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出航

 



 潮風が吹く、カモメが鳴き空に飛ぶ。


「傾注!!」


 波音に負けない声を張って、(はら)一喜(かずき)副生徒会長は百に等しい生徒へ呼び掛けた。

 普段は海に出る漁師と、魚目当ての野良猫を愛でる暇な老人しかいない港。特殊な学校しかないこの島には、胸を張れるような観光地も無かった。先月の噴火事件で焼け焦げた山肌を見に、研究者や物好きが来た程度だ。その足並みも途絶えつつある港に、今日だけは多くの人が集まっていた。

 仮設ステージに上るのは、美しい金髪を潮風に晒す美女。高校生とは思えないプロポーションは、演説ではなくライブでも始まるのかと勘違いしそうな華やかさだった。制服を着ていなければ、叶雨(かのう)も手を振っていたかもしれない。実際何人かテンションが上がって手を振っている、振り返すヴィリアーレ・キャメロン生徒会長も人が好過ぎではないか。

 マイクを持たず、キャメロン生徒会長は激励を発す。


「……結果が全てだと、皆が言います」


 生徒会長を見に来ただけらしい野次馬すら、出だしに虚を突かれ息を詰めた。

 叶雨も驚いたが視線が釘付けになる程ではない、冷静に野次馬を観察する余裕はある。一人不自然に頭が揺れている影を発見、見覚えのあるヘッドホン頭。男子寮で踏み掛けた居眠り男だ、選手に選ばれていたらしい。時刻も場所も関係無く、いつも眠そうな男である。


「競争の勝者だけが褒め称えられ、敗者には何も与えられない。まるで悪人のように責められ、踏み躙られる。賦力という枠に収まって生きる私達にとっては、それが真実」


 辛口の叱咤激励に、多くの生徒が目を丸くした。少しでもキャメロン会長を知っている者なら、彼女の言葉に驚かない者は居ない。

 ステージ下、横から聞いている原副会長は音にならない溜息を零した。


「だからこそ、言いたい。此処に居る者全員、とてもよく頑張りました」

「……へ?」


 生徒会長が今行っているのは出航の挨拶だ、これから始まると宣言する場だ。

 まだ何も為さず、何の結果も出していない自分達を何故讃えるのか。


「此処に辿り着くまで、私には想像もできない程頑張ったでしょう。これから結果を出す為に、予測も出来ない程皆が頑張るでしょう。どんな未来が待っているかは分かりません、もしかしたら過去最大の悲惨な結果が待っているかもしれません。でもこれだけは自信を持って言えます……此処に勝つ為の努力を怠る者など、一人もいない!!」


 何も知らない癖にと、荒ぶる言葉は誰からも零れなかった。

 その通りなのだ、誰もが努力を怠らなかったのだ。勝つ為に、結果を出す為に。

 誰も分からない未来の栄光を手にする為に、頑張ったのだ。


「私は勝利に費やされる努力の全てを……称賛します」


 心臓が跳ねる、熱い脈動に憤る。

 衝動が喉を震わせ、拳が力強く突き上げられた。


「その努力、全国民に見せつけましょう!……出航です!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」


 前方にいた空之岳(うつのたけ)の叫びが、他を先導するように轟く。耳を塞ぎたくなる程の雄叫びに、キャメロン会長は微笑みで応えた。


 船に乗る者達を見送りに来た、多くの島民に声を掛けられた。どれもありきたりな言葉だが、不思議と肩に力が入る。知り合いなんて一人もいない、精々クラスメイト位だ。それでも託されるものが有ったらしい、心地よい重圧を叶雨は受け入れた。

 まだ半年と経っていない島だが、離れて行くと感慨深く思う。

 次に島を見る時、どれだけ成長出来ているか。楽しみと不安が、叶雨達の船出を飾った。






 船が水面を切る。跳ねる水飛沫が太陽光に反射して、光源を増やしていた。

 眩しい、目が痛い。


「おお、飛び魚だ!すげえ!」


 隣には力富(りきと)、海上を楽しむ姿は不快ではない。それにどれだけ騒ごうと、問題は無かった。デッキから見える絶景も、小一時間で紫外線の強さに負ける。男子は船内の散策に赴き、女子は肌荒れを恐れ涼しい場所へ逃げた。

