挑発
組手を終え、一息入れる叶雨と力富。数歩距離を取って眉間に皺を作る野々先輩は、どうして不機嫌なのだろう。
今回の運動の理由を話すと、ブランコ先輩は面白そうに話しをする。
「ああ!それはきっと、織田ちゃんと武田くんだねぇ」
「なんすか、その有名処の戦国武将」
「……一人は外国の血が入ってましたよ」
「うん、織田ちゃんはドイツ人なんだって~。でも殆ど日本育ちって聞いたよ?」
正しい名前は女子がエリシオ・ダン・ランスタイン、男子が空之岳大毅というそうだ。何処から戦国武将の名前が出て来たのか。
双方二年生ながら、仲の悪さは学年を超えて轟く程だという。一年生の頃からその険悪さは学校に影響を与え、一躍名をはせた事件が『授業踏み倒し事件』。名前からして危ない。
「銀賦の授業中に喧嘩しだして、白熱した二人が銀賦でやり合ってたら反絶力場を起こしちゃったんだよ~」
「反絶力場って……一人の銀賦使いが構成する絶対の世界じゃ……」
「そ。だから当時かなり噂になってね~、ウチの教授も滅茶苦茶コウフンしてたな~」
反絶力場。まだ記憶に新しい、八色が暴走したあの事件。
本人の類まれな才能と強力なEIDが合わさって初めて可能となった、神となる為の技法。世界を歪ませる力と正す力、相反する二つを調和させる事で顕現する。反絶力場の中では創造主が存在し、それは必ず一人―――の筈だった。
「その授業は勿論、反絶力場に気付いた教師陣の登場でおじゃん。その後の授業も全部自習とかになってさ~、後でシルバーニュースにもなったんだぁ」
シルバーニュースは銀賦が関係する世界中の情報を纏めた、オンラインの情報サイトだ。基本無料で閲覧自由、有料会員になれば自分で書き込みも可能なサイトである。超有名な事件の詳細からローカルなニュースまで、銀賦が関わっていればこのサイトで見られないニュースは無い。と、叶雨は教えられた。
だが多くの支援者が閲覧するサイトだ、下手な記事を上げようものなら執筆者は二度と銀賦界にはいられない。ローカルニュースと言えど、その質はかなりのブランド物。まさに地域密着型の、最先端銀賦発祥の場である。
そこでニュースとして取り上げられたのが、あの罵倒が絶えない二人とは。叶雨は子供の喧嘩を止めない二人を思い出し、疑わしい表情が勝手に作られた。
「あれ、信じていない?ま~反絶力場が出来たのはその時だけみたいで、今では本当かどうかその場にいた教師も疑ってるからねぇ。何回も同じ状況を作れと言われ、相手を殴っては殴られを繰り返した二人の仲は最早修繕フカノー。むしろ才能が有るってだけで二人を同じチームにした、メロンかいちょの考えが理解に苦しむよ~」
傍観が基本スタイルのブランコ先輩にここまで言わせる仲の悪さ、その険悪なチームに入れられた叶雨は深い溜息を吐いた。大会のメンバー最終決定権は生徒会が、生徒会長が持っている。機会があれば理由を尋ねたい、だがあの銀賦の恐ろしさや純粋な性根が近寄りがたいと感じた。
理由を問うのは諦める。理由が分かったとしても、メンバーの変更要請を受け入れられるとは限らない。
そもそも学年も超えて有名な仲の悪さを、生徒会長だけ知らなかったとは考えにくい。知っていてメンバーを決めたなら、ただ仲の悪さを理由にした要請は跳ね除けられるだろう。
「……今のまま何とかするしかない、か」
「空之岳は単細胞だけど、責任感が強いアホ。ランスタインは優等生だけど、頭の固いバカ」
横から口を挟んだ野々先輩は、相変わらず物理距離を於いている。歩幅にして二歩か三歩の距離で、何が変わるのだろうか。叶雨達に先輩を害する意思が有ったなら、視界から外れでもしないと距離を取る意味が無い。
話しの流れと言葉から察するに、件の二人に関する情報提供か。しかし何故教えてくれる気になったのだろう。
「典型的な猪突猛進タイプと、頭でっかちタイプ。空之岳は反射で動くし手も足も出るのが早い、ランスタインは校則とかルールとか大事にしてそれを疎かにする人間を理解できない」
「どっちの性格も学校生活に馴染みにくそう」
「別にそれだけが全てじゃないもん。空之岳は難しい事深く考えないから友達付き合いが広いし、ランスタインは勤勉だから、いざという時に頼りになる」
