一対一対一
戦いには波があり、その主導権を握った方が勝敗を操る。
偉そうに言えるほど実践を経験していないが、人と人の戦いにおいて叶雨はかなりの場数を踏んでいた。
「ゴホッゴホッ!ヒィ……がはっ!」
「ハッ、ハッ、ハァァァ……」
「今日はここまで、終了」
壁にしていた石柱が部分的に砕けたり穴が開いている、空之岳の拳で砕けランスタインの銃弾がめり込んだ穴である。そのどれ一つをとっても、叶雨に届いたものは無かった。
あらかじめ持って来ていたタオルで汗を拭う。新しいタオルを二枚、座り込んだ先輩二人に投げた。
勝敗については言葉にするまでもないし、力の差を理解できない筈もないだろう。
こちとら中学をほぼブッチして鍛えられていたのだ、勝てないなんて事になったら師に殺される。訓練においては甘さを焼き捨てたような人で、スイッチのオンオフが激しいのだ。指導力しか尊敬出来ないし。
何が駄目か説明する気は無い、別に戦い方なんて人それぞれだろう。指導できない言い訳ではないが、それ以前の問題なのだ。
「……取り敢えず、私が勝ったから言う事聞いて」
「ハヒュ、ハアアア……」
「フウウウゥ……」
言葉は無かった、身に染みているのだろう。反論など何の価値も無い、現実が格の違いを十分に証明した。
膝を笑わせて立つ二人は、相変わらず叶雨しか見えていない。しかし並べてみると、瞳が全く同じ色を放っていた。激情の剃刀で削られた眼光は、負けを認めない頑固な意思に満ちている。
これが上手く噛み合えば、かなりの力になるだろう。
「んじゃあ、明日も此処に同じ時間で。解散」
「は、はああ!?」
「……どういうつもり」
「は?お二人は私が仲良くチームプレイしようぜ、て言ったら聞いてくれるの?仲良く練習しようって言ったら、一切口喧嘩せず練習できるの?出来ないでしょ?」
絶対できない、これは三人の数少ない共通認識。目を合わせなくても誰と誰が問題か、二人の表情が物語っている。
「だから、殴り合いで技術向上に努めるんです。気に入らない相手なら、精々的くらいにしか使いたくないでしょ。何か文句ある?」
「俺は良いぜ、チーム練なんてさせられるよりよっぽど楽だしよお!」
「……野蛮」
「あああ!!?」
「私も構わないわ。こんなデカブツの相手をさせられるより、ずっと有意義な時間の使い方だと思う」
「テメエさっきから黙って聞いてれば―――」
「そうだ、時間は有限なんだよ」
壁にしていた石柱を浮かせ、元の場所へ戻す。何度見ても規模の大きい『銀賦』だと、二人の口は自然に閉じる。
「私が何でこんな脳筋な方法の練習を提案したか分かる?時間の無駄だったからだよ」
無駄な時間、身に覚えがあった。建物を吹っ飛ばして引き籠りになり、誰とも接しなくなった時期。本当に無駄な時間だった、二人の喧嘩はその時間と同価値だった。
別に喧嘩しようが殴り合おうが殺し合おうが、勝手にやっていればいい。
ただ叶雨を巻き込まないでほしい。
叶雨にとって己の時間は、他の何の時間とも比べ物にならない価値が有る。
「二人と最初に顔合わせた時の時間。今までの人生で一番と言ってもいいくらい、無駄な時間だった。そんな時間をまた過ごさなければいけない可能性を潰す為に、こんな方法を取ったんだよ。別にアンタらがどれだけ喧嘩しようが知ったこっちゃない、でも、二人に使わされたあの時間。私にとっては金より重い」
倉庫で邂逅した時から敬語を取り払い、上から目線で話していた。二人の遠慮を無くし、力の程を確かめる為だ。負けず嫌いという話なので、挑発すれば本気で戦えると思った。
だが言葉に嘘は無い。大袈裟に話している部分はあっても、叶雨の本心である。
「続ける価値無しと判断するか、二人が土下座してチーム練習させてほしいって言うまで終わらせるつもりはない。分かったら精々私に一発入れられるように、頭の一つも捻ってみろ」
超能力で身体機能を向上させているとはいえ、戦況は終始一対一対一だ。何かを変えなければ、勝敗が変化する事も無いだろう。
倉庫を去り、職員室へ向かう。実は明日以降の倉庫使用許可を取っていなかった。
「オラララララララララアアアアアアアアア!!!」
攻めこそ絶対、殴ってこそ勝機が降る。