 静かになったデッキで一人寂しく佇む叶雨の傍に、力富は無言で近寄った。水銀で傘を形成する所を見ると、紫外線が気にならない訳ではないらしい。

 ちゃっかり入れてもらっているが、何故叶雨の傍に来たのか分からなかった。


「中行かないの?」

「興味なーし!……いっぺん殺され掛けたし」

「確かに」


 力富の理由は最もだった、とても同感である。叶雨達が乗っている船は、ただの船ではない。

 船は船でも戦闘艦、ドルヴァス・マーフィーの銀賦〝Whale〟である。

 勧誘という脅迫に使われた戦闘艦は、大人数を運ぶという本来の目的の為に使われている。先月の噴火事件では避難や救助にも使われていたので、学校側の要請で使用する事はよくあるのかもしれない。

 そんな銀賦(もの)で殺され掛けた者としては、乗船しても純粋に楽しめなかった。


「訓練は上々?」

「まあまあ、推薦サンキュ」

「いいよ、私はどっちでも良かったし」

「そっか」


 早朝に直談判した甲斐あって、力富は晴れて大会メンバーに選ばれた。他にも増えたメンバーも居るらしいが、全員を把握はしていない。というか補欠や補助メンバーを入れて五十人近く乗船している、とても覚えられなかった。

 推薦をごり押ししたつもりはない、第三校の益になると確信していたので強制しなくても選ばれるだろうと思っていた。感謝は必要ない。


 余談だが、本来なら船ではなく飛行機での移動予定だったそうだ。大会出場選手数名が()()()()()()を受けた事で、保護者が学校側に安全性の不安を訴えたらしい。キャメロン会長はその訴えを()()()()()()()()()()()()受け入れ、有名なマーフィー商会の戦闘艦銀賦による海域移動を進言したのだ。

 マーフィー商会の多大なる援助と賦力士の実力が相まって、教師側と保護者がこれを受諾。急遽船での団体移動を言い渡され、先に大会会場へ行き研究所に向かおうと計画していた近嵐(ちからし)教授の申請は、安全性に欠けると却下された。膝から崩れ落ちたが、直ぐに立ち直って再申請を作成。大会終了後の外泊延長を申し入れたのである。逆に残りの夏休み期間を使えると喜んだ、転んでもただで起きない天才だ。


 叶雨が遠慮を返すと、力富も端的な言葉で区切った。互いに気心の知れた仲、配慮の必要も無い。だが何時もより静かな様子に、会話のキャッチボールが続かなかった。暫しの沈黙。


「……俺、今すげー楽しい」

「海見るのが?」

「学校!」


 何をもって楽しいと表現しているのだろう、勉強か部活か。後者は真面な活動をしていないので多分違う。


「同期は大体良い奴だし、部活には変な先輩とか教授居るし。なんて言うの……飽きない!」


 そんなに義務教育時代は退屈だったのか、しかし力富の言い方は学校生活そのものが面白いように聞こえる。今時小中学校未就学児など滅多にいない。相当貧乏でも補助金は出るだろうし、優秀な賦力科目の成績は教育無しに説明がつかなかった。

 疑問符が隠しきれてなかったか、力富が叶雨の顔を見て笑う。


「俺義務教育じゃなくて、家庭学習みたいな感じで勉強してたんだよ。親が教師の資格ある知人に頼んで、殆ど家から出れなかった!まあ、家広かったからそこまで窮屈じゃなかったんだけど……。やっぱり外は違うわな!」

「親は仕事中毒とか言ってなかった?」

「おう!初めてちゃんと会話したって言えるの、小四かな?」

「約十年放置?控え目に言ってヤバイね」


 感想が直線過ぎた、力富の口が閉じる。思う所があるのだろう、それとも反論出来ないと感じたのか。

 たっぷり考える時間を使って続いた言葉は、声量が落ちていた。


「……、両親の知り合いがよく声を掛けてくれたから。本当に、寂しくはなかったんだ……。同年代の奴も居たには居たし」

「親戚か何か?」

「そんな感じ」


 誤魔化された、これは親戚ではないな。

 誤魔化す側ももう少し上手く出来るだろうが、それだけ心を許してくれていると思えば悪い気はしなかった。単純に嘘吐くのが下手なだけでも。


「だから、ちゃんと学校通えるの楽しい!」

「むしろよく高校は許されたな」

「もう家に置いとかなくても良いって思われたんだろ、今頃育児から解放された反動でより仕事に没頭してんじゃね?」

「最初から育児してた風には聞こえなかったが?」


 叶雨の体験談も中々だと思っていたが、力富の話しを聞くと大したことじゃなかったように思う。実感する。他人には他人の人生が在る、当たり前だ。皆自分の事で手一杯になるような人生を送っているのだ、もっと酷い人生を聞いたら叶雨の人生が幸せに感じたりするだろうか。

