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 肩に乗っている手を握り、埃を払うように投げた。


「好きにすれば?でも晴登兄や部隊の皆に迷惑掛け過ぎないで」


 冷たい言い方になったが、ケイの笑みは深くなるだけだ。叶雨で遊ぶのが楽しいのだろう、程々にしてくれないと本気で殴りたくなる。

 此処で理由を聞いても本当の事を教えてくれるとは思えないし、話術で師に勝てる気はしなかった。

 時間も無いので、そろそろ戻りたい。近嵐先生が呼ばれた理由は、もうどうでもよかった。研究の事なら悪いようにはされないだろうし、直に始まる大会予選に集中しないと危ない事になりそうだ。なにせ軍一部隊とこの男が来ている、絶対平和に終わらないだろう。

 早く部屋に戻って準備しなければ、叶雨の心と体を守る為にも。


「もう用事は済みましたね、部屋に戻ります。仮眠も取りたいし」

「隣に寝室在るよ?」

「そうですかどうぞ寝て下さいお休みなさい!失礼します!あ、晴登兄達お疲れ様です。また後で」

「「お疲れ」」

「……気を付けて戻れ」

「はい!」


 一人で部屋に戻る、近嵐先生を問答無用で置いてきたが大丈夫だろうか。だが戻って手を引っ張る選択肢はない。時間もあまり無いし、余計な体力を使いそうだ。

 エレベーターから見える外は、流石に真っ暗だった。

 一瞬遠くのビルの屋上に星でも降ったような輝きを見たが、気のせいだろう。






 紅一点が消えたスイートルーム、むさ苦しい空気に広がるのは押し殺した笑い声だった。


「……っ、くっ……くく……グフフフふふフっふっ、ぐふぅ!」

「……?」

「気にするな」


 美形の気持ち悪い笑い声に頭を心配する近嵐だが、軍人達は全く気にしていない。体内に溜めて置けなかった空気が穴から漏れるような、体を丸めてケイは笑い続けた。


「……にしても、晴登お兄ちゃんは妹が心配じゃないのか?」

「そうだって!?ただでさえあんな綺麗になって、それが女子高生なんて……!襲ってくれって言ってるようなもんだろ!?」

「お前らの評価は少々身贔屓に過ぎる。後ジャックの言い方は変態のそれだぞ、止めろ」

「だって……あんなに小さくて……可愛かった俺達のお姫様が、あんな、あんなに……!」

「あんなに?」

「あんなに……天然無防備脳筋系エロ可愛女子高生に成長してるなん―――」

「馬鹿」

「止めろ馬鹿」

「二人して殴らなくてよくない!?」


 こっちも気持ち悪かった、近嵐は同じ状況が後三分続いたら部屋を出ようと決める。


「お前は女子高生フィルターが掛かり過ぎだ。それにアイツの顔は普通だろ、別に可愛くもなんともない」

「猛獣兄の感性なんて知るか!?兄を好いてくれる妹という存在がどれだけ国宝物か知らずに言ってるんじゃねえ!!俺なんて!俺なんて……妹から一度もお兄ちゃん♡なんて言ってもらった事も無いのに……!?しかも女子高生だと!?これで興奮しない奴は不能!!」

「大きい声で何言ってるんだ、お前」

「最近のジャックの『ネタ』が女子高生モノなんだ、叶雨ちゃんが入寮してから突然」

「最低でも三年、アイツに近付くな犯罪者」

「何もしてねえよ!?乱交好きと監禁願望者は黙ってろ!!」


 ノリが男子高校生と同じだった、異性が居なくなった途端下ネタ連発である。高校時代に戻った気分だ、別に懐かしくも嬉しくもないが。

 もう直ぐ三分だと心中でカウントしていると、笑い声が消えている事に気が付く。笑いを堪え俯いていたケイは、天を仰ぎ頬を染めている。熱心な宗教信者が神を称えているような。


