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攻撃

 



 重い物が落ちる音、断末魔は無い。

 どちらでも良かった。悲鳴がどれだけ響いても、誰の耳にも届かないのだから。


「ぁ……あっ、ぁぁ」


 血反吐と共に溢れる呻きは、重厚なボイラー音に掻き消された。赤い泡を吹く事しか出来ない女子生徒が最後に見たのは、虫けらを見るような氷の瞳だった。

 痙攣が収まった足元の死体を、数秒間観察する。死亡を確認すると、少女は伸びた爪を自然な長さに戻す。肌が汗ばむ熱に満ちた地下。急ぐ必要は無いが、死体が硬直する前に目的を果たすべきだと考えていた。

 少女は足元の死体から衣服を剥ぎ、自分の体に合わせる。サイズを確認し、多少の差異を問題無しと判断した。差異の部分が胸部である事に頭を振ると、剥ぎ取った()()()()()を綺麗に畳んだ。


 目的の品を胸に抱え、また爪を伸ばす。爪と呼称しているが、材質は伸びた先から異質に変容していた。黒く鋭利な、まるで金属である。

 少女は黒い爪を、まだ温かい死体に振り下ろす。音は無い、切断面は切られたと気付くまで一呼吸の間を置いたのだ。血は殆ど溢れず、死体を無慈悲に解体している。肉の塊は手の平に収まる大きさにまで切り刻まれて、個人の特定を困難にした。

 正に血塗れの肉片と化したソレを、少女は後にする。腕一杯になった戦利品を抱え直して。


「……あ、靴下も貰えばよかった」


 買い忘れを思い出したように呟く少女、その髪は鈍い銀色だった。











 同日同刻同ホテルのエントランスホールでも、致死量の血飛沫が舞っていた。

 日付が変わる瞬間、スタートダッシュを決めようとしていた者も冷静に事の始まりを見届けようとしていた者も、変化の素振りすら捉えられなかったのだ。悲鳴が上がる余地も無い、問答不可能な攻撃。

 戦場への覚悟を決めた者の集まりだが、どれだけが状況の不自然さに疑問を持てただろう。

 前大会からの予選内容大幅変更、警戒しない方がおかしい。その予選が始まるまさにその時、神経を鋭敏に研ぎ澄ませていた。それも一人二人の警戒ではない、奇襲の類が介在出来る軟な警戒ではなかったのだ。

 だが奇襲を受けた。予兆を誰一人一切感じられぬまま、血の海に沈んだ。

 これは警戒をすり抜けられたと考えるより、警戒の意味が無い『攻撃』を受けたと考える方が自然だった。


 ただ一人その答えを得た叶雨が、腹の底から力を解き放つ。


「っ、あああ――――――!!!」


 ホールを侵す血臭を塗り潰し、非科学の力が場を占拠する。数多の警戒を無に帰した『攻撃』の香りが消失するホールから、瞬く間に()()()()()()()()()()


「しっかりしろ!!意識はあるか!?あるな!?」

「が……!?……なに、がっ……」

「幻だ!!誰も『攻撃』はされてない!他校の連中もしっかりしろ!!起きろ!!」


 頸動脈を裂かれた者や心臓が破れた者も居たが、警戒が強い者ほど意識を失わずにいた。()()()()()()()だと言われても、数秒前まで出血していた部分を確認する。手で患部に触れ無傷の核心を得て、ようやく辺りに呼吸音が戻った。


 脂汗を浮かべ立つ原は、同じ呼吸を繰り返しているキャメロンの無事を見て状況把握を始める。

 他二校も態勢を直す余力を持っているのは数名だった、大半が地に伏し意識が無い者もいる。直ぐの移動は困難だと判断した原は、一先ずキャメロンの背を摩った。


「紅雫、幻と言ったが他人にこれ程強い傷害意識を植え込める銀賦なんて―――」

「呑気に喋ってる時間は無い!()()()()()()()()()()()()()!!!」

「なっ……!?」


 目の端がやっと捉えたのは、明確な殺意の形。今度の攻撃は多くの者が気付く、多種多様な刃物の雨である。壁からとしか思えない角度で向かってくる刃も在れば、吹き抜けの天井から落下してくる刃が照明に反射しその数を惑わせていた。