 自分は自分、他人は他人だ。

 辛いとか痛いとかは他人に渡せない、己でどうにかするしかない。だから高校生活を大事に出来るし、楽しいと感じる者もいる。何時も楽しそうに笑っているブランコも、実はそんな訳ありな過去があるからあんなに快楽一直線なのかもしれない。


「お二人さ~ん!何してんの?」

「ブランコ先輩まだ話が、あ……紅雫(こうだ)さん!」

「走ったら危ないぞ、(みやび)

「力富!」


 色々来た。陽気に手を振るブランコ先輩を追い掛けているのは、何故か神代(かみしろ)雅とその金魚のフンである星河(ほしかわ)南斗(みなと)だ。別の扉から駆け寄る八色(はちしき)蜜葉(みつは)は、叶雨の存在に気付いていないような表情だった。

 意図せず新発見部部員が集合である。


「どしたの?」

「それがブランコ先輩二年の先輩二人を挑発して……、わざと喧嘩させたんです」

「とうの本人は完全に観戦モードだ。ったく、雅に被害が及んでいたらどうしてくれる!」

「二年の先輩二人……凄く心当たりがあるけど、喧嘩はどうなったの?」

「生徒会長が止めてくれました!」

「止めたというか、脅迫に見えたが……」

「いや~、まだ目がチカチカする~」

「力富!中にドリンクサーバー有ったよ、一緒に行こ?」

「つっても本島まで二時間位だし、俺はいいよ」

「じゃあ私も此処に居る!」


「はーはっはっはっ!!楽しんでるか諸君!!?」


「あ?」

「御曹司くんだ、やっほ~!」

「何で上から、あそこは艦長室か操舵室?」

「野々先輩が一緒に居ないのは、珍しいですね」

「いや、居るぞ。微妙にあの変な帽子が見える」

「よ、よく見えるね力富」


 忘れていた、彼らも新発見部の部員だった。観察処分だが。

 戦艦の主、ドルヴァス・マーフィーが建物三階程の位置にある甲板で笑っていた。斜め下から見上げているので、後ろに控えているらしい野々(のの)(れい)先輩は頭頂部辺りしか見えない。手すりに足を掛け高笑いする姿は、流石大海に轟く運送会社の息子だ。妙に様になっていた。

 なにやら大声で自分の銀賦を説明しているが、聞いているのは野々先輩だけだ。


「あれ砲門じゃない?力富くん、一緒に入ろ~!」

「入るもんじゃないでしょ!?」

「力富写真撮ろ!」

「写真……雅、記念撮影しないか?二人で初めて戦艦に乗った記念」

「勿論!」

「なら紅雫に頼んで―――」

「皆で撮ろう!紅雫さん、シルヴァーさん!八色さんとブランコ先輩も、一緒に写真撮りませんか?」

「おう、良いぜ!シャッターは俺に任せろ!」

「ちょっと、折角力富とツーショットのチャンスだったのに!?邪魔しないでよ!」

「うるさいぞ、優しい雅の視界に留まるからだ。お前らこそ邪魔をするな」

「掛け声は716-2550÷25×8分の56=?で良いよね~」

「1+1でいいだろが!?」

「よく答えが2って分かったな」


 写真は紆余曲折を経て、なんとか成功した。一枚だけ。手振れや並ぶ順番で揉め、上部デッキから降りないマーフィーと野々が映るように角度を考えた。その為成功と言える写真は一枚だけだ。

