身内
エレベーターを降りれば、途中から案内を変わったホテル従業員も仕事に戻っていく。彼らは恐らく何も知らない、ただ上客の指示に従っただけだろう。仕事に忠実な姿勢は、良くも悪くも感情が動かなかった。
行きと違って帰りは二人だけになり、無言の空間が気まずさを増す。
「……以前から聞きたかったのだけど」
「ん?」
「原君、アッラー会長の事嫌いなの?」
「は……はああ?……はあぁあああぁぁあああぁ!??」
「ど、どうしたの?そんなに変なこと聞いちゃった!?」
何気なく聞いたが予想より可笑しな反応をされた、唇の歪みが凄い。
もう五年以上の付き合いだ、ヴィリアーレは多少この不器用な男の子の表情を読み取れる。此方を馬鹿にしてるような、心底呆れているような顔だ。それ程質問の選び方を間違えていただろうか。
「だって……あの人に会った時の原君の顔、というか雰囲気、凄く怖かったから。原君が表情を取り繕えない程嫌いだなんて珍しいなぁ、と……」
「……マジか、この馬鹿……」
原にすればその疑問にまで辿り着いて、何故深読みしてくれないのかと嘆いた。どれだけ肉体・能力が成長しようと、変わらない空気を読む力の弱さ。
やり切れない想いが火を滾らせ、ずっと押し込めていた心が爆発しそうだった。
薄く口が開き、長い息を吐く。衝動に身を任せて全て曝け出しても、勝算が薄い事は目に見えている。決めていた事だ。原は勝ちを確信するまで行動するつもりはないし、確信を得る為ならあらゆる手段を講ずる。
自分の才能の無さを知っているのだ、一つだけでも高嶺の花を求めて何が悪い。
余裕の無い姿を見せたくない原は、話しを早々に切る。まず嫁認定されている事を気にしていないヴィリアーレが悪い、と昂った心を無理矢理納得させた。
「そうそう嫌い嫌い、はい!そんな事より!教授と紅雫の事、どう思う?」
「私達が注視する所は別よ、原君」
「……予選の内容か?」
「それによる本選への影響ね」
これがヴィリアーレが生徒会長になって最も成長し、時に恐ろしくもある力。問題が複数提示された時に、何処に注力し何を切り捨てるかの取捨選択の速さだ。〝孤島噴火事件〟でも、避難誘導と火山の無力化以外を切り捨てた。だから原が勝手に、犯人追跡を行ったのだ。
ヴィリアーレは数時間後に開始する予選競技の内容が問題である事を前提に、本選競技内容を不安視していた。こればかりは予選次第で、予測するしか現在実行出来る対応策は無い。
「まず鉗先生に頼んで、備品の補充をお願いしましょう。鐘ヶ島先生はいざという時の為、生徒を助けられる方が居るのと居ないのとでは生徒の士気が変わるでしょう」
「医薬品に予備のEIDも増やそう、生徒家族への連絡は各自の裁量に任せるか?」
「駄目よ、必ず生徒会が一報を入れる。例えどれだけ責められようと、それが生徒を預かる者の責務よ」
一報とは言っても予選競技の開始時刻が予定を大きく早まる事と、補欠・補助要員が競技参加資格を得た経緯位しか話せない。それでも必須だと言い切るヴィリアーレを、原は敬う心を抱かずにいられなかった。
「……今夜は徹夜だな。正面玄関集合時刻の三十分前までには、外部への連絡全て終わらせる」
「いいえ、もう十五分早く終わらせましょう」
この上何をさせられるのだと恐れる原に、ヴィリアーレは肩を寄せてほほ笑んだ。
「ルームサービスを頼んでエネルギー補給しなきゃ、長い一日になるんだもの!頑張りましょ!」
「そういえば、さっきは忙しくてろくに食べられんかったな……。でも俺の場合仮眠取った方が良いと思うけど」
「大丈夫!寝不足でもっと目付きが悪くなっても原君はカッコいいわ!」
「フォローになってねぇ」
