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宿泊

 



「着いたあああ!!!」


 着岸からの下船、生徒の心情を力富が代弁した。東アジアの戦略港湾を担う縦沖港は、乗船者数に不釣り合いな程巨大な戦艦を受け入れて余りある。

 我が物顔で戦艦を見せびらかすマーフィーは、まさに港の看板と言えるだろう。家が大手海運業者、銀賦は戦艦・貨物船・調査船等々。海の開拓者ドルヴァス・マーフィー、偉そうにするだけの実績もあった。港では多くの人が出待ちしており、その大半がマーフィーへ向かっている。権力者だけではなく漁師のような男にも気さくな対応する姿は、好感の持てる御曹司だ。

 隙の無いスーツ姿の男達が数名、キャメロン会長と握手している。相手は港の事務員か大会関係者か、制服を着ていなければやり手の外国美人女社長に見えた。


「次はホテルで一泊だっけ?」

「そう言ってた」


 生徒は用意されていたバスに乗り込み、ホテルへと向かった。修学旅行ではないのだ、時間を決めてホテルに集合とはいかない。集団行動が基本で、選手をサポートする補助メンバーは大会の荷物を運んでいる。

 忙しそうだ、八色が文句言いながら運んでいた。力富をサポートしたくて立候補し、同伴の近嵐先生が後押ししたらしい。八色は力富の傍に居られれば何でもいいし、近嵐先生は部員が多い程便利だと考えているのだろう。狙い通り、新発見部は全員大会メンバーに選ばれた。ブランコ先輩も参加できなくなった選手に代わり、補欠として呼ばれていた。


 港からホテルは三十分と掛からない。かなりの高層ホテルで、周囲から歓喜の声が上がる。エントランスホールには他の客がほぼ見当たらない、大会に合わせて運営側がホテルに客入りの制限をお願いしたのかもしれない。嬉しくは在るが、大会のプレッシャーも一入である。

 叶雨は高級ホテルに喜び、直ぐに気を落とした。此処は行きと帰りに一泊だけするホテルだ、大会中の宿泊施設ではないのだと単純な心を自制する。

 明日の朝早くにはホテルを出発し、大会会場である西町谷市運動公園を目指す予定なのだ。


「何番?」

「310」

「俺412、男女で階違うんだな」

「七十階あるんだって、これは他の二校が泊っても余裕あるよ」


 フラグ、後に特定の展開・状況を引き出す事柄を指す専門用語である。伏線と同義。


「何を考えているんですか!!?」

「うお!?ビックリした……」


 ホテルの受付(フロント)カウンターから響く声、なまじ美声な分ホールの隅まで届いただろう。生徒は勿論、ホテル従業員らの視線も集中していた。

 教師が向かっているので、生徒会長の焦燥は無事解決するはずだ。叶雨達が出しゃばる意味は無い。


「どしたんすか?」

「いや行くんかい!」


 コミュ力カンストを舐めていた、一切の遠慮躊躇無く状況を聞きに行った力富。この高級ホテルに相応しい広いホールの嵐の目へ、あの戸惑いの無さは流石と言うべきかアホと言うべきか。

 無謀な突撃に思えたが、情報は貰えたらしい。何度か頷き、眉間に皺を作っていた。

 戻って来た力富は、叶雨に会長が怒っていた訳を話す。


「このホテルに三校が宿泊する!?」


 叶雨は怒るより先に呆れた、運営委員会が何を考えているか分からなかったからだ。

 国を背負う行事の選手に選ばれたとはいえ、皆高校生。精神が不安定な、社会的には成人していない子供。しかも下手なテロリストより武装した、火気厳禁の火薬庫のような存在である。

 だというのに敵対が前提の他校同士を、同じホテルに一泊させるとは。爆発させたいのだろうか。

 各校生徒会長の選出したメンバーが全員良識を持っていると信じよう。


一校二校(ほかのやつら)が来んのかよ!?よっしゃ、一発ガツンとやってやらあ!!」

「捕まって刑務所で大会中継見るのがオチでしょ、本当に馬鹿」

「あああん!!?」


 一人心配な選手はいるが、どの学校も喧嘩はしたくないだろう。お互い常識ある対応をするか、不干渉が理想だ。

 後者を選んだらしい会長が、指定された部屋からの階移動を固く禁じた。


 エレベーターで部屋のある階に向かう、止まれる階が決まっているらしい。

 良いホテルなので、階ごとにランドリーも自動販売機もある。自販機は飲み物以外にも、アイスや軽食まであった。食欲旺盛な生徒が何名か購入していた。


「おお!」


 ホテルの内装に感動する叶雨は、普通の反応である。一人部屋とは思えない広さと贅沢なアメニティ、一般家庭に生まれたのだ。感嘆を上げて何が悪いと、内心でしなくてもいい言い訳を考える。