 意図せず揃った新発見部のメンバー、担任が写っていない写真は学生らしいとも言える。


 叶雨達はこれから起きるかもしれない全ての苦難を、あまりに楽観視していたのだ。

 後から悔いても、もう遅い。












 船長室と分類される一室、この戦艦の主に臨時生徒会室として提供された。電子と紙による情報を交互に確認し、責務を果たす生徒会長。単純な情報整理能力なら立場に相応しい才を持っている、彼女の会長としての力を疑ったことはない。

 しかし不安は消えない、何故なら()()の学校の()()の生徒会長ではないのだ。

 入室を求める音がした。


「あら、近嵐先生。何か御用ですか?」

「今回の教師同伴について、お前らの意見を聞きたい」


 単刀直入、情報精査の手が止まり裏の無い疑問文を頭で反映させた。近嵐の疑問は当然ではあるが、疑う程の理由があると考える者は少ない。

 去年まで大会へ随行する教師の人数に、制限は無かった。大会は夏休み中に行われるので、教師の都合はつけやすい。毎年十名前後の教師が同行していた。それはどの高校でも変わらず、不文律になりつつあった。

 その透明な決まりをぶち破る、大会運営委員会からのお達し。

 各校引率の教師を三名以内とする、とした規則の再確定。

 今まで放置していた細かい部分の規則を、毎年の大会開催に合わせて微調整し、よりよい大会運営を心掛ける動きはいつもの事だ。なので今回の随伴者数の指定も、特段おかしな通達ではない。

 そこに違和感を感じる理由はない、()()()()()()()()


「先生のお心を煩わせるような事は何も―――」

「うるさい、そんな事を聞きに来たんじゃない」

「……」

「落ち着け会長。近嵐先生も、俺達生徒会はまだ運営委員会から渡された大会規則改定案を確認し終わっていないんです」


 身なりを整え成長期を終えた高校三年生と同年代に見えるようになった近嵐は、生徒たちから乱暴な言動を好意的に捉えられ始めている。若くて見目も良い者は他人から良く見られる、その色眼鏡を持たないのは同じ立場の人間だけだろう。眉目秀麗で真面目な生徒会長は、近嵐の雑な言動が前から気に入らないのである。

 半目になった会長をなだめる原副会長からすれば、同族嫌悪に感じた。怒られそうなので本人には言わない。


「改定案が届いて二週間、生徒会にしては遅いな」

「……補足資料の収集に、過去の大会規則見直しが必要と判断したので」


 運営委員会の通達に疑念を持っている、という点で近嵐とは同意見だと告げる。だが明確な疑いの芽を見付けあぐねていた。


「例えばこの刻限賦力競技の改定ですが……、レース競技内での審判在中を取り止め、選手同士の接触や悪質な妨害の自己申告制。これはレース中の選手達にはあまりに酷であり、被害者側の選手に大きな不利益をもたらします。ひたすらゴールを目指す選手達には、妨害に掛ける思考も時間も無駄でしかありません。運営委員会の惰性による責務放棄と考えられませんか?」

「なら委員会に抗議すればいい」

「それが……」


 顔に影が落ちる、これが今の生徒会が抱える最も困惑する問題らしい。

 言葉を考える会長に代わり、原が説明を引き継ぐ。


「今回の大会運営責任者が直々に俺達と対面する機会があるから、その時に改定の不備や疑問は解決してくれ。の一点張りでした」

「なに?」


 これには近嵐の表情も曇り、眉の動きが会長と同じになる。

 全国三校合同賦力競技大会は毎年行われる国の行事、名目上一切の民間関与を許さない国政の一部。支援者の立場が考慮されない事を除き、大会の運営は完全な国家主導である。

 運営委員会のメンバー選出も一部の常連支援者、かなりの有権者にしか繰り返し任命される機会は訪れない。その面子を知る者は少なく、大会出場選手であろうと知る事は出来ないのだ。むしろ大会運営に関する情報の管理は、部外者と同列に扱われる。大会の結果を操作しようなんて考える者は、大会がもたらす国益を考えれば掃いて捨てる程いるだろう。


 秘密主義とも言える国家主導組織、大会運営委員会その責任者。

 その顔や名前だけで、とんでもない価値と成る。


「……何時会うんだ?」

「船が着艦する予定の港、その最寄りの町です」


 着艦予定時刻まで後一時間弱、近嵐はポケットの中の物を強く握った。

 不可視の狼が、短く吠える。




閲覧有難う御座いました。

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