結局近嵐教授と紅雫の事情は分からないままだが、他に優先すべき事柄が多々在るのも確か。駆け寄って来る生徒会書記に追加指示を出すヴィリアーレを、支える事に注力したかった。
予選がどうなるか、原には予測も難しい。だが今年の第三賦力高等学校の布陣は中々だ、コントロール困難な個性の集団であり頼りになる賦力士達の集まりなのだ。そこに光を擬人化したような勝利の女神、元いヴィリアーレ・キャメロン生徒会長。正直負ける気がしなかった。
生徒会臨時会議室として借りている部屋に戻り、直ぐに仕事に取り掛かる。
そういえば原に勝る目付きの悪い軍人が、あの部屋に居た。
両手を広げてまた近付こうとするイケメンを躱し、壁に沿って待機していた軍人に近寄る。
「皆さんお久し振りです!」
「久し振りだなぁ、元気だったか?」
「前より綺麗になったな!」
「馬鹿のセクハラを止められなくて悪かった、だが油断だったぞ」
最後に会ってから十ヶ月近く経っている、喜びの再会にテンションが自然と上がっていた。唯一残された部外者、近嵐先生は親しそう軍人と叶雨に口を挟んだ。
「誰だ?」
「あ、すいません……。兄とその部隊の方々です、詳しい部隊名とかは機密で私も分かりません。聞かないで下さい」
「……そうか」
何の説明にもなってないが、普通身内とはいえ軍人と仲が良い方が可笑しい。これには叶雨の変わった経験、そして超能力が関係していた。言わなくても分かってくれると思うので、口にはしない。
兄と紹介した軍人、紅雫晴登は戦士としてかなり重宝される。身内贔屓ではなく、晴登兄と目を合わせてビビらない人はいないのだ。なにせとても目付きが悪い、高校に入って身長よりも凶悪に成長した。高校でのあだ名が〝猛獣〟だったのは、師匠から当時何度も聞かされている。その度に兄に絞められているのに懲りなかった。
「前に話したでしょ、一人暮らしする兄にくっついて行ったって。その時兄の同僚の軍人さんとか友達さんとも会っていまして……、色々とお世話になりました」
「なるほど、お前の年不相応な戦闘能力の高さは周囲の人間の影響か」
お察しの通りだ。中学は殆ど登校せず、通信教育で勉強し最低限のテストを受け単位を取得。空いた時間に兄とその関係者から、遊び感覚で戦闘技術を教わっていた。若いとはいえ現役軍人が講師だったのだ、才能が無くとも環境が揃えばそれなりになる。
精神不安定なお年頃の少女が送る生活とはかけ離れていたが、叶雨にとっては充実した中学時代だった。
賦力高校でも友人が少ないなりにも、普通に学生をやれているのだ。妹を見捨てないでくれた兄と、周囲の気の良い同僚達に助けられた結果である。とても感謝しているし、尊敬もしていた。
「兄と兄の戦友方には、感謝してもし切れません」
「お前が第一高校の生徒会長の見目に惑わされなかったのも、納得がいった」
「……ああ……まあ」
「僕のこと褒めた?有難う、僕も好きだよ」
「何も言ってねえよ」
肩を抱き寄せられたが、頑なな態度は相手を喜ばせるだけだと分かっている。兄達も諦めているので、あまりしつこくは言わない。叶雨も手が肩より下に移動しない限り、不動に甘んじていた。
近嵐先生は警戒するように眉間で皺を作り、ケイと名乗った美人の変わりように驚く。
絵画のモデルの如き姿勢と、万人を魅了する微笑を浮かべていたのはついさっき。今はだらしない顔で叶雨の肩を抱き、訴えられないギリギリのラインでの接触に浮かれ切っていた。愛しい恋人に向けるような、親愛なる家族に向けるような笑顔。美を形成する表情筋がこれだけ溶けていても、他を虜にするのだから美人は卑怯だ。
この美しさを数年見ていれば、アッラーという神の顔を目撃しても簡単には絆されない。美醜に興味が薄い近嵐先生でも納得するらしい、複雑な気分である。