 部屋割りはチーム競技の選手や同学年で同室が基本だ、しかし叶雨は一人部屋。数少ない一年生出場選手である事と、急遽変更された出場競技が関係し一人となった。これを運が良いと思うか寂しいと感じるかは、人それぞれだろう。


 最低限に纏めた荷物を置き、全ての部屋を検分する。浴室の備品は叶雨が普段使用している物より上等かもしれない、複雑な心境だがここはホテル側を褒めておこう。

 夕食までは自由だが、言われた通り不要不急の外出は控えなければならない。それに叶雨が居る階は出場選手の女子しかいない、力富は当然別の階だ。八色と雅はいるだろうが、前者は補助要員として何か作業をしていた。それにあれだけ真っ直ぐ嫌いと言われた後で、遊びに行こうとは思えない。雅は確か他の補欠メンバー女子と同室だ、交友関係を広げる機会を邪魔するような真似は忍びなかった。

 改めて己の人付き合いの狭さに溜息が出る。自分を変えようと積極的に声を掛けていく雅の方が交友関係は広いだろう、星河の存在が良い関係の構築を阻害しているかもしれない。でも雅は星河を拒否できないだろう、先は長そうだ。


 ドアをノックする音、直ぐには返事をせず考えた。

 生徒会長の布告で外出は厳しく監視され、見回りの生徒会員や教師が廊下を見張っている筈だ。呑気にドアをノックして返事を待てるという事は、見回りの人に訪問理由を説明して納得させたという事。叶雨にそんな用事のある人物も、要件も思い当たらない。

 恐る恐る穴から覗けば、堂々としている理由を一目で理解した。


「遅い」

「いやいや、何しに来たんですか近嵐先生」


 訪問者、近嵐未尋先生は普通に部屋へ押し進む。遠慮の欠片も無い、何処に落としてきたんだ。

 近嵐先生は椅子に座り、目で要件を訴える叶雨に着席を示唆した。今は叶雨の部屋なのだが、この問答を許さない態度は天才ゆえか。


「これを見ろ」


 机に投げ出されたのは新聞だ、白黒の写真には知らない山の噴火が写っている。そう噴火だ。体験してまだ二ヶ月と経過していないので身近に感じてしまっているが、異常な『自然』現象である。顎を上げて読めと促されるが、この教師は当たり前の事実を無視していた。


「これ多分ロシア語でしょ?読めません」

「そうなのか?」

「当たり前だろ!?馬鹿なの!?」


 何故一介の女子高校生がロシア語の新聞読めると思えたんだろう、最早天然通り越して馬鹿である。


「そうか……。これは先週の記事だ、カムチャツカ南部で凍結していたムトノフスカヤ山が噴火した」

「凍結してて、噴火した?」

「そうだ、聞きたいのはこの異常現象。()()()()()()()()()()()?」

「……ええ?」


 脳裏で談義どころか思いつきもしなかった可能性、頭が回らなかった。手を触れずに物を動かす、力を加え潜在能力を底上げする、強い思念を読み解く。十分常識外れな能力だと思っていたが、非常識とは何処までも広範囲を指すらしい。