「ああ……やっぱり僕の天使は最高だ……!ジャック君は後でグラウンド十周」

「ええ!?」

「トーマス君も連帯責任で五周、晴登は兄マウントがムカつくから五十周」

「おい職権乱用変態イカレ上司、教授が待ちくたびれてるぞ」

「おっといけない」


 注目が刺さり、やっと話が進むと肩が下りる。

 体勢を休めに戻す軍人へ手を振り、何か指示を出した。机に置かれたのは厳重に封をされているトランク、上司が数字を入力し開封。中から取り出されたのは、たった数枚の紙だった。


「それは?」

「教授に生成を依頼したい薬品や機材の構成図と、希望効能の一覧。今確認して下さい」


 立場としての要件はコレだろう、薬の構造式は一瞥で記憶するには少し複雑だ。右手に紙を持ち、左手は仮生成を始める。構造を髪一筋違えてしまえば、部屋に致死量の薬品が充満する行為。此処に居る者は一定の知識を持っている、近嵐の行いを全力で止めなければいけないと分かる程度の知識が。

 しかし止める者も、表情を変える者も居なかった。

 彼らにとって命は、日々消化されるエネルギーに過ぎない。


「近嵐教授、紅雫叶雨について貴方の見解を聞きたい」


 生成手順を大きく外れる、修正。間に合った。

 目の前の彼らは自分達が死に掛けた事なんて知らないだろう、知っても特に気にもしないだろうが。軍人という生き物を、近嵐は初めて間近で見ていた。これが命を賭けて生きる、根っからの戦士。

 この戦士達に育てられると、あんな人間が出来るのか。

 質問の内容と質問した者の共通点が重なり、一人の少女の顔が脳裏に映る。慎重に言葉を考えた。何かを間違えると取り返しがつかなくなる、そんな根拠の無い恐怖が背筋を冷たくさせたのだ。


「……彼女は―――」

「彼女?」

「いや、あの生徒は良質な研究素材―――」

「良質な??」

「失礼、大変観察しがいのある研究対象で―――」

「観察ぅ???」

「……優秀な、生徒だ。そう。色々と……」

「色々とおおぉ???」

「止めろ馬鹿、話しが進まん」


 質問の意図を取り違えているのだろうか、揚げ足を見逃さないケイに言葉が詰まる。どちらが本当の家族か分からない二人に、薬品生成以外の思考が混乱した。

 本当の兄らしい目付きの鋭い軍人は、表情の変化が乏しい。教師としての近嵐の評価に、そこまで興味はないようだ。表情の変化が薄い点は、血の繋がりを感じなくもない。逆に紅雫叶雨を研究対象としているらしい美形は、些細な事でも言動を荒ぶらせる。近嵐と同じで超能力という未知の分野に興味を示しているのに、何故此処まで差があるのだろう。


「ふうううぅ。……あの子はね、僕の天使なんですよ」

「……は?」

「あの子こそ新世界の先導者なんです!!」


 新世界、新しい世界。先導者、先を導く者。

 モニターでも同じ事を言っていた、アレは大会出場選手にではなくただ一人に向けていた言葉らしい。興奮冷めやらぬケイが、ノンケの性癖を歪めそうな顔で叫ぶ。


「天使は時代に進化を、新たな世界の幕を開ける為に降り立った!あの力と人格が併せ持って存在するなんて、奇跡を超えた必然にしか思えないでしょ!!?」


 部下の軍人は聞こえないフリをしていた、慣れている。近嵐は不思議な気分で聞き入った。別に()()気質が変わっているだけの人を嫌煙はしなかった、誰が何に夢中で何を求めていようと近嵐には関係ない。


「幼少期に力が発現し両親から腫物扱い、でも兄だけは普通に接した!理想的なストレスだ!そこに猫被って良い顔した性根屑の同級生!?暴発は必須!己の世界を暗く閉ざし、唯一の理解者に手を伸ばされ受け入れる心!そして広がる世界に、自ら飛び立つ姿は天使!ただ天使!!」


 しかし妙に説得力、というか同調部分が無いとも言えなかった。天使は知らないが、力と人柄の重なりに運命を感じるのは近嵐もである。

 あの強大な力を私利私欲に使おうと考えず、本質の理解に努める姿勢は称賛に値する、と思う。


「社会の混乱を自制する個性、力の行使を異質と思える気性、なにより……誰にも怒りの矛先を向けない、あの人格!まさに導き手に相応しい品性とは思わないかい!!?」


 あの力は他人の人生を曲げるには十分な理由となる、近嵐の人生に深く食い込んでいる事は認めるまでも無い事実。この男は紅雫叶雨という存在の力に、次代を担うだけの可能性を見ていた。