端的にそれでいて的を射た考察、野々玲の覗き趣味が講じている。彼らは大会のメンバーに選ばれるだけの実力者だ、もしかしたらマーフィー先輩のスカウト対象だったのかもしれない。
野々先輩の磨かれた観察眼も、多分マーフィー先輩がいなければただの野次馬に過ぎなかっただろう。遠くから見える所を全て見て、観察し収集し分析し解析する。知りたいと感じる欲望にのみ忠実で、得た情報を生かす機会も持たなかった部外者。
ドルヴァス・マーフィーの存在が、野々玲を他人の舞台の役者に仕立て上げた。
叶雨は観測者としての、野々先輩に助言を求める。
「どうすればいいと思いますか、仲を取り持つには」
「さあ、興味無いよ。でもあの二人、一つだけ共通点があるの」
「それは?」
「すんごい、負けず嫌い」
「「ぶふっ」」
力富と被った。面白かったのもあるが、先の『運動』で勝負が着けられなかった事を思うと、他人事ではないからだ。
銀賦は我を通す力、心に定めたナニカを自分以外に理解させる力。
技術や科学面の理屈は有るが、使い手の精神の問題が大きい。ならばこの賦力学校に通っている者は、皆が多少の負けず嫌いを持っているのではないか。勧誘が力づくだった先輩も、生徒を煽る教師も居る。だから負けず嫌いと彼らを評価した野々先輩の言葉には、疑う余地も入らなかった。
「負けず嫌い、か……。ならさっきみたくやってみようかな」
方針を定めた叶雨は、情報提供に礼を告げる。感謝された野々先輩は、何故か信じられない者を見る目をしていた。なぜだ。
早速明日、思い付いた方法を試そうと思った。
「そういえば、近嵐教授が呼んでたよ~」
「早く言え」
また倉庫に来た、昨日と違うのは面子である。
「こっち見てんじゃねえよ、カリカリ女」
「勘違いも甚だしいわ、ガサツな男」
昨日近嵐教授からの頼み事を聞き、ついでに二日連続で倉庫の使用許可を頂いた。何に使うかも言ったが、何か用事があるそうで見学は出来ないらしい。本人はとても悔しがっていたが。
「お前の無駄に明るい髪見てるだけでイライラしてくんだよ、染めろ」
「人の身体特徴を馬鹿にして、挙句に染めろ?最低ねアンタ」
バラバラに倉庫へ来たが、揃った瞬間から話しが続いている。別に今更どれだけ喧嘩しようが気にはしない、しないったらしない。
ブランコ先輩命名、織田先輩と武田先輩。とても覚えやすいが、そのまま読んでは失礼となるだろう。だが自己紹介も真面に出来ていないのだ、こっちは相手の名前を知っていて相手は此方の名前を知らないのは、少々癇に障った。
呼び出したのは叶雨だが、二人は一度此方を見ただけで完全に意識外へと叶雨を追い出している。ここまで二人の世界を作っていると、逆に諦めが着くというものだ。
諦めた叶雨は二人に声を掛けず、倉庫の品の二つを足元に投げた。
「あん?EID?」
「これは……ブレスレットタイプのSEID」
本来なら資格所有者でなければ個人運用が禁じられているEIDは、専門の技術で加工された形をしている。銀の腕輪型EIDは生造型賦力士が使用する、最もポピュラーなEIDの一つだ。
倉庫の備品で、近嵐教授の実験道具である。一応国が数を管理し、使用目的を役所に申請しなければいけないEIDを、実験に使うからと大量に保管しているのだ。近嵐教授は知識欲を満たす為なら物の価値も手間も惜しまない、その所業に憧れて付いて行くのかもしれない。ブランコ先輩は。
あまり長く話すつもりは無かった。
叶雨は大会に興味が無いし、勝ち負けもどうでも良い。教授の願いは聞いているが、このメンバーでどうにかしようと考える程思い入れも無い。
でも現状を受け入れられる程、器が広くもなかった。
「勝負しよう。負けた奴は勝った奴に大会まで絶対服従、人権に障らなければどんな命令にも頷く。それで良いだろ」
「……は、いや」
「何の話しを……?」
「お前らの喧嘩に付き合うのはもうたくさんだって言ってるんだよ、面倒だから二人纏めてかかってこい。どうせ二対一でも私には勝てないんだから」
「「っ!?」」
乱暴であからさまな挑発、大根役者と言われても反論できない。しかしあからさまだからこそ、疑いようのないマウントに二人の目尻は釣り上がった。賦力学校に入学して数ヶ月の後輩にここまで言われて黙っていられる程、二人の理性は優秀ではないらしい。
