一の『神様』がプロポーズする気持ちめっちゃ分かるわ」


 好意的な視線が多い、その中でどす黒い殺意を向けているのは第一高校の女子生徒達だ。

 第一高校の女子生徒は入学して直ぐ、アッラー生徒会長と面会する。個人でか集団でかはまちまちだが、アッラーは己の学校に入る生徒から逸材を吟味するのだ。ようするに嫁探しである。

 ふざけていると思われるが、アッラーのずば抜けた観察眼は有能な人材・秘めたる才人を決して見逃さない。そして選ばれた女子生徒は生徒会に勧誘され、アッラーの婚約者として将来の成功を約束されるのだ。

 つまり今キャメロン会長を睨んでいる女子生徒は、大会には選ばれたが神様に選ばれなかった者達。凡人と切り捨てられた、落伍者である。

 無才とは言わない、だが神の手元には相応しくないと言われた少女達。神の足元から蹴落とされた少女らの屈辱は、他校ながら猛烈なアプローチを受けているキャメロン会長に向けられていた。しかも本人は自分達が欲して止まないプロポーズを断っているのだ、これで怒りが湧かない訳が無い。

 あの光の乙女を打倒すれば、そこに向けられていた手は自分の物となる。

 女の嫉妬程恐ろしい物は無かった。原は警戒こそするものの、睨み返さず静かに推移を見守る姿勢。原はあんな風に感情を露わには出来なかった、嫉妬に身を焦がす資格すら無いと自重した。


 視線に慣れているキャメロン会長は、相変わらず大きな胸を張って堂々としている。間接的に妬みと殺意の視線を浴びて身を縮こませながら、第三高校の生徒達は集合した。

 生徒会長登場から数秒遅れてエントランスホールに来た叶雨達が、集合している先輩達の後ろからコッソリと近付く。まるで最初から居ましたと言うように、遅刻ギリギリだった。


「あっぶね、セーフ」

「お前が夜食なんて言い出したからだろうが」

「ちょっと!力富は皆のお腹を心配したんじゃん、てかアンタも食べてたし!」

「お、落ち着きましょう皆さん……あれ、紅雫さんは……?」

「ブランコ先輩引っ張ってきた」

「ソファーごと引き摺るとか、叶雨ちゃん力持ち~」

「いや動けよ」


 視線が動く、密の濃い圧の移動に空気すら振動した。〝神〟直々の言葉が、第一高校の生徒の敵意を爆発させる。


 怪物を討て、我らが〝神〟の勅命である。


 知らない所で怪物と揶揄されている叶雨は、突き刺さる敵意の眼差しに首を傾げた。第一高校の敵意の矛先に釣られ、第二高校の視線も集う。度が過ぎる注視の針山に、力富を挟んで壁とした。壁は動かず首を傾げる。


「何したんだ?」

「知らない」


 本当に知らない、しかし視線は減らなかった。

 この少女、第一高校の頂点アッラーから危険視されている事など勿論知らない。以前受けた侮辱は力富が晴らすのだろうと、気にも留めていなかった。一方通行の敵意である。

 未だ言い争っている八色と星河を宥める雅、ブランコはソファーから動かず下手な鼻歌を歌っていた。

 なんとも何時も通りの光景である。いっそ遠足かと勘違いする程、叶雨の周囲は変わらない。緊張した雰囲気を纏う、同校・他校の選手達が可笑しく見えた。

 気持ちが軽くなる、少しだけ楽しくなってきた。


 話しが終わったらしい、目の前の集団が歩き出す。何も聞いていなかった叶雨達の下へ、生徒会長が近寄る。呆れた色を見せるが、美しい微笑みを浮かべていた。


「話は聞いていましたか?」

「……すいません」

「聞いてませんでした……」

「ふふっ、そうかと思いました。……私達は本選会場近くまでバスに乗り、その近辺で『星』を探します」

「お前達も出入口近くで待機しろ、しかし出発は他校の初動を見送った後だ。ブランコ!貴様はとっとと立て!」

「は~い。相変わらず副会長は乱暴だなぁ」

「此方でお預かりします」

「お願いします」


 原の怒声にブランコは従った、同じ三年で実力者同士長い付き合いなのだろう。あっさりソファーの柔らかさを捨てたブランコは、スキップでその場を去る。

 利用者の居なくなったソファーを回収しに従業員が来た、対応の速さは流石高級ホテルだ。二人掛かりでソファーを元のラウンジに運んでくれた、引き摺って来た者として申し訳なく思う。ホテルに相応しい高級ソファーだが、二人でもなんとか持てる重量だ。叶雨のような例外でなければ、大人二人で丁寧に運ぶ物。そこに何の矛盾も存在しない。


「紅雫さん、時間までに出来るだけの話しが聞きたいのだけど……大丈夫かしら?運営委員会の方との関係とか―――」


 湧いたのは微小の違和感、機微に聡い第六感の淡い囁きだった。


 ソファーをラウンジの定位置に戻し、従業員はエントランスホールから去って行ったのだ。仕事が有るのだろう、当然そう考える。しかし受付カウンターに立っていた従業員まで、姿を消していた。交代にしても可笑しい、受付カウンターから一時とはいえ誰も居なくなる愚行を高級ホテル側が侵すだろうか。

 観察範囲を拡大する、主に人の分布だ。第三高校は叶雨の周囲に数名と、他の選手が出入り口脇に固まっている。一分もしない内に叶雨達も他の選手達と合流し、一つの団体に戻るだろう。

 第一高校は戦意が異常に高い。その矛先が叶雨に向いているのも不可解だ、日付が変わった瞬間襲われないか心配である。第二高校は各校と比べ半分位の人数だ、開始と同時に投入する戦力は様子見が主な役目なのだろう。情報収集を一番に据え、安定した立ち回りが狙いだと分かる。

 全校選手の位置がエントランスホール出入口付近に居るのは同じだ、注目すべきは他の人影。

 目立って集団から外れているのは、未だ何かを作り続けている狼。行動が意味不明だが、危険度は低いと考えて除外。

 他の人影を探し眼球を回すが、全く見当たらない。

 今ホールに居るのは、大会出場者だけである。


「運営委員会責任者の背後に控えていた三名が軍人なのは、私達も予想したのだけど……紅雫さん?」

「―――後二十秒だ!!」


 誰かの叫びが、場の空気を一気に昂らせた。破裂寸前の花火の中に居て、産毛が焼けるような熱気。

 違和感が形となる前に、周囲の日常が崩れていく。燻る異変が叶雨の胸中で地団駄を踏み、自然と中腰になって()()()()


「紅……?」


 長針が進む、短針が一日の始終を告げる。

 梵鐘が鳴る一秒前、叶雨の違和感が現実となった。


「―――死ね」


 鮮血がホールを満たす。




閲覧有難う御座いました。

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