口喧嘩
嵐が去った、別に近嵐教授にかけてる訳じゃない。本当に去った後の倉庫内の静寂が、嵐の後の静けさと錯覚したからだ。
それぞれ飲みかけの飲み物をベンチに置いた、そして
「―――んじゃ、やりますか」
胃がひっくり返った。腹に力を入れるか口を押さえてなければ、飲んだばかりのスポーツドリンクを吐いていただろう。火照っていた皮膚が泡立ち、関節に鈍い違和感が走る。
だが膝を無理矢理曲げ、なんとか最低限の態勢を整えた。これが限界だった。
「流石にあんだけボコられてれば、殺気にビビっても反射で構える位は出来ますよね」
鍵を掛けた扉から二人に近付く、差し入れを持って来てくれた無邪気な後輩。
そんな認識が、一瞬で裏返った。
校舎の廊下を歩いている時と変わらない歩調で、力富は二人を威圧している。距離が縮まる程増す圧に、下を向いた銃口が震えていた。
「……ああ見えて、紅はお二人の仲の悪さ気にしてるんですよ。だから憎まれ役買ってでも敵になって、仲直りとまでは行かなくとも協力プレイ出来る程度は期待してる。勿論気付いてたんでしょ?だって、結構分かりやすいっすもんね。お二人が相手に向けてるヘイト、全部自分へ向けようとする売り言葉。自分の為とか言ってるけど、めっちゃ手加減してますもん」
「は……何を」
「デタラメほざいてんじゃねえ!!人をボカスカあんだけやっといて、手加減だあぁ!?」
「俺の時はアイツ、結構殺す気で来るんすよ」
殺す。それは言葉にしても、本当に実行出来る人はそういない。
馬鹿な話だと一蹴出来ないのは、此方の戦意を冷たく押し潰す殺気が二人に届いているからだ。目の前の優しい後輩は、笑って話し掛ける先輩を本当に殺そうと思える人物。
ポケットから何かを出す、優しかった後輩。それは宙を漂い鈍く光る、正しく銀の兵器。
「俺の実力とか鑑みてですけど、紅はそうじゃないと俺と戦えないって分かってるからだと思うんです。俺仲良くしたい相手と殴り合うなら、殺気とか向けられないと本気出せなくて……。殺気感じたら相手が誰でも反撃しますよ?でもお二人には手加減して、適切な力配分でやってるんす。どんな訓練したらあんな相手に合わせて変えられるんだか、ホント意味分かりませんよね?」
銀光に透けて映る力富の表情は、ちぐはぐで説明が難しい。口は弧を描いているが薄っすらで、瞳は細く鋭いが笑っている様にも感じた。形容しがたい力富の顔の歪みに、二人の背筋は怯え凍り付く。
喜怒哀楽で表現するなら楽しんでいるのだろう。だが怒りも悲しみも、喜びすら銀の矛が駆動し応えている。
「あの実力もさることながら、本性も面白くありません?相手が望むなら殴り合いもヘイト集めも普通にやって、友達と実力合わせる為に殺気まで向けるんですから。イカれてるし頭可笑しいし、ホント……可愛いんですよねぇ」
言葉で無防備な精神に衝撃を与えられている、我慢できなくなった空之岳が籠手を赤く光らせた。
銀の髪に赤い光が反射する。見惚れる暇の無いランスタインは、銀の刃に逃げ惑うだけ。片手間で空之岳の猛攻を避ける姿は、叶雨と根本的に違っていた。力富の戦い方は圧倒的力量差を使った、遊戯に等しい。
「引き籠ってたのが思春期だったからかな……、遠慮するトコと加減しないトコがちぐはぐで。一般の範疇からズレてる感じ、まぁこの学校の人は大体そういう奴ばっかなんですけど」
顔面を狙った右フックの下、死角を狙っての速い左。体格が立派な空之岳なら、軽い殴打でも力富に十分なダメージを通せるだろう。水銀で覆われた拳に迎撃され、逆に態勢を崩されるとは思わない。
「う、うぉ!?」
「だから二人の事も放っておきたいけど、理由付けて面倒見ちゃうのはアイツの性ですかね。そこんとこ可愛いし気にしちゃう俺としては……とっととアンタらに区切りをつけたいんだよ」
