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寮生活でなければ実行しようとも思わない程早朝に、生徒会室を訪問した。本来なら後三人随行者が居なければいけない用事だが、複雑な理由により叶雨一人である。
昨日の問題の顛末を聞いて、朝早くから訪れて申し訳ないと感じた心は跡形もなく消えた。
「……つまり、第一高校の生徒会長は何のお咎めも無く?普通に島を出て?普通に生徒会長して?普通に大会にも出るんですか?そうなんですか?」
「ううぅ」
唇を波立たせ、面白い呻き声を上げる美人生徒会長ヴィリアーレ・キャメロン。
後輩の抗議に何の反論も無い所を見ると、品行方正な生徒会長も内容の正当性を認めているのだろう。生徒会長の部分を際立たせはしたが、一市民の立場で考えても未成年が公的施設内で未成年を暴行したのだ。法的罰則は当然、しかも使用したのが銀賦なのは火を見るより明らか。銀賦の取り扱いは国家資格が関わっている、絶対に無視されてはいけない問題である。
だがアッラーと名乗った男は、暴行を認めた上で無罪放免。納得できなかった。
「説明して下さい」
「うぅ……賦力高等学校は教材に銀賦の使用を許可されています。それは国が将来国家の利益になる人材を引き抜き、時には命を賭ける事も厭わせない……下地を刷り込む為です」
「は?えっと、もう少し噛み砕いて説明してもらえません?」
「そのですね……、人権は幾つかありますが、銀賦を所持或いは使用権を得た者はその権利が変更されます」
「人権の変更?」
「賦力士としてその名を連ねた者は皆、平等権の範疇から逸脱した者として扱われるんです。つまり、現人間社会不適合者の製造。一部法律適応外の存在を生み、賦力士という生命を作っているんです」
聞き直しても分からなかった、まるで国が人外を作る為に賦力高校を建てたような言い回しだ。その認識を、会長は否定しなかった。
「その通りです。一般人と賦力士に明確な法の境界線を設け、別の人類として国家繁栄に利用しているんです」
「……もしかして、校内で起こる賦力関係の事件。国の法律ではなく賦力士の法律が在って、それで裁いているんですか?その法律ではあの男は無罪なんですか!?」
「賦力士としての強さは、保証されない範囲に比例した規律の脱却を意味します」
「あの、わざわざ難しい言葉に言い直さなくていいんで」
「ご、ごめんなさい。えっと、賦力士が銀賦で出来る事は実行を禁止されないんです。勿論最低限の規則は有りますが……」
極端な話、賦力士同士の間でなら殺し合いすら黙認される事も在る。その代わり殺されそうになっても、相手を暴行罪で罰する事は出来ない。
国を代表するような賦力士は、他国への武力介入すら暗黙の内に許されている。
二次元のような話だ、信じ難いがキャメロン会長の表情は真剣だった。
「そこまで……するのか……賦力士だけのために?」
「特に高校生は多感な時期です、過剰な縛りは悪い結果に繋がると考えられます。一人の人間が行使できる力の規模が違う、『彼ら』と『私達』の住み分けは必然。アッラー生徒会長の力は既に国が認めるレベルに達しています。彼の力を得る為なら、未成年の賦力士未満が何人潰れても構わない。そう考えているんです」
同じ空間に居るだけで自分以外を圧倒し、跪かせる銀賦。確かに欲しいと思うだろう、使う人間の性根を考慮しなければ。
賦力士の法律が絡んでいると、いくら会長を責めようが結果は覆らない。
やり切れない想いを吐き出し、怒りの火に吹き掛けた。消えるどころか煽られて激しくなったが、態度には出さない。不満でも納得しようとする体を装い、表情を作る。
世の理不尽を嘆く後輩を心配する会長の一丁上がりだ、この瞬間を待っていた。
