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組手

 



 奉仕処分中のマーフィーと野々が整理した近嵐教授実験跡地、つまり倉庫は以前より段違いに綺麗だった。本来の用途で使用される倉庫は、並の高校体育館を上回る面積だ。

 一応保管を続行する意図不明な機械を正しく並べれば、空いたスペースで殴り合いの一つは可能だった。


「おらあ!!」

「ふん!」


 大振りなフックに見えて、隙の少ない態勢。物騒な見解だが、喧嘩慣れしているように見えた。返す手で放った掌底も、あっさりと避けられる。


「いやあ、やっぱ紅の動き面白いよなあ。なんかかっちりしてるようで、偶に凄く常識外れな攻撃とかしてくるし!」

「力富は見た目より正道。でも邪道との戦い方も知ってるよね、中学は喧嘩生活?」

「まあそんな感じ……か、な!」


 予備動作の短い蹴りは、容赦ゼロの顔面狙い。本気で相手してもらえる嬉しさと、一欠けらの女心が心拍を跳ね上げる。女扱いされたくないようなされたいような、複雑な乙女心を理解してくれそうな人はこの場に一人も居なかった。

 銀賦と目潰し無しの組手は、叶雨が力富にお願いした。

 超能力を使わない事に不満を抱いている天才科学者は放置して、気持ちのいい汗を流す事に集中する。


「で、何キレてんの?」

「ただ物事が自分の思い通りにいかない餓鬼の癇癪だよ、カッコ悪い理由」


 叶雨が頼んだこの組手、殴り合いはただのストレス発散だ。苛立ちの矛先を探して部室に行けば、一目でそれを察してくれた力富。一も二も無く頷いてくれた優しさに感謝し、遠慮なく甘えている。


「高校生はまだ子供だって分かってる、それでも人の事無視してずっと喧嘩してるってどう思う!?」

「俺なら喧嘩に混ざる」

「悪口の言い合いに何時間も……、幼稚園児か!?何の為の時間だったか分かってんの!?」

「先輩?強かった?」

「大会のメンバーに選ばれた基準って賦力だけなのか、もう少し協調性とか落ち着きとか!チーム競技なんだから、最低限のコミュニケーション能力持ってる人にしろっての!!」

「そりゃ強いか、学校の代表だもんな」

「何で会話しない会話してるの?特技なの?」


 互いに独り言を言ってる会話に、観客の野々が堪らず口を挟んだ。私は肉体でも精神でもストレスを発散したいだけなので、別にわざと言葉のキャッチボールを無視してる訳ではないのだが。その辺も理解してくれている力富は、同じような自問自答に興じている。

 超能力の行使を期待している近嵐教授は兎も角、野々が観客席に居る理由は予想の範疇を出ない。

 野々玲はマーフィーを人生の核に据えて生きている、僅かでもマーフィーに関係した情報の収集を使命とまで考えていると思われる。だから一度勧誘を断った叶雨と力富の実力や、銀賦の情報を得られるチャンスを逃したくないのだろう。

 不機嫌な顔を隠しもしないが、殴り合いが続く限り離れる事は無いと思う。ならば隠しておくのも無理だ、仮にも同じ部員。

 この力の情報源は多い方が良い筈だ。叶雨はこの力が露見するリスクを、もう恐れはしない。


 深い踏み込みからの無謀な蹴りは、叶雨を防御の上からでも浮かせた。バランスを崩さなかったので、双方は数歩分の距離で一旦静止する。


「……そろそろ趣向を変えよう。近嵐教授、さっき言った物借ります」

「やっとか、早くしろ」


 瞑想してるか寝てるか分からなかった近嵐教授が目を開き、期待の空気を纏わせる。単純な人だ。

 広いとはいえ、倉庫内で殴り合いを始めたのには訳があった。本来の用途は収納なのだ、倉庫内には叶雨が近嵐教授にお願いした希望の品が有る。

 適当に観ていた近嵐教授は更に壁へ寄り、野々も倣って叶雨達から離れた。場は整った。


「おお!」

「ふむ」

「これが……!?」


 三者三様の反応に、叶雨は無言で応える。成人男性が収まる程大きく長い石の円柱が宙を舞い叶雨と力富を囲えば、平静は保てないだろうと想像は着いていた。

 二十を超える石柱が横に縦に回転し、一定の速度で流れる様は中々に見事。疑似ではあるが離脱不可能な舞台の顕現に、力富は拳を手の平に打ち付けた。表情に在るのは、悦楽のみ。


「流石、これ超能力でやってんだよな?」

「壁として使ってくれていい。力富の足場として機能しなかったら、私の負けで良いよ」

「俺の動き読んで石動かすのも訓練ってか?面白れぇ!……何で石柱なんて有るんだ、ここ」

「実験の時に使う案山子代わりで、ロッククライム・採掘部から貰ったんだって」

「なにその似て非なる部活動!?山を登りたいのか掘りたいのか、どっちかにしろよ!?」


 この学校で活動している部活が可笑しいのは普通の事、きっと学年を進める頃には突っ込む常識も覚えていないだろう。今のうちに突っ込んでおいてくれ。

 頭を抱えるのも数秒、切り替えた力富に足を鳴らす。


「ルール一つ追加、銀賦有り。但し範囲はこの中で」

「元々そこまで広げられないからいい」


 私物だと言う腕輪が、鈍い銀光を漏らす。力富の周りを守る銀の雫が、思い思いの形に変わりながら体積を増やしていく。恐らく現時点での操作可能な最大量、水銀約一㎏が光沢を放っていた。たかが一㎏と侮れない、純粋な銀の水は使い手の技量でいくらでも硬度を変えるのだ。