空之岳大毅の戦いは、ひたすら攻める事。
「直線が過ぎる」
「ガアァ!?」
交互に繰り出される拳の軌道を読み、膝で迎撃。手を抑え、無事な方の拳でまた殴りかかって来た。攻め気の強さには脱帽だが、行動が一辺倒だ。
力任せの戦法が通じるのは、力の差が微々たる場合のみだろう。
精神論とか根性論とかは、同レベルの相手との戦いでこそ意味を成す。空之岳は叶雨との力の差を認めたくないのだろうか、それとも他の戦い方を知らないのだろうか。考え無しも時と場合だ。今回は間違いなく考え無しでは駄目だ、何故分からないのだろう。
「まだだああああああ!!!」
驚くべきは攻め気と、そのタフさだ。体力は叶雨の方が有る、先日証明された。それは体の使い方とか戦い方等も要因だが、タフさは体力とは別物である。痛覚に怯まない精神力と、負傷で動きに支障が出ない肉体の力。これらは天性の資質に近い。普通なら傷を負えば動きが鈍るし、痛いと思えば後退る。
「足を使いだしたのは良いけど、体幹がなってない」
「がああっ!クソがああああああ!!!」
ひっくり返されても即座に立ち上がり、勝利に爆走する姿。観客がいれば空之岳を応援したくなるだろう。恐ろしい形相とは裏腹に、滾らせる負けん気が戦いに熱を足した。
立ち上がる動作にアッパーを加える。勢いが強過ぎて伸び切った体側に反撃を喰らって、受け身も取れず転がった。
追撃はしない。踏み込んだ先半秒後の場所を、銃弾が通過した。
「ちっ!」
「狙いが分かりやすい」
隙を探し、無ければ作る。
エリシオ・ダン・ランスタインの戦いは静かで、しかし勝利を見逃さない観測者。
中距離武器の特性を最大に生かした立ち回りを意識して、射程距離を絶対に確保している。近接距離での戦闘は不利だと、初日に悟ったのだろう。近接の距離から変えようとしない男を必ず挟み、叶雨に銃口を向け続けていた。
叶雨と空之岳の戦いを俯瞰し、銃弾が通る隙間は逃さず撃つ。位置にも気を配る戦い方は、まさに銃の正しい利用方法と言える。そうだ、利用しているだけ。
素直な銃の使い方に、叶雨は反省点を加えた。
「撃った後の動き出しが遅い」
「かはっ!?」
今の一発がどれだけ外せない一発で、慎重に撃とうと態勢に力を入れていたとしても、外れる可能性は在る。慎重さが仇となり、位置を変えようとする動きがあまりに遅かった。追い付いた叶雨の拳は、容赦なくランスタインを吹っ飛ばす。
今度も追撃はしなかった。これが二人の為の戦いで、叶雨の為の時間である事を前提にしているからだ。
力は身に付けなければ使えない、磨かなければ強くなれない。
二人は力を付けなければいけない、なら叶雨は自分の力を磨くべきだ。常に一対一対一でよく知らない相手、しかも回避や防御が間に合わなければ重傷も在り得る威力の持ち主。
この学校に入学したことで中断された体術訓練、師との電話であの日々を思い出した。
自分はまだ何も成し遂げていない、つまり力が足りない。ならば鍛えなければならない。
二人の仲の悪さなんて、もう気にしていなかった。相手の戦い方を観察する材料の一つとして、協力関係は薄いと考えて動いているだけ。二人の仲を取り持つつもりもないし、後どれだけ叩きのめせば二人の負けん気が折れるかも分からない。ただそれまでは、二人の負けず嫌いを利用する。
叶雨の力を磨く為の、サンドバックになってくれ。
「早く起きてよ、いつまで這い蹲ってるの」
「るっせぇ……んだよ……!」
「……まだ、やれる!」
「そうじゃないと困る」
もう直ぐ期末試験、その後は夏休みだ。
大会まで後、二十八日。
大会まで後、二十五日。
大会まで後、二十二日。
大会まで後、二十日。
空之岳とランスタインの闘志は、燃え続けていた。
「凄いな」
「ゴホオオッ!!ゴハッ!……ハアハア、あああっ!?」
「こほっげほっ!ハッ、ハッ、ハッ……!」
期末試験が明日に控え、誰もが放課後は机に向かっているだろう。他の大会メンバーでさえ、練習を控えている。そんな中叶雨達は今日も倉庫に籠り、殴った蹴ったの血生臭い喧嘩ばかり。当事者でなければ、呆れて物も言えなかった。
仰向けで咳き込みながら叶雨の言葉を聞き返す空之岳、うつ伏せから上体を起こそうと呼吸に集中するランスタイン。