 問い掛けているようで、心中を語っているだけのケイ。理解を求めていない、真実だと叫んでいる。

 その答えは、この大会で分かるだろうか。


「……そちらの言い分は分かった。薬品の納期は、大会期間中でいいか?」

「いえ、三日でお願いします」

「なに?」


 早過ぎる納品日時、大会の観戦にも支障が出る。聞き間違いだと願ったが、男の目は笑っていなかった。本当に三日で要求している。

 軍には払い下げ機材の横流しや、外国の研究情報報告などで世話になっていた。だから軍の要求には出来るだけ応えてきたが、裏を此処まであからさまに隠した要求には迷いが生じる。軍は何を考えているのだろうか、何をしようとしているのだろうか。

 話術や交渉は苦手な近嵐には、百戦錬磨の美人を騙す技術は無い。そして目の前の男は、近嵐に真実を語るつもりはないらしい。


「……お前は……何をするつもりなんだ?」


 ケイは無言で笑った。

 楽しそうに悩ましそうに、悲しそうに、愛おしそうに。


「僕は何もしませんよ……するのは世界です」

「……」

「世界を動かすのは何時だって人ですが、その手段は一つだけ。歴史が語ってる」


 誤魔化してるつもりはないのだろうが、何一つハッキリした事は口にしない。これは男の癖だろう、本心を簡単には口に出来ない場所で育った、男の習性。ならば導き手を欲し擦り寄るのも、男が幼少期より培った習性なのだろうか。



「―――戦争ですよ」



 狂信者に執着された生徒が脳裏で立ち上がり、夕食前部屋でした会話の内容を思い返す。


 誤解ではない、近嵐は断言した。

 では真実とは、近嵐は混乱した。


 何も考えていなかったとまでは言わない、近嵐は考え無しに行動出来ない。大会の危険性を訴えに紅雫の部屋を訪れたのも、生徒の身を案じた心にも嘘は無かった。

 紅雫にしか忠告しないと言ったが、それも本心であって全てではない。

 近嵐の実験を楽しそうに手伝うプレート・ブランコ、その無茶ぶりにツッコミながらも付き合う力富・シルヴァー。続々と部活に人が押し寄せ、気付けば新発見部も大所帯になった。ただ実験場を整える口実の為だけの部活が、誰かの青春の一幕となっていたのだ。

 近嵐の欲望に何時の間にか染み付いていた、繋がりという名の情。


 何度も詰まらせながら紅雫にも伝えた言葉、その一端を再度口にする。

 それは使命感にも似た感傷、近嵐の欲望を叶え続けて得た代償(せきにん)



「俺の生徒は負けない。お前の天使とやらも、俺達の予想なんて容易く砕くだろう」

「……へぇ」



 小馬鹿にした顔で流された、言葉の裏に隠した想いが滲まないように表情を固くする。

 紅雫本人に伝えた時の、瞳の瞬きを思い出したのだ。その輝きは開花に近く、彼女がまだ蕾なのだと告げていた。ならばこれからどうなっていくのか、その光が花開いた時、本当に時代が動くのかもしれない。目の前の男と同意見なのは癪だが、彼女と(じんせい)が交わった奇跡に感謝する。


 あの時は近嵐の冷たい心の一部が、紅雫と距離を取り部屋から追い出させた。自己防衛本能に違いない。

 肩を掴んだ両手から、熱が昇った。胸に灯った火と混ざり、その時の近嵐は胸中の衝動を隠すべく続きを言葉にしなかった。


 紅雫叶雨の存在に進化を、勇気を与える為ならば。近嵐未尋は何でも出来る。

 

 そんな度を超えた献身が、少女の未来を閉ざしてしまわないように。近嵐は心の火を知識欲の海に沈めて、消した。




閲覧有難う御座いました。

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