 意識の有る者は賦力士として実力者ばかりだ。気絶している者も含めてそういう集まりではあるが、更に厳選されたと言って良い。

 それでも皆が未成年、高校生に過ぎなかった。唐突な死の幻想を見せられて、冷静に銀賦を繰り出せた賦力士は居ない。精々が己の身を守るだけの反応(リアクション)、意識の無い誰かを守る余裕は皆無であった。


「く、そがああああああ!!!」


 この場で最も状況を理解し、刃の本質すら読んだ叶雨が両腕を振り上げる。呼応したソファーや机といったホテルの備品が、刃の雨を遮った。

 片手で上を塞ぎ、片手で横から飛んでくる刃に出来るだけ対応する。横すれすれをローテーブルが通り身を縮こませている他校生も居たが、刃物が刺さるよりマシだと思ってほしい。下以外の全方向に忙しなく五感を巡らせ、刃の嵐を所属校関係無く対処した。

 それでも何本かは叶雨の五感をすり抜け、誰かの下へ向かう。原は不可視の狼に刃を噛み砕かせ、立直しが早過ぎた後輩に言葉を掛ける。聞きたい事は多いが、緊急性の高い疑問だけを大きな声で聴いた。他校の生徒にまで届くように。


「これも幻なのか!?それとも銀賦か!?」

「銀賦で出来た幻だ!ただし五感全てに働くから当たれば痛い!しかもいやらしいのが幻の中に本物も混ざってることだ!!」

「ほんも、はあああ!!?対処法は!?」

「ない!!」

「なっ!?くっ……全員立て!!逃げるぞ!!!」


 明確な対処法が無いと言われれば、逃げるしかない。刃の雨を凌いでいる叶雨は気絶した生徒を浮かせる余裕が無く、己を守る余裕も無かった。

 死角から刃が閃く。


「三人づつ位なら運べる!」

「力富!死んでないな!?」

「おう!サンキュ!」


 水銀の盾が叶雨を守った、力富は運搬と防御の二つに銀賦を分ける。汗が米神を流れているが、足取りはしっかりしていた。その後ろで星河が意識の怪しい雅に肩を貸している。八色は力富の声に呼応して上体を起こした、恋する乙女強い。見覚えのあるヘッドホン頭の男子が水銀に運ばれているが、あれは気絶というより寝ている様に見えた。

 続々と事態収拾に動く賦力士達。だからだろうか、見えない顔触れが目立つ。

 メンバー変更で新しく選出された補欠選手の一人、ブランコ先輩が居ない。それに教師陣が一人も見当たらなかった。

 ホテル関係者も居らず、大会出場者しか存在しない場所で奇襲を受けている。

 ()()()()()()()()()()()と、察した者は多いだろう。


「防御行動を最優先!!偵察からの報告が有るまで、各自自分の身を守りなさい!!」


 第一高校から上がる声は、副会長の物だろうか。彼女自身も和傘のような物を振り回し、刃の脅威を遠ざけていた。傘の扱いはかなり無茶苦茶だが、勢いよく飛んでくる刃を弾く程度には固いようだ。

 声を張る柳に隠れて拾い辛いが、第二高校からも抵抗の足音が聞こえる。倒れ伏す仲間達の中心で、場違いにも音読する三つ編みの少女。しかし不思議な事に、彼女を中心として凶器を阻む壁が立っていた。まるで読書に耽る少女を本が守っているような、そして本の力を少女が借りているような。


「虚偽を許さず……破滅こそ我が宿命……!拡がる暗黒に、受けよ慟哭の刃……ウヒヒ」

「変な笑い声出すな、中二病!!」

「ちゅ!ちゅちゅ、中二病ちゃうし!?中二病って言った方がぢゅ……中二病やし!?」

「うるせえ万年中二病!!黙って読んでろ!」

「黙って読むとか……高度過ぎ草」


 賑やかな分安心感が湧いた、どちらの学校も自衛が万全に近いレベルまでには態勢を立て直したようだ。頭上に力を入れ、四方からの刃は各自で対応してもらう。

 第三高校は近くに止めていたというバスに、意識の無い生徒を運んでいく。人力であったり銀賦であったり様々だ。正気を取り戻したキャメロン会長の銀賦は光そのもの、暗いバスまでの道のりを照らし守ってくれる。