「……分かりました。ではそれとは別に、一つお願いがあるんですが」
「なんでしょう?」
「今度の全国大会のメンバーを一人、追加してほしいんです」
「え、ええ!?」
叶雨は無言で、閉め切っていた生徒会室のカーテンを引く。眩しさに目を慣らし数秒、会長はゆっくり窓から見える景色を覗いた。特に可笑しなものは映っていない。今の時期十分日光が眩しい早朝、生徒会室から見える第二グラウンドのトラックには朝練の生徒がランニングをしていた。
「―――ァイトオオオ!!遅いですよ先輩!!?それでも年上ですか先輩!?しっかりして下さいよ先輩!?」
「うっせ、え!テメエが、はやいん、だ……ボケェ、ェェ!」
「ハァッ、フッ、フッ、ゲホッ」
「えええ!?なんて!?聞こえませんよおおお!!!???」
「ボケエエエエエッ、ベボォフォ!!?」
「大きな声出すから……唾を飛ばすなよ馬鹿」
「……あれは?」
「昨日アッラーとかいうふざけた奴にやられて、怒り狂った同級生と。彼に触発されて早朝訓練に参加したは良いものの、息も絶え絶えに後悔し始めている二年生二人です」
「大会メンバーを増やしてほしいとおっしゃいましたが、後ろ二人は既に大会メンバー入りが確定している二年二組空之岳大毅と二年一組エリシオ・ダン・ランスタインでしょう。一緒に走っている子は……確か力富・シルヴァー」
スルッと名前出て来た、これがカリスマ力か。
力富は一周走るごとに筋トレを挟んで、体力強化に励んでいた。ただ走るだけで精一杯の二年生とは、基本ステータスの大きな差をこれでもかと見せつけている。
「はい、クラスメイトで……友達です。彼の実力は私が保証します」
「賦力科目の評価は高かったと記憶していますが、異力が少々心許無かったのでメンバーの候補から除外しました。彼をメンバーに選出する理由として、貴方の言葉だけでは足りません。残念ですが認める訳には……」
「大会メンバーが数名、出場見直し中だそうですね?」
「え、とぉ!?」
丁寧に叶雨の希望を絶とうとしていた会長は、痛い部分を突かれあっさり表情を崩した。良くも悪くも誤魔化しや嘘が苦手なのだろう、今回は存分にそこを刺していく。
「あの厚顔不遜生徒会長様に話し掛けられた生徒の中に、大会に出場予定だった生徒が混じっていて、とても相対出来る状態ではなくなったとか?メンバー表の修正に、出場選手確定日を延長させてもらっていると聞きました。先程の話しを踏まえると、大会運営側は原因も全て承知済みなのでしょう?」
「何処でそれを!?いえ、そ、それはそうですが……」
「ならメンバーの変更ないし、追加も可能なはずです。むしろ出来ないなんて言われたら唯我独尊生徒会長の所業を、文章にして抗議します」
抗議する先は幾らでも在った。各校の上層や教育委員会、賦力という得体の知れない存在を疎ましく思う団体。どんな存在にも反対勢力は生まれ、その対立を面白おかしく膨れさせるのがメディアの得意技なのだ。
ネットに書き込んでも良いネタとなるだろう、脅迫というなかれ。叶雨も必死なのだ。
先輩達を置き去りにしてトラックをひた走る力富の表情が、考えなくても目に浮かぶ。その憤りを知っているからこそ、叶雨は止められない。部員をより多く大会に出場させたいと言う、近嵐教授の我儘を利用して手に入れた情報を使い、背中を押す事も躊躇わなかった。
「そういう問題では―――」
「では、彼を説得できますか?親切心で大会メンバーを鍛えていたらいきなり他校の生徒会長に襲撃され、あわや命すら奪われ掛け屈辱の限りを知り、その非道に一つの天罰も降らないけど我慢しろと。被害者の心情に、一切の考慮はされないのですか?」
「……規則を曲げる訳にはいきません」
「なら彼が怒りに任せあの生徒会長を襲撃しに行こうと、貴方は咎められない筈だ」