 不衛生の称号を返上した天才は、叶雨自身すら把握しきれていないこの能力を何処まで推察しているのだろう。それは何処まで正しく認知され、能力の発展を助長するのだろう。

 念の為一番怖い部分を確かめる。


「……私はやってません」

「知っている、何を言ってるんだ?」


 この教師本当に聞きたい事以外どうでもいいのだ、犯人扱いしているような質問だとは思いもしていない。


「ええ、と……噴火の条件って何?マグマが火山口から出れば噴火?下からマグマ引っ張ってくる位は出来ますよ、火山灰とかはよく分かりませんけど」

「それは噴火に見せ掛けているに過ぎない。マントルにまで影響範囲を拡大できるなら、是非とも見てみたいが……。だがそうか、見せ掛けなら可能か……」


 思考の海に沈む、生徒の部屋なのを忘れているのではないだろうか。本当に何をしに来たのか、一つの質問の為に来ただけかもしれない。それが在り得るのだからこの天才怖い。


「あの、結局何しに来たの?用事それだけなら帰ってどうぞ?」


 不意に近嵐先生の目が少し泳いだ。注視しなければ見逃す程、微かな迷い。生徒に遠慮らしき類の仕草を見せるとは、此方が戸惑ってしまう。背筋を伸ばし、天使が通り過ぎるのを待った。


「……今年の賦力大会は、何かある」

「何か、とは?」

「明確な脅威の証拠は無い、が……油断はするな。例えお前がどれだけ強くても、死なない訳じゃないからな」


 強いとお世辞でも何でも、信頼されているのは嬉しい。叶雨自身は己の強さをそこまで信じていないので、油断はしないと言うより出来ないでいる。心情的に。

 証拠の無い不安。最近の出来事やそこから導かれる情報が、天才教授にしか見えない脅威と成っているらしい。疑ってはいないが、生死を匂わせる言い方は少々過剰に思えた。


「分かりました。でもまさか、生徒が心配でわざわざ部屋まで忠告しに来たんですか?ご苦労様です」

「紅雫の所にだけだ、他の生徒はそれほど気にしない」

「……ええ、マジかこの人」

「なんだ?」


 マジであるこの人。額面通りに言葉を受け取れば良いのか、裏を読めば良いのか判断に迷う。

 研究対象として大事にされているのは知っているが、もう少し考えて言葉を発してほしかった。知識欲に傾倒した近嵐の性格で、他人を気遣う言語機能の行使は望み薄である。思考回路の酷使が必要な事象にだけ全力展開されているのだろう、何時か痛い目を見ればいいと思う。

 しかしこのまま放置して、叶雨にまで被害範囲が拡大されても困る。まだ己の顔面が進化した自覚が無いなら、ハッキリ言うべきか。


「あの、一度自分の発言を見直す事をお勧めします。八色が頑張ったので、近嵐先生の顔面レベルは女子の戦争が勃発する域に達してます」

「は、戦争……?」

「誰か一人を特別扱いするような発言は、時と場合を選び自分の心に確認を取ってからして下さい。私と先生の契約を知らない人が聞いてしまえば、間違いなく誤解を招きますので」


 生徒から異性との接し方を諭されるのは遺憾だろうが、今まで異性との付き合い方に悩まず生きてこれたのが可笑しいのだ。

 乱雑だった髪が整い、元から薄い髭を剃ったすっきり顔。知的な光を灯す明るい琥珀眼は、鋭さに甘さを感じさせていた。ファッションはセンスが物を言うので、下手に考えて着るのはまずい。シンプルに色違いで同じデザインを着回ししているようだ、ファッションリーダー八色の英断だったと言える。

 素直に叶雨の感想を言えば、とてもカッコいい。性格は置いといても、外見はかなり好みだった。

 小・中学時代の生活が起因しているのか、異性のタイプは年上だ。実年齢精神どちらでも良いので、別に高校生も対象外ではない。それに女子高生なんて大人ぶりたい、多感で恋多きお年頃である。イケメンなんて超ウィークポイント、クリティカルヒット間違いなしだ。

 叶雨一人のホテル部屋に近嵐先生が入った所を誰かに見られでもしたら、半日で女子全員が知る話となる。発言の訂正をお願いしたが、行動に関しても一言伝えるべきだった。


 言動を深く考えてほしい旨を伝えようと開いた口が、そのまま止まってしまった。

 机を挟んでいた近嵐先生との距離が、殆ど無くなったからだ。


 叶雨の両肩を強く掴み、正面に立つ近嵐。此方が座っている為、上から押さえつけられているような姿勢だ。いきなりの近距離に、叶雨は手の行先を見失う。

 口を閉じるのも忘れて見つめ返す叶雨に、近嵐はゆっくり言葉を紡いだ。


「誤解、をしているのはお前だ」

「……っ?」




閲覧有難う御座いました。

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