顔見世
〝全国三校合同賦力競技大会〟には、五つの競技がある。
雅が気に入っている美賦術展覧競技は、賦力を用いた芸術を魅せ審査員らの評価点の合計を競う。芸術の類なら何でも有りだ。空間・時間を彩るアイデアを搾り出し、最も美しい作品が勝つ。
学校側から渡された資料を基に、日を改めた賦力大会の説明が部室で行われた。
部長のブランコ、ではなくマーフィーが説明役を買って出たのだ。堂々とした姿勢と態度に、野々の瞳が輝きを増している。ずっと睨まれるより良い。
ホワイトボードの箇条書き、美賦術展覧競技の下を指す。
「刻限賦力競技はスピード勝負だ。コース内で指定された地点を通り、最も早くゴールした者が勝つ。直接攻撃は禁止されているが、コース内に存在する障害物を利用するのは有りだ。去年の雨天決行時は雨水も障害物としてカウントされてな……、ドロドロの雨水を全身に食らった選手がいた」
「うわぁ……」
ネイルアートに勤しむ八色が、泥水の犠牲者を想像し表情を歪める。女子は大小の差は在れど、同情を隠せなかった。
泥にまみれようと、競技は続くし誰も辞めようとはしない。誰よりも早くゴールテープを割る為に、血反吐を吐くそうだ。恐ろしい競技である。
だが他の三つはもっと恐ろしかった。
「星墜賦力競技は別名西部劇、自分を守る壁の中から相手の壁を遠距離系の銀賦で先に破壊した選手が勝利する。去年・一昨年と、ウチの生徒会長殿が二連覇している。中々派手な競技だ」
「会長ちゃんの銀賦って光るからさ、相手は眩しいは見えにくいはで大変みたい。めっちゃ慌ててウケルよ~」
「戦略的にかなり有効な銀賦と認めざる負えない……、奴が一学年の後期から生徒会長だった要因の一つだろう」
出場選手は三人まで、会長以外は二・三位狙い。そこまでの実力とカリスマ、非公式ファンクラブもあるそうだ。悔し気に会長を認めるマーフィーからは向上心が、思い出し笑いを浮かべるブランコからは揶揄いの心が伺えた。
更に、賦猟獣競技はランダムに選ばれた狼役を狙う競技だ。競技用の石を相手にくっ付け捕獲、その人数を競う。選ばれた狼役を捕獲すれば大量得点、点数形式の鬼ごっこだ。但し全員が鬼であり逃げる方なので、戦略や作戦が重要である。
条件が揃うまで終わらないらしく、最長二十時間近く掛かった事もあったとか。叶雨はこの競技だけは嫌だと切に思う。
予選と決勝とあり、基本決勝は自然環境が舞台らしい。星河の銀賦が自然に由来するもので、この競技選手に選抜される可能性が高いそうだ。顎を突き出して、凄い嫌そうな顔をしていた。
「出場競技が決まってからも大変だけど、本当に大変なのは明日からだよ~」
「明日?放課後会議室に集まるよう言われたが……、サボるか」
「ダメ!ダメだよ!?ちゃんと行かなきゃ、他の人にも迷惑を掛けちゃう!」
「分かってる、雅が行くならサボらない」
最早コントの締めみたいな会話。
その後最低限必要な知識を教わり、去年出場したマーフィーの武勇伝やブランコの笑い話で部活時間を終えた。聞いているだけなら、賦力大会はなるほど面白い。敢えて競技のルールに穴を作り、選手の想像性や応用力を試している。選手の選出から競技の練習まで、教師が殆ど手を出さないのもその意図によるもの。全世界が注目する大会であっても、参加するのは高校生、学徒である。
学び知る、知って生き、生きるは学び。
舞台の規模がどれだけ大きかろうと、学ぶ姿勢を絶やすぬ者にチャンスが降るのだ。
少しだけ、大会が楽しくなってきた。しかし師の掌の上である実感が湧き、やはり完全には納得できなかった。
近嵐教授が叶雨の顔を覗き込む。
「……何故顔をしかめている?」
「諸事情です」
会議の内容は生徒会長の檄と、競技の出場選手の発表、そして各競技の代表選抜である。競技の代表は、各競技毎に選手達で相談して決めるらしい。普通は三年生から選びそうだが、競技は一つを除いて基本チームプレイ。各競技選手内で変な諍いの種を作らないように、全員が納得出来る方法を各自で考える方針だ。
これがまた面白かった。一番最初に決まったのが、唯一チーム競技じゃない〝星墜賦力競技〟。満場一致で生徒会長になったようだ。
数分時間を於いて、〝刻限賦力競技〟はマーフィーに決まった。学校で複数人の参加を認められているが、競技は一人で挑む。互いに競い互いに切磋琢磨する姿勢で挑む競技なので、代表の優劣はあまり重要視していないのだろう。
「皆、俺に付いて来い!」
マーフィーだけ満足そうで、他の選手は面倒を押し付けれて良かったという表情。選手が全員納得しているなら良い。
星河はブランコの予想通り、〝賦猟獣競技〟選手に選ばれた。凄い不機嫌そうな顔で、周囲の選手を怯えさせている。選手が自然に円を作って集まっているのに一人だけ外に居た、会議が始まった位置から動いていないのだ、ボッチか。
しかしそこまで悪目立ちしていない、何故ならボッチ仲間が居るのだ。仲間が居たらボッチじゃないだろ、と思うけどもう一人輪の外に居る者もボッチなのである。
「此処チョッキンして……コレはコッチ、八割オッケー……やべ破裂しないかな……」
