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説得

 



 青年は眼鏡を外し、項垂れた。

 青年の思考を埋めるのは、何時だって予測から導き出される最適解だった。しかし今は大きく成り過ぎた感情の処理に、吐き気を催している。青年、第二賦力高等学校生徒会長聖里正義は、十数分に渉る交渉の無駄をなんとか噛み締めていた。

 他人が居る前で決して見せない姿は、悲壮という彫像に見える。


「大丈夫?」


 他人ではない男から、労わりを投げられた。心を配られていると信じられたから、聖里は重い口を開く。


「……父の説得は難しい」


 聖里の父、聖里玄司は現役の法務大臣である。それは子供の立場からでも尊敬を抱き、世間の目を疎ましく思えど賛美に値する偉業だ。父を敬い父を尊び、その在り方を見習って生きてきた。

 だが、()()()()()

 己の能力を生かし次代を牽引するのは自分だと、自身鼓舞を胸に歩いてきた道を父に遮られたのだ。酷い裏切りだった、日常で接点が殆ど無いだけに、この干渉は聖里の心を傷付けた。


「お父様は貴方を心配してるのよ」

「例え理由が家族としての情であっても、それを上回る放任を良しとするだけの信頼を築いてきたつもりだった!……いや、すまない」


 聖里を宥める視線に耐え切れず、謝罪が口を突いた。根底が温厚な男、副生徒会長の小澄(こすみ)(れん)は数拍の沈黙で話しを纏める。


「でも、諦めないのでしょ?」


 それに尽きる。親の方針がどうであれ、何がしたいかで聖里の行動は決まるのだ。

 聖里はこの大会を気に入っていた。競技内容は二の次だ、国を左右する行事に全力で関われる優越感。大会に備え技術を鍛え、開始の合図を待って構える。集団行動の本懐だ、困難に組織で挑めるのは人間の素質だ。

 電話での印象だが、父は独断で大会運営委員会に圧力を掛けているように思った。そうでなければ、自称運営委員会責任者が説得を勧める理由はない。他に賛同者が居たなら、説得は無為に帰す。自称責任者の振る舞いや胡散臭さを考慮しても、聖里を焚きつける根拠にはならなかった。


 砕かんと握っていた携帯電話を脇に置いて、これからの事を考える。

 諦めないと腹を括ったのなら、聖里は次手を示さなければいけない立場に在るのだ。


「急ぎ補助要員の出場意思を確認する、小澄は出場選手と補欠選手の能力データを基に先発隊と後発隊の二部隊を構成しろ。先発隊には生存能力を第一に、情報収集能力を基準とする」

「会長はどうするの?」

「俺は、説得が終わるまでホテルに残る。数に入れるな」

「了解したわ」

「ああ、それと―――」


 出入り口から殴打音、ノックと呼ぶには少々荒い。その荒さに宿る想いや所作の特徴で、二人は来訪者に当たりを付ける。ゆっくりと鍵を開けた小澄を押し退け、来訪者は聖里の眼前に参じた。


「先輩!大丈夫でしたか!?運営委員とかって連中にいじめられませんでしたか!?」

「何も無い、落ち着け花守(はなもり)

「顔色が悪いです先輩!絶対何かあったんでしょ!?ああ、ただでさえ白い顔が更に白く……!」


 キャメロン会長のような天然とは違う、明らかに染めた金の髪。肌は黒く化粧に隙も無い、人は彼女を黒ギャルと指さすだろう。しかし細部には真面目な顔が覗いている。アクセサリーは身に付けておらず、爪も色が塗ってあるだけ。化粧も濃いと言い切れないのは、顔立ちの可愛らしさが人工か天然か計りかねるからだろう。

 聖里は小さく息を零し、小澄は静かに笑う。呆れているのではない、馬鹿にしているでもない、安堵だった。

 生徒会会計花守美姫(みき)は、単純な少女である。生徒会に必要な事務能力は最底辺で、賦力が高くとも特筆する程ではない。愛らしい容姿で生徒会役員を誑かしたと噂が立つ位には、普通の少女だった。

 彼女の一途な姿勢と見た目に相反した努力家な顔が、聖里のお眼鏡に適ったのだ。今では彼女の生徒会入りを妬む声が、校内に響く事はない。

 一直線に向けられる好意と情が、冷めきった聖里の胸中を解いてくれる。平常心が力を取り戻し、程よい緊張感を保てた。


「花守」

「はい、先輩!」

「小澄の部隊構成を手伝え、選手のメンタル面の配慮はお前の方が得意だろう」

「先輩に褒められた……!?えっとぶたい、攻勢?分かりませんが分かりました!」


 流石に一定の成績は収めているので、頼りなく感じるが花守を信じて任せる。


 部屋から他人の気配が消えると、無意識に抱いていた配慮が萎む。気を遣っていたつもりはないが、一人だけの空間には特別な感覚を得た。

 万人を支え万人を導く者だと己を誇示している聖里にとって、自身のみの空間は別世界にも等しい。もし父親を説得できなければ、大会期間中はこの別世界の住人となるだろう。寂しさではない、常に虚無と隣り合わせの世界。

