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青春

 



「期末テストお疲れ!!私達は自由だあああ!!!」

「「「「「イエエエエエエエエエ!!!」」」」」


 当校には女子寮と男子寮があり、それぞれに談話室がある。上級生も当然いるが、今日は期末テスト終了を祝うという名目の為、打ち上げの場として男子寮の談話室を一年生が貸し切っていた。事前に申請し、打ち上げ後の片付けを怠らなければ予約は難しくない。

 低いテーブルを四人掛けのソファが囲う、そのセットが三×三列に並んだ広い談話室。勉強に使うも良し、親睦会に使うも良し。後者の割合が多いのは、高校生ならさもありなん。

 参加者はクラスを跨ぎ、数十人に膨れ上がっている。一年きっての問題児娘を筆頭に不参加も居るが、かなりの人数が参加していた。学校は特殊でも所詮孤島、娯楽の少ない敷地内でのイベントに飢えている者は多いのだろう。


「数学死ねエエエ!!!」

「賦力死ねエエエ!!!」

「なんで賦力校(ココ)来たオマエ!!?」

「唐揚げ食い過ぎだぞ!!ふざけんな!!」

「そっちはローストビーフ食い過ぎだぞふざけんな!!」

「明日終業式の後買い物行こ」

「私あそこのイチゴタルト食べたい!」

「アンタ今ガトーショコラ食べてるじゃん」

「自由だああああああ!!!」

「うるせえ!!しつこいぞ!!?」


 酒池肉林、学生の首を絞める鎖から解き放たれた野獣の群れ。どこから調達したのか豪華な食事はテーブルから溢れんばかり、七面鳥の丸焼きまで有った。各々が思い思いの物を食べ、思いの丈を曝け出している。

 クラムチャウダーを飲みながら、全体を静かに観察する叶雨。流石賦力高校入学者達だった、没個性が見当たらない。静かに食事する者も居るには居る、しかし七割はっちゃけてる空気の中で食事に集中できるのは普通じゃないだろう。空気を吸わずに読む日本人らしからぬゴーイングマイウェイ、悪く言えば自分勝手な者達だ。

 これこそ()()()()()を作る者、誰も他人なんて気にしていなかった。

 一学年で集まる交流の場としての役割は全くないが、親睦交流は強制されて行うものでもないだろう。かくゆう叶雨もあくまで代理としての出席、胃を満足するまで満たせれば、それで良かった。


「―――ちょっと」

「ああ、八色」


 最初に声を掛けてきたのは、この場で唯一個人的な会話をした事がある八色蜜葉だった。用件は察しが付く。というより、彼女と叶雨の接点はそこしかなかった。


「力富はなんで来てないわけ?」

「特訓」

「は?」

「大会に向けて特訓するから、俺の代わりに打ち上げ行ってくれ、って頼まれた。心配しなくてもご飯食べたら帰るよ」

「……」


 ローテーブルに合わせたソファ、席なんて決まっている訳もない。乾杯の時は埋まっていた叶雨の隣に、無言で八色が腰を落とした。

 束の間の静寂。

 双方を繋ぐ空気から賑わいが消え、ジュースを飲み干す音が響く。八色が何かの決意を固め言葉にするまで、存分にオードブルを味わった。サーモンの生春巻きが美味い。


「紅雫、叶雨……アンタ力富の何なの」

「友達」

「ウソ!」

「何で嘘吐くんだよ」

「ただの友達が、あんな……あんな風に殺し合えるわけないじゃない!?」


 同じテーブルを囲っている何人かが視線を投げるが、直ぐに逸らされた。折角の楽しい時間を、盗み聞きで潰すなんて勿体ない。突然殴り合いでも始まらない限り、此処は無礼講なのだ。

 別のテーブルで肉の取り合いをしているが、子供の喧嘩だった。周囲も余興だと思っている。八色から漂う重苦しい気配に、ただならぬ予感を覚える者は居なかった。

 声を荒げた八色は、睨んでいた目を手元に戻す。叶雨と目が合わない、あの事件からずっとそうだ。曝け出された心に入られた気まずさか、命を取り掛けた負い目か、あの事件から八色は叶雨を正面から見ようとしない。