 上方を守っていたホテルの備品から衝撃が伝わらなくなる、刃の雨が止んだのだ。


「頭上クリア!」

「バスに乗れ!!」


 力を解き、備品を床に落とす。今更ホテルが傷付く等考えていない、この奇襲は間違いなくホテル側も了承している。

 高級ソファや机が剣山を通り越して、ドミノ倒しみたいに並んで突き刺さっていた。叶雨はこれが幻だと考える段階を跳び越え、断定に思考を着地させる。少しでも悩み疑う要素が介在してしまえば、この幻はその心理を利用し強固になるだろう。

 知っている、この精細で意地の悪い銀賦を叶雨は知っている。

 つまり敵は


「っな、ぁ!?」


 全方位に向いていた意識が、バスに偏り死角を生んだ。

 瞬きより速く腰に何かが巻き付き、真っ直ぐバスから離される。気付いて力富が手を伸ばすも、指先が掠りもしなかった。


「紅―――!!?」

「行け!!!早く!!!」


 叶雨の意思を察し、迷いながらもバスに向かう力富。互いに力量を分かっているからこその信頼と、叶雨一人にかかずらう時間は無いと冷静に見極める副会長の存在が、最良の選択を瞬時に実行させたのだ。

 キャメロン会長が何かを叫んでいるが、原副会長が運転手に何かを告げタイヤが回り始める。

 叶雨が見えたのは、そこまでだった。


「何考えてるんだあの魔女!?」


 遠距離からの誘拐だったらしい。引っ張られ続けながら、幻を編んだ犯人に悪態を吐く時間が有った。

 狙い澄まされた誘拐の速さと手管、幻の編み手と合わせれば誘拐犯の予想も凡そ見当は付く。だから抵抗せずされるがまま、ホテルの地下駐車場まで引きずり込まれた。


「ぐえ!?」


 後部座席の扉が開いた車に引きずり込まれる、覚悟を決めたが衝撃はほぼ無かった。卓越した銀賦による誘拐と、叶雨の体を受け止めた者の技量が噛み合って為せた業。変な声は反射で出た、痛みは無い。

 混乱が収まらないと情報を何も取得できない。己の状態周囲の状況危険度までも、計るには正しい思考回路を維持しなければならないのだ。

 やっと理解が追い付いて行く、五感から提供される何かが現実味を帯びる。

 皮張りの座席に押さえつけられている、肩を掴まれ体を起こせないようにされて。大きな手だ、大人の男の手。新車のような匂いと、爽やかなコロンの香り。叶雨を押さえつけている、誘拐首謀者の香りだろう。

 足技も足で封じられた、完璧な寝技。エンジンを吹かせた振動に、今度こそ抗議の言葉を禁じえなかった。


「いい加減、にしろ!!?馬鹿師―――!?」


 続く言葉が頭から消えて無くなった、怒りが失せた訳ではない。回復した視力による情報の波に、脳が激しく乱されていた。


 叶雨を押し倒す男の、ケイの表情が信じられない程幸せに満ちていたからだ。


 何を思っての表情なのか、何が彼を幸福たらしめているのか。

 状況との格差に、叶雨の知能指数では答えが導けない。疑問符ばかりが溢れる思考で、抵抗力は減少の一途を辿る。この神が作ったが如き美貌でなければ、人違いと断じてしまう程の変わり様。

 

 よく考えれば、叶雨は師を何も理解していない。知ってはいるが、理解には程遠い。

 本心を悟らせない振る舞いも、此方に向けられる異常な好奇も。変な奴だからと理由を付けて、踏み込んだ事は無かった。師匠、と親しく呼ぶ行為も憚られた。

 まるで別人だと叫べるほど、男の心に寄り添った事も無いと言うのに。


 恍惚の赤みを帯びたケイの顔で、大会も数秒前の危機が限りなく薄い記憶となっていった。


「ああ、本当に君は……どこまでも気高く美しい……」


 眼前の瞳に宿る炎で、叶雨の意識が焼かれ崩れる。



「愛しているよ―――僕の天使」



 近過ぎて視点が合わない、何も見えない。

 ケイの落とす影に視界を奪われ、呼吸すらも覆われた。

 現実から意識が遠く離れて行く。

 まだ何も始まっていなかったのだと、叶雨は闇に消えた。




閲覧有難う御座いました。

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