この約一週間、毎日一対一対一をした。勝敗の白と黒は一度も入れ替わっていない。
戦いに全く変化が無い事は無い、皆が経験を少しづつ積んでいる。
空之岳は相変わらずの攻め気だが、フェイントの存在をやっと知った。生まれて初めて聞いたのかと思う位今までしなかったが、叶雨の細かい動きに何でも反応してしまう癖が見直されている。叶雨に動かされない立ち回りをしていた、攻撃の単調はあまり変わっていないが。
ランスタインも、動きながら叶雨を牽制する射撃を覚えた。空之岳の攻勢を補助する攻撃を加え、戦況を有利にしようとしている。流石に優等生という評価は伊達ではない、空之岳と協力はしなくとも目的達成の為の利用は躊躇しないようだ。
しかし勝敗に影響は微塵も無い、現状がその証拠である。
二人が成長するだけの時間を掛けたという事は、叶雨にも成長出来る時間が与えられた事に等しい。
「紅!お、今日もやってるんすね先輩達!」
「力富」
約一週間の殴り合い、見学者も偶に居た。
近嵐教授は二日目の一・二時間くらい見物しながら手元の紙に何かを書き殴り、その後は一度も顔を出していない。見るものはもう無いという判断か、何処までも欲望に忠実な人だ。
ブランコ先輩が来た日はずっと見学、というより観戦している。お菓子を食べたりジュースを飲みながら、呑気な様子に空之岳が絡んだ事もあった。脳筋の空之岳が、ブランコ先輩の口八丁におちょくられて終わっただけである。
雅と星河は真面目に大会の練習に参加していて、最近は昼間の授業や食堂でしか見ていない。雅は真面目な性格なので練習をサボる訳もなく、星河がそれに倣うのも必然だろう。
力富はちょこちょこ顔を出していて、タオルや飲み物を差し入れてくれた。偶に八色も来たが、あの子は純粋な花の女子高生。放課後に血反吐が舞う殴り合いを、好き好んで見ようとはしない。力富に引っ付きながらも、高校ライフを楽しんでいるのだ。
今日も差し入れを持ってきた力富に、笑顔で手を振る空之岳。あまり話さないランスタインも、力富の登場に表情が緩んでいた。
挑発の為とはいえ、半分八つ当たりで後輩に殴られているのだ。雑でも敬語で普通に接してくれる力富の登場に、安堵するのは当然だった。複雑な気もするが、この殴り合いは仲良くなる為にしているんじゃない。
小休止のつもりで、差し入れの飲み物を受け取り礼を言う。冷たいスポーツドリンクに、熱い喉が大きく鳴った。
「……なあ、俺にもやらせてくれね?」
「え、この特訓?」
「おう!いいっすか先輩!?」
楽しそうに座り込む二人を振り返る力富、突然の振りに返事は出なかった。突然で迷っているが、本来二人がかりでも崩れない叶雨を異常だと思っているのだ。頻繁に差し入れを持って来てくれる後輩を、技術向上の為とはいえ傷付けるのは気が引けるのだろう。
よく知らない奴に任せるつもりは無いが、力富なら全く問題ない。
「分かった、でも勉強いいの?」
「お互い様じゃん。それに今更慌ててもあんま意味無くね?」
「頭いい奴のセリフ、言ってみたいわぁ。じゃあ―――」
「此処に居たな紅雫叶雨!!」
倉庫として十分な重量を持った扉が、障子のように勢いよく開いた。轟音に空之岳が吹き出し、ランスタインは咳き込んでいる。
「……近嵐教授?」
恰好は相変わらずシンプルなスラックスに白衣、元が良くなければやぶ医者に見られそうだ。最近見ていなかったが、毛先の跳ね具合から連日寝る間も削って作業に没頭していたのだろう。不健康な姿だが、レンズの奥の瞳は爛々と輝いていた。
地面から振動が伝わる、近嵐教授の足音は倉庫の壁まで反響している。
「来い!!」
ペットボトルを持っていない方の腕を掴まれ、返事も反応も待たず引っ張り始めた。踵を前に出しバランスは保っているが、引く力の強さに抵抗は無意味と化す。
「あの!ちょっ!?説明しろまず!?」
「いってらっしゃーい!」
「普通に送り出すな!ちょっとは止めようとしろバカ!」
予想していたが近嵐教授は聞く耳を持たず、叶雨の背後ではあっけなく扉が閉まった。送り出した力富は知らぬ存ぜぬを決めたらしい、後で抗議メッセを送ろう。
そして事態は急変する。
閲覧有難う御座いました。