「なっ!?」
「襲撃は成功しようと失敗しようと、罪には問われない。先の話しではそういう事になりますよね?成功すれば力富の方が賦力士としては優秀で、賦力士の法律上では無罪となります。失敗しても相手は加害者として同じ襲撃を許された賦力士、襲われても問題無いから許されたのでしょう。なら私が止める理由はありません。でも現生徒会長としては、生徒を御せなかったと評価されます。会長にとっては避けたい事態では?」
顔を伏せ、深く思考するキャメロン会長。生徒の責任を全て会長の所為とするのはかなり乱暴だ、それに彼女の悩みは違う部分に在った。
本当に襲撃を企て実行すれば、力富の生命すら危ぶまれるからだ。
同学年で共に一年生から大会に選ばれているキャメロンとアッラーは、他校同士にしては長く密接な付き合いをしている。初対面で嫁になれ宣言をされれば、嫌でも記憶に残るだろう。圧倒的美貌と謎の銀賦に人生を呑まれ、転校してアッラーの嫁に行った生徒を知っている。
大胆不敵、傲慢不遜。その全てがまかり通っているのは、純粋に彼の実力だった。あの自称神様に物申せる人間は、本当に少ない。アッラーが行使する賦力を上回るか、彼の寵愛の対象だけだ。
キャメロンが彼と表面上対等に話が出来ているのはどちらの理由にも該当するが、後者の比率が大きかった。アッラーは気に入った女性と婚姻を結ぶことで、分かりやすく所持欲を満たしている。何人と婚姻を結んでいるか、キャメロンも知らない。
それだけ他者の精神を揺さぶる力に加え、謎の攻撃。制圧力は間違いなく、全賦力高校中トップクラスだろう。力富の力を詳しくは知らないが、どれだけ過剰な期待を込めても、あの〝神〟が負ける姿を想像出来なかった。
唯一勝機を見出せる存在が在るとすれば、目の前の後輩ではないだろうか。
去り際眉間に皺を作ってまで、忠告を零し不安を殺していたアッラー。あんな〝神〟の姿は、それこそ初めてだった。
しかし叶雨は自身の出場種目を譲る姿勢、なら大会はどうするのか。
「……紅雫さんは、大会を辞退したいのですか?」
「一度引き受けた話です、不要と言われれば辞退も止む無しと考えています。ですが出場見送りになった人も居ますし、采配はキャメロン会長にお任せします」
「……分かりました。新規メンバー補充の件と合わせて、今日の会議で判断します」
「お願いします」
職員室と同じ、一礼して扉を閉めた。賦力士としての実力が法律を変えるなら、職員室と生徒会室に権力の差は無い。理論上教師より強い生徒が居れば、生徒会室が学校で最も偉い場所になる。そこまで考えていないが、賦力士としての強さに拘りが無い叶雨にはどちらも肩筋が凝る場所だった。
特に引き籠り期間が長かった叶雨にとって、学校内の教室は何処も緊張が隠せない。人気の無い廊下に出て、やっと固い背筋が丸まった。
遠ざかったがまだ早朝、生徒の少ない校舎にグラウンドの声はよく届いた。
思い出すのは昨日の力富、地の底を這う復讐の鬼。負けず嫌い、だけでは理由にならない。異常なまでの憤怒。勝手な思い込みかもしれないが、叶雨が引き籠りになった原因に近い心境なのではないだろうか。
怒りと戸惑いと、少しの失望が力富を突き動かしているのではないだろうか。
現実に裏切られたような衝撃をスパイスに、心の傷が痛むままに叫ぶ。そんな衝動を、叶雨は知っている。
子供の癇癪と断じればそれまで、でも馬鹿に出来なかった。
高校で初めてできた友達を、応援して何が悪い。
慣れない交渉も直談判も、その為である。友達の為に頑張ろうと思えた自分を、讃えすらした。
「今日と明日期末テストだけど、大丈夫かな」
彼を止める理由は有るが、勿論実行しない。
だって友達の復讐が果たされてほしいと、心から思っているのだ。
閲覧有難う御座いました。