「……それで、なんで私を呼んだんですか?」
「え?勿論、僕が会って話したかったからだけど?」
「よし殴る」
「まあ待て、気持ちは分かるから一旦待て。ちゃんと用事はある」
「晴登兄は用事が無くても良かった、電話とかしてほしい」
「それはすまん、……これを」
寮生活が始まってから一度も連絡が無く、連絡も出来なかった苦情を漏らす。双方難しいと理解しているので、この話題は長引かせない。
渡されたのはUSBメモリ。本来上司であるケイが渡す物なのだろうが、当人は叶雨から手を放そうとしなかった。上司の愚行に慣れている部下の対応はスムーズだ、お疲れ様です。
「これは?」
「叶雨が不在の時に判明した、超能力研究の成果だ。お前には知る権利と義務がある」
「ほう……」
「いや取るなし」
流れる動きでUSBを取られた、部屋にPCが無いか探し始めている。そういえば叶雨だけでなく近嵐先生も残された理由が分からない、元々何故呼ばれたのかもハッキリしていない。USBをむしり取り、引っ付いて離れない男に聞いた。
「近嵐先生が呼ばれたのはどうして?」
「だってコイツ、僕の天使を研究する為の施設貸し出し申請とかしてんだよ?面拝んどくに決まってるでしょ」
「言い方が怖い。え、ホントにそれだけ?」
「……超能力の研究についてはこの変態経由で軍預かりになっている、勝手にやらせる訳にはいかない」
「軍じゃ何も分からなかったからお願いしてるんだよ、むしろ進展あったの?」
「今渡したデータを閲覧すれば分かるが……、何も分かっていない。中身は今まで実験で得た結果の再精査と、そこから導き出された予測の一覧だ」
予想通りの返答だ、悪い予想の方だが。しかし我儘ばかりも言っていられない。叶雨が精神を安定させているのも今高校に通えているのも、一応師匠の配慮のお陰なのだ。研究材料としての叶雨の価値を上にこれでもかと示し、賦力という前例を盾に精神の安定性を第一にした研究内容の立案、というか命令。叶雨の心身を最も考えてくれた師匠には、本当に感謝している。不承不承。
そんな研究では分からない事も多いだろう、もう少し踏み込んでも大丈夫だと叶雨から言っても受け入れられていない。これには兄も同意している。この世で唯一かもしれない研究対象なので大事にしたい気持ちも分かるが、少々過保護が過ぎないだろうか。
「この大会ではいつもと角度の違うデータが取れるだろうと、研究者が叫びながら機材の調達に励んでいた。研究主任に至っては、噴火事件でのデータが取れなかった事をとても悔いていた」
「え……大丈夫ですか?萩野主任倒れてませんか?」
「倒れたが大会出場の話しを聞いて復活した」
中学時代の超能力研究で最もお世話になった、お世話した研究者を思い出す。データの鮮明さに昏倒したり、予想を上回る実験結果に気絶したりと忙しい人だった。プライベートで親しくはなかったが、一時は毎日顔を見ていたので久し振りに会いたい。
超能力への関心の強さは近嵐先生と同等だろう、この二人はあまり会わせたくなかった。
直近の心配は、やはり今大会にある。
運営の手動を握っているのが師である事も、叶雨の心臓を圧迫していた。予選開始時刻まで後四時間を切っている。
「ねえ、聞きたい……?」
耳元で囁くのが好きな男だ、己の顔も声も体臭すら利用する。シトラスの香りを漂わせ、吐息が耳朶に触れた。
「僕が何でこの大会を支配したか、知りたい?」
三校の全生徒会が知りたいだろう情報、何をするつもりなのか何が目的なのか。
叶雨は揺れ掛けた理性を一呼吸で正し、肩に置かれた手を握る。
閲覧有難う御座いました。