特に猪突猛進と評価されていた空之岳は、鍛えられた体躯を叶雨に寄せる。物理でも気持ちでも上から叶雨を覗き、ガンくれた。
「おい新入生、選ばれたからって先輩舐めてんじゃねえぞ」
「御託はいいから、早く来い」
「泣かす―――!」
頭上からパンチ、単純で読み易い暴力だが一番大柄な男の拳である。脅しとしても初手の選択としても無難だろう。
だから叶雨は、空之岳に一歩近付いた。
「は……?」
音もなく腕を取られ宙に舞えば、やっと現状を理解し声を漏らす。叶雨から攻撃を受けた訳じゃない、ただ叶雨が導いた方向に腕を振るって自分から宙を舞ったのだ。受け身の意識は間に合わなかったようで、元の場所に転がっていく。
「ふっ!」
飛んだ空之岳が地面に接触する一秒前に、ランスタインは踏み込んだ。戻るように転がって来る空之岳を跳び越え、勢いを乗せた蹴りが来る。単純な腕力は空之岳と比べるべくも無いが、戦い方と速度では圧倒的だ。優等生と評価されるだけあって、咄嗟の判断は優秀である。
悪く言えば、ランスタインは模範的な動きだ。
腕より強い蹴りの攻撃に対し、叶雨は避けも防ぎもせず同じ蹴りで迎撃した。
「ぐぅ、あ!?」
上空からの勢いを相殺し膝を緩めれば、慣性を失い落下するランスタイン。押し退けるように足で鳩尾を蹴れば、軽く後ろへ吹っ飛んだ。背中を打ちながらも後転して体勢を直したのは、なるほど優秀である。真面目に受け身の練習をこなしてきたのだろう。
期待はしていなかったが、予想通りのワンマンプレー。二回連続で一対一をやっただけ。
別に連携しろとも仲良くしろとも言ってはいない、ただこの体制が変わらないなら叶雨の自信は揺るがない。
「EIDを使え、今のままじゃお話にもならない。一年生に手も足も出ないなんて、先輩達は二年間何してたんですか?」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえか!?おい!!」
「……後悔するわよ」
EIDを装着する二人。同じタイミングでEIDに手を出した事について、二人は互いを意識すらしていない。二人は勝負事に関しての感性だけは、恐ろしくリンクしているようだ。
そこをわざわざ口に出して指摘はしない、双方の嫌悪はその程度のフォローでは拭えないレベルなのだから。
闘志を漲らせた二人は、銀賦を生造し矛先を叶雨に向けた。
空之岳は手の関節を守る籠手、肘まであり赤いオーラを漂わせたガントレット。
ランスタインは年代を感じる銃剣、撃鉄を下ろすタイプは戦国の火縄銃を連想させた。
ブランコ先輩のあだ名はこれも含まれていたのだ、あの人のあだ名の付け方に妙な説得力を感じる。近接と遠距離、武器の性能だけ見れば相性は悪くなかった。
しかし二人の視線は完全に叶雨だけを捉え、互いを認識範囲にすら置いていない。
勝負を焚き付けたのは叶雨だ、やり方に後からケチを入れたりはしない。だがステージは作っておく、二人を敵として扱う為に。
「はあああ!!!?」
「なぁ!?」
驚くほどではない、昨日力富との『運動』で使用した石柱を倉庫の備品や出入口前に置いただけだ。銀賦による被害が余所へ向かないように、壁として立てた。石柱を二人にぶつけはしない、彼らは力富ではないのだ怪我では済まない。
急造された戦いの舞台に、二人は声を失くしている。鎮火した戦意を蹴りつける、優しい声を掛けた。
「心配しなくても、この柱が二人を襲う事はない。それじゃあ勝負にならないし」
「っ!!ぶ、殺す!!!」
狼煙は銃声、空之岳の宣言に被せて放たれた。怒りに満ちながらも最適な奇襲のタイミング、悪くない一撃だ。だが悪くないだけで良くもない。まず狙いが頭なのも良くなかった、正面から真っ直ぐ撃つのは避けてくれと言っているようなもの。二撃目を想定してないのも減点、攻撃を仕掛けるなら次の手は常に考えるべきである。
ランスタインの奇襲に驚き、その攻勢に乗れない空之岳も悪い。協力していないのなら、せめて利用しようとは思わないのだろうか。
勝負はまだ始まったばかりだ、二人の真の力を知るのはこれからである。
閲覧有難う御座いました。