「きゃっ!?」
ほんの僅か、本人からすれば一歩で立て直せる程度のよろめき。その揺らぎを意図して作り見逃さなかった力富は、自由自在の銀で二人の手足を拘束した。地面に倒され、体を磔にされた空之岳とランスタイン。
決着。
叶雨がどれだけ張り倒しても最終的には行わなかった、明確な勝敗の形。
「クソがああああああ!!!放せ!!!」
「自分でやってみれば?出来ないなら、それまででしょ」
「っ……」
ランスタインの全身から抵抗が溶けた、空之岳でもビクともしない拘束に抗う気力は無かった。それでも叫びながら暴れようとする足掻きに、呆れたような吐息が零れる。
片方の拘束した先輩の足掻きが落ち着くまで、力富は声を発しなかった。
「何がしたいんだ、お前は!!?」
「人の話し聞いてないのか、区切りをつけたいんです」
「誰に何言われようがこの女と手組む気はねえ!!」
「聞いてたんだ……。仕方ないから、相談役になりますよ。さあ、好きに話して下さい!」
「はああああああ!!?」
休憩用のベンチに腰掛け、傍観の構え。力富は拘束はそのままに、口以外の一切を脇に置いた。
喚いていた空之岳の声が徐々に力を失っていく、流石にここまでお膳立てされて察せない馬鹿じゃない。ようするに対話で一定の理解をお互い得られるまで、手足一本動かせない状態を維持。力富という圧倒的後輩の力で作られた対談に、敗者の先輩は従うしかないのだ。
「ちくしょう……!」
「……」
ここ数日、ドンパチしかしていなかった倉庫で久方振りの静寂。十分な広さを有した倉庫で誰も微動だにしなければ、無音を鼓膜が拾う程静かである。
最初の音を出すのが戸惑われる、その緊張を破ったのは抵抗を早々に止めた少女だ。
「……入学して直ぐ、アンタ……なんで同級生を殴ったの」
「ああ?いつの話ししてんだお前」
「いいから早く言え馬鹿」
「ああん!?誰が馬鹿だこの頭でっか―――!?」
また罵倒合戦かと思わせる空気が、銀の鎗が地面に刺さった衝撃で消える。鼻先数センチの所で地面に穴を開けた水銀を、空之岳は喉を鳴らして凝視した。
「あ……ぶねえだろうが!!」
「対話をする気が無いと判断したら降ります、繰り返せばその分近付いて行くから気を付けて」
「鬼かテメエ!?」
「それくらいしないと会話出来ないだろ、先輩」
「馬鹿にしてんのか!!?」
「だからこんな状況になってるんですけど?」
言葉が詰まる、昇っていた血が下がったようだ。唇を噛み次の行動に迷う空之岳、ランスタインは頭を動かして大嫌いな同級生を向く。
「で、なんで殴ったの?」
「……テメエには関係ねえ」
「関係あるから話してるんだよ、説明しても理解できないだろうから省略する」
「テメエのそういう分かってる風な態度が腹立つんだ―――!?」
二本目の鎗は双方に別れて刺さっていて、一本目より顔面に近い。思わず喉を鳴らした空之岳は吐きかけた言葉を飲み、上がっていた肩を下げた。仰向けを維持し、ランスタインを決して見ようとはしない。
「……バカにしたからだ」
「何を」
「クラスの奴のノート横からかっさらって、字が下手だの文才が無いだの大声で喋り出したからだよ。どっちもバカだった、でもノート取った奴の方が腹立ったから殴った」
「アンタは……何ですぐ暴力行為になるわけ?まず言葉を交わしなさいよ、何のために口が付いてんの?」
「ああいう奴は口で何言っても聞かねえ、殴って分からせねえと同じこと繰り返す。絶対だ」
「例え非が有る相手でも、最初に手を出した方が悪い。当たり前の事でしょ?」
「知るか。悪いかどうかじゃねえ、オレがムカついたから殴ったんだよ」
「その理由、カッコいいと思ってんの?」
「ああ!?」