 聖里正義は他人が居なければ、生きていけない生命である。

 ならば早急なる虚無世界からの脱却を。


「……くそ」


 弱弱しい悪態、自分が仲間達の傍に居れない事への苛立ちと不安だった。トップであり導である聖里が居ないまま、大会が進んでいく。

 聖里は今大会の不穏な空気と剣呑な気配に気付いていて尚、己が率いれば乗り越えられると信じている。

 それだけの努力を積んだ、それだけの研鑽を重ねた。

 己一人戻れば、我が第二賦力高等学校は不屈の組織に成る。

 父の懸念は不要だと、もう一度理解を促す為に。聖里は脇に放置させた携帯電話を取り、リダイヤルした。






 男はただ一言告げ、電話を放り投げた。

 予測していたジアンナ・ハッチソンはそれをキャッチし、通話相手の返答を聞く。


「ご理解頂けましたか?……はい……はい、勿論ですわお母様……では。お勤めに従事下さいませ」


 高級ホテルのスイートルーム、運営委員責任者に呼ばれた部屋とほぼ同じ内装である。だが家具の質だけは、段違いに上がっていた。煌びやかさと使用者の快適感を最大限引き出す、札束で出来たと言ってもいい部屋だ。

 その中心に鎮座し、美女を侍らかせ躊躇わない者。

 〝神〟である。


「アッラー様のお言葉で、母も目を覚ましました。お手を煩わせ、誠に申し訳ございません」

「よい。其方は我が注力を注ぐに足る女、多少の煩わしさで曇る価値ではない」

「有難きお言葉、胸が弾む思いですわ」


 第一賦力高等学校生徒会長、アッラー。傲岸不遜傍若無人、その全てが許される天上の如き美貌。彼に枝垂れ掛かる美女達も、ただアッラーの恩恵を受けるだけではない。アッラーの微かな表情の変化や一挙一動を見逃さず、時にグラスを持ち時に肩を揉む。奉仕のプロフェッショナルだ、アッラーが成金に見えないのもそれが理由の一つだろう。

 美しいだけの男ではない。アッラーは他人を見て世界を見て、まるで()()()()()()()()()()()()()采配を下す。力を持つ者には啓示を、力を秘めし者には示教を。ジアンナもその差配によって掬い上げられた、美と才能を持つ一人だ。

 圧倒的美と比類なき才、例え神の血を宿していたとしても誰も疑わないだろう。

 それだけに、先のアッラーの姿に疑問が湧いた。


「ねえねえ、神様?」

「なんだ」

「何であの偉そうな奴に何も言わなかったの?」


 床に座り込みアッラーの足元で疑問を投げた少女は、美女と呼称するには幼い顔立ち。だが愛玩人形のような可愛らしい顔立ちで、上目遣いにジアンナ達の疑問を代弁した。

 これがアッラーの寵愛対象でなければ、一蹴され下手をすれば消されていただろう。少女は役職は与えられていないが、生徒会役員の一人だ。生徒会とは一般の名称であり、生徒間では別の名称で呼ばれている。即ち、〝神の後宮〟。間違いなく、直訳した通りの組織だった。第一生徒会は会長の庇護を受けている、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ふむ……風梨(ふうり)、お前はどう思った?」

「ええ?分かんないよ、だっていつもなら不敬!とか、不届き!とか言うでしょ?あ!顔が良かったからもしかして神様の愛妾だった?それなら納得!」

「はっはっは!確かに、我が心眼に適う代物では在ったが……。我は如何なる奉公も否定せんと決めておるのだ」

「ほうこう?奉仕の事ですか?なら風梨も神様に一杯奉仕します!」

「うむ、満身を以って励み、我が行末の糧と成るがよい!」

「はい、神様!」


 期待していなかったが、嵐乃裏(らんのうら)風梨は理解力の行使が人一倍不足している。分かろうとする気持ちが無く、そう在るものだとアッラー会長の言葉も額面通りに受け取っていた。ぶっちゃけおつむが足りないのだ、胸に栄養が全部詰まっている。

 大き過ぎる胸をアッラーの膝に乗せているのもわざとではないだろう、意識してやるほど賢しくない。全て分かっていて、アッラーは彼女を妻『候補』に入れている。

 解消されなかった疑念、それすら(アッラー)は見逃さなかった。


「分からぬか?」

「……はい、お恥ずかしながら」

「あの美しき者はな、試練を献上したのだ」


 試練、奉公とは正反対に感じる単語だ。まだ分からないジアンナは、小首を傾げた。

 母親を説き伏せた一言の真の意味も理解の範疇を超えているジアンナにとって、神に問う以外神の心中を詳らかに知る術が無い。妻の立場に甘えている自覚は有る、甘えられる事に幸せすら感じた。


「試練、ですか?」

「アレが何を目的として動いているかは知らぬ、だがその瞳の奥で光る心には愛が宿っていたのだ。純愛か敬愛か友愛か性愛か憎愛か博愛か、種類などどうでもいい。アレは己の愛を誰かに捧げたくて仕方が無いのだ。与えて愛でて、味わいたいのだ。その為なら何でもする、そういう瞳であった」