「……新発見部の倉庫で、力富と殺し合ってたじゃない。あれでよく友達なんて言えるわね」

「確かに殺す気で行ったけど、殺せないって分かってたからね」

「何が違うの?」


 キャメロン会長の言葉を思い出す、少しだけ賦力士という生命の意味を知った。殺意と真意を履き違えている内は、『賦力士』とは言えないのだろう。


「違うでしょ。()()()()()()()()()()()()()()()、だから殺す気でやれたんでしょうが」

「っ!?意味、分かんない……!」


 空の紙コップをテーブルに叩き潰し、ソファを立つ。背を向けた八色からは、憎悪に似たものが向けられた。周囲の明るさに消されない、暗いオーラ。

 アッラーに復讐心を燃やしている力富の怒りとは違う、女の怒りは男が逃げ出す程怖いのだ。


「やっぱり私……アンタ、嫌い」


 友情のゆの字も芽生えない内に、亀裂だけが広がる二人の溝。あの一件で互いの心が通ったなんて幻想だったらしい、むしろ以前より粘着性の増した怒りをぶつけられた。

 チーズインハンバーグを食べて見送る叶雨に、別のクラスの誰かが話し掛ける。


「どしたの、喧嘩?」

「どうだろ……、元から仲良くなかったし」

「ふぅん。あの子人当たり良いって聞くけど、そうでもないのかな?」

「……いや」


 怒りの理由は分からないが、原因は分かった。八色は友達に殺意を向けられる、殺意を持てる叶雨が理解できないのだ。それが何故怒りに繋がるかは分からないままだが、叶雨だって多少は可笑しい自覚位はあった。

 好きな男を殺そうとする女がいれば、嫌いになるのは仕方ないか。


「悪いのは私だから」

「ふぅん……?」


 偶然同じテーブルを囲っていただけの人だ、話しは膨らまない。元の話しの輪に戻り、叶雨はまた一人になった。

 馬鹿騒ぎの中に居るだけで、孤独感を忘れ大衆に馴染んでいる。空気には全く同調出来ていないがこれだけの騒ぎ、寂しさを覚える余地はないだろう。引き籠り経験の有る叶雨は、騒がしい空気に触れているだけで仲間になれた気になっている。話し掛けに行く勇気は無いままだが。


 肉も魚もデザートも入った口はとてつもなく軽い、アルコールなんて有る訳ないのに千鳥足で騒ぐ馬鹿が増えていく。特に孤島という特殊な閉鎖空間で、高校生が後先考えるのは難しい。

 楽しい話題最近の話題が無くなれば、自然と誰もが知る()()()()が零れ出す。


「なあ、知ってる?こないだの噴火、賦力士が起こしたんだってよ」

「えええ?デマだろ絶対!」

「マジだって!山に飛んでった人影を見たってヤツが居るんだよ!」


 小さい話しの火種は、興奮という油に引火し広がっていった。


「今度の賦力大会で三校(ウチ)潰そうとした、他校の生徒がやったんじゃね?」

「私秘密の研究機関の実験って聞いた!」

「死者が出たんだって、先輩らしいよ」

「それ!噴火前に班内で揉めたって聞いた!その殺された先輩の霊の祟りで、火山噴火したんだろ?」

「こわぁ……殺人犯放置?」

「大会の出場椅子巡って殺し合ったとか……、流石に嘘か」

「今年の大会、スポンサーがかなり力入れたって話しや。ウチの親戚の友達のおばちゃんがな、招待客に呼ばれてん!」

「ウッソ、超ビップじゃん!?」

「大会生で見れんのって、賦力技術保護がどうとかでかなり少ないんでしょ?いいな~」

「一年で選ばれたのって三人?四?あの中国人は知ってるけど……」


 まだ開けてないピザの箱を幾つか持ち、そそくさと打ち上げ会場から退出する。

 話しが段々賦力大会に傾いてきた、その流れであの人数の視線が向けられる事に耐えられる気がしないのだ。腰抜けと罵られようと、人には向き不向きがある。それこそ今回叶雨は代理で、本来あそこには力富が居たはずだった。力富ならどれだけ多くの期待を受け止めても、笑って応えていただろう。