 何十にも分裂した水銀の針は細過ぎて、超能力で全てを止めるのは不可能。


「おらあ!!」


 表面が光沢を放つとはいえ、あまりに細く速い。肉眼で動きを完全には捉えられない、殺す気か。


「容赦ない、な!」


 大きく後退し、流れる石柱を足場に逃げ回る。超能力の負荷を己に掛ける事で、疑似的な重力場を発生。地面と平行を保ちながら、叶雨は銀の針を躱しきった。

 これで終わる訳が無い。


「ほんと、よくやるな!」

「そりゃどうも!!」


 飛んでいる石柱を足場に逃げ切った叶雨の更に上空から、声と共に降る拳。自分が操る水銀を足場にしたのだろう、無茶をする。だが足場を製造出来るのは叶雨も同じだ。

 叶雨が立っている足場、石柱が流れに反して飛翔する。


「うお!?」


 空振りした力富は流れている他の石柱を蹴って、地面に戻る。叶雨は足場にしている石柱を四等分に粉砕、三つを宙に浮かせ一つを臨時の足場にした。

 地面に戻った力富も、針をより強く大きい形に変える。数は減ったが元石柱の武器に対抗するなら、最低限の攻撃力が必要だろう。空中での足場としても使うのだ、簡単に壊れては困る。

 見下ろす側も見上げる側も、口元が形作るのは笑みだけ。

 お互いに遠慮は有るし、致命傷なんて狙わない。分かっていて、許される範囲の全力をぶつけている。それが実行出来てしまえる現状と相手に、他の表現なんて存在しなかった。


「さて……ラウンド2かな?」

「かかってこいやああああああ!!!」


 交差する岩石と水銀、眩暈が起きる軌跡が描かれた。




「……イカれてる」


 野々は現状を最も正しく理解していない、しかし最も正しい反応をしている自信があった。

 映画でも見ているように騒ぐブランコも、無言で手元のボードに何かを書き殴っている近嵐教授も、イカれている。だが今一番可笑しいのは『組手』をしているらしい、一年生二人だ。

 銀賦が優秀なのは百歩譲って分かる、しかしその力と『組手』の内容は明らかに常軌を逸していた。


「……アンタたち、何で平然としてられる訳?」

「え、どしたのノノノン?」

「その呼び方止めて!……分かってるでしょ?あの一年生達、当然のように飛んでる。挙句の果てに()()使()()()()()()()()()()?」


 銀賦とは、使う者の常識を試す試金石だ。どれだけ世界の当たり前に反逆し、己の妄想を他人に信じさせられるか。適正が有り賦力が一定値を超えている者なら、銀賦を顕現する事は可能だ。

 だがその妄想で現実の敵と拳を交えられる者は、恐ろしく少ない。

 単純に武器を顕現する者が少ないのも、子供の頃からそれに触れてなければ当然の事。それに武器を顕現出来たとしても、戦えるようになるには訓練と経験が必須だ。特別な高校に入ってからその訓練を行うのが普通であって、入学したばかりの一年生が平然と空中戦をやれているのは、どう考えても()()()()()()

 しかも羽を持たない人間が空を飛ぶ、それがどれ程難しい事か野々は知っている。これは一部の銀賦使いにとって暗黙の了解だろう、空に触れられるのはイカれてる者だけなのだ。


「おかしいでしょ……新入生がここまで動けるなんて。三年になっても銀賦浮かせようと必死こいてる人が見たら逆ギレするって」

「別に可笑しくはなくない?銀賦なんて出来る人は最初から出来るし、出来ない人は最初から出来ないだけじゃん」

「いくら発現が妄想でも、脳波が影響してる以上メカニズムは在る!だから賦力学校が成り立ってるんじゃない」

「成り立ってないよ~、此処はどこに出せば『危険物(せいと)』を社会で上手く使えるか見定める為の施設。僕たちは国が定めたレールに乗せらるまでの猶予を与えられているだけ」

「……と、にかく!コイツらどこの研究所から来たの!?じゃなきゃ説明つかないでしょ、これ!?」


 情報収集のつもりで見ていた野々だが、今は本心から疑問が止まない。一般人を謳うつもりは無いが、常識は知っている。

 大声で非常識な点を指摘する野々。紙を抉るような強さで何かを書いていた近嵐教授が、その音を不意に止めた。


「……そうだ……研究所だ」

「え?」

「何故忘れていた……、次の大会会場の近くにはあの研究所が在る。つまり……あの力をもっと詳しく調べられる!」

「……は?」

「こうしては居れん、直ぐに予定を確認して大会前に研究所へ行かなければ……!ブランコ!紅雫にコレが終わったら連絡するよう言っておけ!」

「りょうか~い」


 一人で答えを出し一人で走り出した近嵐教授に、野々は唖然と立ち尽くす。

 虎穴に入らずんばと思っていたが、朱に染まり朱にならなければいけないのだと知る。この場では野々がただ一人の反論者であり、異常者なのだ。

 その逸脱した常識こそが強さの根源なのだと、野々は信じたくなかった。




閲覧有難う御座いました。

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