物騒な単語と擬音語を呟きながら代表選抜の輪に気付いてもいない一年生、狼林杏だ。机一杯に機械の部品を広げ、何かの製作に夢中だった。堂々と異様な光景に、会議の内容と全く関係が無い事を突っ込める強者は居らず。
結局今日は、一人と一人の単独行動は黙認された。初めての集まりで取り返しのつかない人間関係の溝、あの競技グループの一致団結は絶望的だろう。
予備選手として呼ばれた雅は、同じ立場の先輩達の輪の中で縮こまっていた。予備選手陣で一年生は雅だけ、しかも予備の位置に納得していないようで、先輩は皆目をギラつかせている。どうやって出場選手の仲間入りをするか、下剋上の相手と同じ部屋で話し合っていた。
予備選手でも恐れ多いと思っていた雅は、空気と同等の存在感に成ろうと物理的に小さく丸まっている。その姿が可哀想で、でもちょっと可愛いかった。
「ううぅ……」
初対面の人の輪に入れない己を、情けないと責める雅。その姿に我慢できずとも近寄らない星河は、やはり噴火事件以前とは比べられない程成長した。理性が働いている証拠に、雅を見る目がとても恐ろしい。大半の人が星河が雅を睨んでいるように見えているだろう。ただ我慢し過ぎて目つきが鋭いだけだ、駆け寄りたい衝動が目力になっているだけなのだ。
どこの競技グループにも問題は在る。今日中にはどうにもならない悩みばかりだろうが、決して解決の目途が立たない事は無い。時間と会話が、彼らの心を解きほぐすだろう。
最初から問題が在る、叶雨のグループと違って。
「だから……何でもかんでも正面から行くなって言ってんでしょ!!?この馬鹿!!」
「回りくどいんだよお前の作戦は!!早いもん勝ちって知らねえのか!!?」
「早けりゃ勝てる程甘い大会じゃない!!先の無い行動に勝算は無い!!」
「後手後手で勝てるほど甘くもねえわ!!弱腰眼鏡!!」
「はああああああ!!??」
叶雨と膝を剥き合わせて数分と経たない内に始まった口論は、今も終わりが見えなかった。
片や、赤茶色の髪を一つに纏めた眼鏡女子。二年生で堅実な行動を主張する、委員長タイプ。
片や、短い黒髪を逆立てた目つきの悪い男子。同じく二年生で猪突猛進を誇示する、ヤンキー。
「……あの」
「そもそも、何でテメエと組まなきゃなんねえんだよ!!?もっといるだろマシな奴!?」
「アンタ以下の人なんてこの学校の何処にも居ないわよ!!文句言いたいのは私の方、こんな野蛮人とチームなんて悪夢!!信じられない!」
「こっちのセリフだ冷血女!!」
「脳筋!!」
「ブス!!」
「サル!!」
イライラしてきた。喧嘩するほど、と言うが実際どうなのかはどうでもいい。チームで顔を突き合わせているのに、会議が始まる素振りを見せる前から二人で口論をしている。先輩だからと甘く考え、区切りを待っている叶雨の堪忍袋が限界だった。
もう一つのチームは全員三年生らしく、表面上和やかに会議している。口論を続ける二人を時折気にしつつ、無言の叶雨に同情の視線を向けていた。同情するなら助けてくれ。
時計の長い針は一周し、会議を終えて帰るグループが増えてきた。今日はもう無理そうだ。
頭の固さを比べんとする距離の二人、その微かな隙間に手を滑り込ませる。数十分ぶりに二人の口は声を止めた、殴ってでも終わらせる必要は無さそうだ。
初めて気づいたような目で叶雨を見る、うんざりだった。
「今日は話し合い出来そうに無いんで、私は失礼します。一応明日も来るつもりなので、それまでにお二人のお話は済ませておいて下さい。もし明日になっても終わりそうになかったら連絡下さい、来ないんで。では、お疲れさまでした」
「あ……」
どちらから漏れた声か、確認する気も無い。会議室の扉を後ろ手に閉め、足早にその場を離れた。
脳内で二人の自分が口論し、意見をぶつけ合っている。
まだ出会って小一時間だ、あの二人の事を分かった気になるのは早過ぎではないか。それに相手は高校生である。意見をぶつけ合う行為自体は、悪い事ではない。
だがもう高校生なのだ。分別を理解できる年齢の筈だと、理性と感情の火花は収まらなかった。
前日に欠席を告げていた新発見部部室へ行くと、力富とブランコと野々が何故かトランプしていた。近嵐教授は部室の隅で、何かを弄っている。機械弄りか謎の執筆作業が、近嵐教授の通常運転だ。
マーフィー・雅・星河の大会出場メンバーに、同じく用事の無い八色が不在。八色は力富が居ても、毎回部活に来る訳ではない。部活の活動自体が不明で、本人は放課後に遊びに行くのも大好きなのだ。新発見部で一番友達が多いだろう。
部活途中参加の連絡をしていなかった叶雨の登場に、部室の目は集中する。
「おお、紅。……どした?」
頭の中の論争が終わらない叶雨の目は、心配されるほど座っているらしい。
余計な事を考える頭を整理し、必ず訪れる明日に必要な行動を考えた。その為の人も物も、此処には在る。
「近嵐先生、倉庫の物貸して下さい。後実験場。力富、悪いけどちょっと付き合って」
「何に?」
勿論、冷静さを取り戻す為に必要な事だ。
「殴り合い」
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