 ピザはそんなコミュ力激高への差し入れだ。汗水垂らしているところに持って行く飲食物としては微妙なチョイスだが、高校生だし大丈夫だろう、きっと。


 建物は構造は女子寮と変わらない、玄関へ続く廊下を跳びながら進む。

 今、何か変な動作入れなかったか。


「ん?」


 ピザ箱のバランスを保つのに集中していて、足元の障害物を見送っていた。跳んで避けた何かを観察する、結構大きい。体積は叶雨よりあるだろう障害物が、視線に反応してか身じろいだ。

 障害物は人だった。


「えー……」


 障害物は男子生徒で、力富が世話を焼いていた。クラスメイトだが一日の殆どを寝て過ごしいて、彼の声どころか真面に顔を見た覚えもない。

 それでも丸まっているクラスメイトを判別できたのは、頭に特徴的なヘッドホンをしているからだ。光の反射で茶髪に映る頭が、少しだけ持ち上がる。辛うじて開いた瞳が叶雨に気付き、一呼吸おいて落下した。


「ちょっと!?」

「……ぅ…………すぅ」

「寝んのかい!?」


 慌てた己が恥ずかしい、しかし紛らわしいこの男がほぼ悪い。打ち上げに行く途中で寝たのか、そもそも廊下だろうと寝る奴なのか。教室での様子しか知らない叶雨は、去るか戻るか答えに迷う。


「あああ、くそ!」


 ピザで手は塞がっている、だからもう一つの『手』でクラスメイトを浮かせた。ピザを浮かせて手で抱えるより揺れが少ないし、抱えている所に起きられるのは此方も困るのだ。

 しかし不動を心掛けているとはいえ、起きる気配が無い。流石一学期の大半を寝て過ごしていた男。

 寮の入り口付近に置かれていたソファに寝かせる、やはり起きない。


「……もう知らね」


 入口付近とはいえ寮の中、無防備に寝ていても一先ず大丈夫だろう。これ以上の世話は焼く義理も無い、実は名前も思い出せなかった。

 寮を出れば、寝顔しか思い出せないクラスメイトの記憶が飛んで消える。さめざめと降る雨を前に、叶雨は力の放出を躊躇わなかった。廊下で寝ている男を運ぶのに使ったのだ、自分が濡れない為に使用する事を躊躇う理由は無いだろう。


 不思議な気分だ、雨だからだろうか。

 あれ程恐れていた力の行使が、自然に選択肢となって叶雨を導く。感情の爆発に恐怖して、早五年。引き籠っていた叶雨を兄が連れ出し師が鍛え、災害から未知の力に変えた。

 そしてこの賦力高等学校に入学した。ストレス発散に付き合ってくれる友達や部活仲間、変な教師や睨んでくる女子も居るが、実に青春である。未知の力をきっかけに交友は広がって、今となっては力が怖いなんて少しも思わなくなっていた。

 何も無い空間が雨粒を弾いても、傘を差さなくて済むし便利だと思うだけ。誰かに見られたらなどとは考えない、此処はそんな些事に恐れ戦く者の居ない場所だ。


 もし、気にする者がいるとすれば―――


「―――それは……どうやっているんだ?」

「あ、近嵐先生」

「超能力そのものに力場を発生させる作用が備わっているのは知っていたが、使い方が法則に囚われなさ過ぎないか?感情の波に左右される点は銀賦でも問題視されている、だが紅雫の力は精神の部分が大きく関わっている。つまり能力発動時の精神状態と発動規模の限界は密接に関係している、それにして何の物質も経由せず能力単体で体から雨を完全に遠ざけるのは、見た目より繊細で膨大な力を必要としないか?超能力を屋根のような形状にしているのか、その出力はどれだけの規模と範囲を可能にする?物質に干渉する際の範囲とどれだけ差があるんだ?もし同程度の出力距離を有しているなら―――」

「あああはいはいはいはい、近いですって離れて近い!離れろセクハラで訴えるぞ教師!?」


 唐突に表れ至近距離から観察を始める教師、これも青春の一部だ。

 何故なら紅雫叶雨という人間をここまで真っ直ぐ見てくれた先生なんて、今まで一人も居なかったのだから。




閲覧有難う御座いました。

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