「愛をアッラー様に捧げる為に、試練を用意したというのですか?あの男は」

「馬鹿を申すな、奴が愛を捧げる相手はあの怪物だ」

「は、……怪物ですか?」


 アッラーがソファから立つ一秒前に、美女達は体を離し佇まいを直す。注意を一度も逸らさなかった美女達は、アッラーの顔に影が差す経緯も観察していたのだ。風梨だけは反応出来ず、後ろに引っくり返ったが。胸の弾みで背中から倒れた。

 数時間ぶりに誰とも触れていない状態となったアッラー、一面硝子の窓から見下ろすは闇を吸い取った海である。この高度からの絶景は、真下の建築物より乏しい港灯りだけで存在していた。夜明け頃には美しい太陽が部屋を照らすに違いない。しかし日付が変わるまで二時間と無い今、アッラーの芳しくない表情を明るくしてくれる景色はまだ無かった。

 部屋の灯りは強くない、窓は暗い夜をそのまま映す。夜闇に向かって立つアッラーの姿が、まるで常世を背負う死神に見えた。


「っ……」

「……我はどんな奉仕も許す。何故なら、万物万人に至る全て、我が手元を離れるなど在り得ぬからだ」


 やっと神の真意の一部を知る、アッラーにとって世界は未成熟な観葉植物に等しいのだ。美しく育てば良し、腐り落ちても捨てればいい。もし他人が他人を助けていようと、アッラーから見れば己の観葉植物が美しく育つよう他人が手を施しているに過ぎないのだ。

 矛先など関係無く、奉仕の全てが行き着く先は神の箱庭である。

 ならば止める理由は無い。あの責任者がアッラーの言う怪物に捧げる物全ては、神の御前を潤す供物に成るのだから。


「だが……あの異物は、少々目障りだな……」

「アッラー様?」


 小さく零した言葉は無言の部屋に行き渡らない程か細く、聞き返すジアンナに返っても来ない。闇を凝視するアッラーの背中で揺れる赤髪が、仄かな灯りに反射して艶めかしかった。


 扉が開く音、ノックは無い。必要が無いのだ。鍵は掛かっておらず、そもこの部屋しかない階は専用のルームキーが無ければ辿り着けない仕様。それすら躱そうとも、やはりこの部屋には近付けないだろう。〝()()()()()()()()()

 入って来たのは生徒会副会長、柳智有。事務能力に長けた、勿論アッラーの妻の一人である。


「アッラー様、出陣準備整いました」

「あ、チユチユ!」


 卒業後婚約予定の風梨が、先輩に手を振った。生徒会の仕事を全うしない彼女に、柳は鋭く一瞥して返答を控える。これが仕事をしない者への侮蔑ではなく、プロポーションの格差による僻みだと知る者は、正に神だけだろう。何も言わなかったジアンナにも尖った気が刺さる、風梨と変わらない体型に頭脳も優れた彼女を妬む理由は多い。

 妻と妻候補の諍いにも、アッラーは何の反応も示さなかった。知らない筈はないが、特に口を挟む必要も無いと考えているのだろう。

 現在の状況や変更した予選出場選手の報告、一人でも多くの選手を本選に進める為の策を提示。口が回り続ける柳の言葉に、アッラーは最後まで何も言わなかった。

 懸念が残っている、アッラーとも在ろう方が思考を裂くに値する何かが。

 そして、沙汰が下された。


「―――ジアンナ、智有、風梨」

「「はい」」

「はーい!」

「……第三賦力高等学校の怪物を、紅雫叶雨を打倒せよ」


 金色の瞳がこの世の物とは思えない輝きを発する、神託に心臓が震えた。


「手段は問わぬ。刃で刺すが良い、毒で倒すが良い、拳で潰すが良い、謀って騙すが良い。生死などと粗末な境界すら捨てて、あの存在を我が世界から消滅せよ。立ちはだかる者在れば、例え我が寵愛の対象と言えど容赦は要らぬ。一切の倫理を顧みず……怪物退治を成し遂げよ」

「「御心のままに」」

「??……えっと、がんばります!」

「「……」」

「そうか、奮戦期待する」

「はい!神様!」


 締まらない空気だが、アッラーが気にしていないなら何も言えなかった。

 神託を終えた神はまたソファに戻り、美女達の奉仕を受ける。アッラーが予選でどう行動するか、柳もジアンナも聞かなかった。神の行動に口を出し、あまつさえ疑うなど万死に値するだろう。神の判断は正しい、そう世界が定めているのだから。


「ああ、そうであった。蓮花も連れて行け、何があの怪物を仕留める手立てと成るか分からん」

「……あの声楽家をですか、……分かりました」


 神の言葉は正しいと理解しているが、突拍子の無い言動も絶えない。ジアンナも柳もあの無力な金糸雀に、今大会の波乱を乗り切れるだけの力が在るとは全く思っていなかった。

 だが全ては、〝神〟の御心のままに。


「……ああ、興が乗ってきた」


 彼の視線を辿れる者はいない。




閲覧有難う御座いました。

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