「自分の感情を優先したなら、やっぱりアンタが悪いじゃない。校則も守れないくせに、なんでこの学校に来たわけ?此処は銀賦って呼ばれる武器を作る為の学校かもしれないけど、国が定めた規律に従って成り立ってる公立機関。その決まりに逆らって、何度も自分の感情を優先するなんて……社会不適合者も甚だしい」
「はっ!感情が無い奴なんて人間じゃねえよ!やりたい事全部我慢してどうなる、オレって個性を受け入れる為に賦力学校なんてモンが在るんだよ。感情を表に出して銀賦作んのに、感情を出すな?テメエこそこの学校に相応しくねえんじゃねえの!?」
規律と個性、両立の困難な課題だ。一般的な意見を言うなら、八対二で上手くやれと叱るだろう。人間社会は規律を守る者に力を与え、個性を主張する者には嫌悪を示す。
だがこの学校に限って言えば比率は半半、もしくは四対六でも許される。ランスタインの言い分が正しいと世間では判断されても、銀賦に携わる者は空之岳の言葉を無下にしない。賦力という不可思議の象徴は忍耐力を破壊し、欲望に現実を与えるのだ。
二人の対立は必然だった。
感情のまま他人を殴る者を、社会は信用しない。
心無き者を、他人は認めようとしない。
終着点の見つからない対立に、力富は頭を捻らせた。
仲を取り持つ方法、ではない。何故二人は銀賦が使えるのだろう、と。
力富の感覚だが、銀賦を使える人間は二種類。冷静に己の社会を構築できる人間か、周囲の常識が可笑しいと信じて疑わない人間だ。
前者は理論派、後者は感覚派と置き換えてもいい。
力富や近嵐教授、ブランコ先輩等は理論派だろう。八色に神代・星河は感覚派、あくまで力富の自己解釈である。
その考えを用いるならランスタインは前者、空之岳は後者になる。
本当にそうだろうか。
ランスタインは校則や規律を重んじる、これも立派な個性だ。ならば銀賦を顕現する時、ランスタインは理論に基づいた方法を取っているのだろうか。しかし空之岳との口喧嘩はとても感情を蔑ろにしているとは言えない、理論で銀賦を組み立てる者は感情的になるとその組み立てが崩れる場合が多い。銀賦はそれ程に繊細だ、一つの感情か一つの思考回路にしか顕現を許さない。
どう見ても感情に全てを任せる空之岳は、理論を全く理解していない。ならば校則を守らないかと言われれば、そうでもない。別に未成年で飲酒する訳でも、誰にでも暴力を振るう訳でもない。本当に感情を優先したい時を、自分の中でラインを引き守っている。規律を本当に理解していないなら、ランスタインと『口論』で済んでいる事はおかしくないか。
何故二人はいつも口喧嘩をするのだろう、もしかしたらソコに銀賦の理由が隠されているのかもしれない。
暫く邪魔をせず物思いに更けていたが、口喧嘩は続いている。紅も言っていた、二人は一時間以上も『口』喧嘩していたのだ。
恐らく何もしなければ、本当に何時までも終わらないだろう。
力富は三度目の槍を構えた。
瞬間、力富の周囲から全ての銀が消えた。
「え?」
「?」
口喧嘩していた二人も不思議に感じただろう、床に自分達を拘束していた水銀も消えたのだ。警戒心を最大に引き上げた力富は、その比ではなかった。完全に水銀の操作が絶たれたのだ、何の違和感も持たないまま。
三百六十度を見回しながらも、やはりEIDが反応しない。全神経を異変に傾けた。
「不敬である」
圧。
立ち上がろうとしていた二人は床に押し戻され、力富は膝を着かされる。まるで重力が何倍にも跳ね上がったような強さに、天を仰ぐだけで精一杯だった。
力富達を見下ろしていたのは、何てことはない。
「拝謁を許した覚えはないぞ……愚図が」
誰もが、その存在を知っていた。
「―――神の御前であるぞ」
天に立つ者、〝 神 〟 である。
閲覧有難う御座いました。




