電話
「……え、と……ええ!?」
「いや、何回驚かれても無理は無理です」
自覚は有る。賦力高等学校の生徒会長からすれば、参加出来るだけでも栄誉な大会の出場を断る、そんな生徒が存在するなんて考えもしなかったのだろう。叶雨からすれば、そこまで驚く理由が分からない。
「私は賦力士を志して入学した訳ではないので、そのチャンスは他の方に是非」
「いえ、あの。そう単純な話しでは……」
両手を忙しなく動かす生徒会長の慌てぶりは、ベタな仕草だが可愛い。脳みそに焼き付けようとしている副会長は、己を見る叶雨の視線に気付き目を逸らした。いちゃつくなら二人の時だけにしてほしい。
退席の意思を表示する一言共に腰を上げれば、邪な心を捨てた副会長に引き留められる。
「待て、お前の意見は理解した。その上で言わせてもらうが、大会メンバーの選出は生徒会長権限による学校側の決定事項だ」
「……つまり、元々断れない話しだと?」
「そうだ。会長の言い方が悪かった事は認めるが、諦めて第三賦力校の代表メンバーになってくれ」
下唇が力んで、表情を取り繕えない。鏡を見なくても副会長の顔で分かる、凄い嫌そうな表情を作っているだろう。意識してゆっくりと顔を伏せ、目を閉じた。
紅雫叶雨の高校選びの基準は、己の力の解明に近付けるか否かだ。
出だしは悪くなかった。少々事件は重なったが、此方に都合の良い能力と人格の者に会えた。クラスメイト等の同級生や先輩も、概ね許容できる。
しかしそれだけだ、まだ何も分かっていない。
超能力と呼んでいる力が本当に超能力で、銀賦とは別次元の力ならば、衆人環視での行使など以ての外である。
この力の本質も上限も、善悪すら分かっていないのだ。
どうにか上手い断り方は無いかと、今日一番頭を捻らせる。
「あああ……人前に出ると吐くんで無理です」
「それは大変!今度の全校集会で私とステージに立ちましょう、経験を積めばきっと克服するから!」
「すいません気のせいでした、前吐いたのはすんごい息臭い人が居たからでしたそうでした」
「成程、早急に対策を講じなければ……。原君、当校の校則で他人を不快にさせる類の項目を全て洗い出して、紅雫さんのような被害者の意見を反映させましょう」
「すいません嘘です、前は……生理的に吐き気を催す人が居たので……」
「そんな人が存在しているなんて……!?直ぐに対策を―――」
「落ち着けヴィリアーレ、ちょっと待て!何処に電話しようとしてるんだ待て待て!?」
話せば話す程、生徒会長ヴィリアーレ・キャメロンの印象が複雑になっていく。入学式での傲慢不遜とも取れる演説から、噴火事件での救出活動。更にたかが一生徒である叶雨の言葉を真摯に聞く、真面目で天然な態度。
恐らく生徒会長としての自分と、高校生としての自分の言動に違いが在ると、意識すらしていないのだろう。もしくは上に立つ者としての自分と、賦力士としての自分か。
その両面を上手くフォローするのが現生徒会、改め副生徒会長。公私共に繋がりを持ち、彼女を支えている。何処かに電話しようとする生徒会長の乱心を、体を張って止めていた。
「……ん?」
携帯の振動に、現代っ子は無意識に手が動く。メッセージアプリを開き、差出人と内容を確認。
叫びそうになる喉を全力で抑え込み、怒りで噛み締めた歯が軋む。
「どうした?」
抑えられなかった怒気が空気を伝い、副会長の琴線に触れたらしい。噴火寸前の感情と理性の押しくらまんじゅうが終わるまで、叶雨の平常心は蘇らない。暴れ回る怒りという溶岩が落ち着いてくれば、荒い呼吸で己を取り戻せた。
頬の肉を思いっきり吊り上げ、分かりやすく引きつった笑みを作る。何度もしたら筋肉痛になりそうだ。
「いえ、選手の件了解しました。若輩の身ではありますが、頑張って務めます!」
「まあ!有難う御座います!これで第三高校の勝利にまた一歩近づけました!」
美人の生徒会長は叶雨の作り笑いにも、完璧な笑みで返してくれた。副会長の疑問の視線をスルーして、席を立つ。有無を聞きたくない雰囲気を察してくれたのか、追及も静止も無く生徒会室から出れた。
扉が閉まるまで生徒会長の嬉しそうな声や、疑いの目を隠さない副会長がうるさい。
やっぱり嫌だ、と言えたらどれだけ心が晴れるだろう。
足音を大きく廊下に響かせて、誰も居ない教室に帰る。在学生の大半が寮生活の第三高校は、帰宅する生徒の足を鈍らせ居残る者も多い。校舎には部活動は勿論、友達とのんびりお喋りする生徒が多く残っていた。
叶雨の教室に人が居なかったのは偶々でもあるが、まだこの学校生活に染まっていない新一年生だからだろう。高校より校則が固い中学校では、教室に好き好んで残る者の方が少ない。用事も無いのに教室に居ようとする生徒は居らず、敷地内を出るか部活動に勤しむだろう。
様々な要因が重なって、運良く誰も居ない教室。
叶雨は腹の底に溜まった怒号を、二酸化炭素と共に深く吐き出した。
「ああああああああああああ………………くそが」
机に叩きつけた額の痛み程度では消えない、胸の内で渦巻く感情。怒りや迷いに任せて叫んでしまわないように、言葉を喉の奥で整理した。
メッセージの相手を呼ぶコール音が、怒りの炎に薪をくべる。
「〈―――叶雨ちゃん?〉」
「アンタが今キープしてる女の数だけ殴りたい」
「〈久し振り、元気そうで良かったよ〉」
耳朶を震わせ、脳髄を甘く啜るような美声。これで他者を惑わすのが声だけなら、まだ可愛げが在っただろう。
携帯端末が発する作られた音でこの響き、誘惑を擬人化した存在である。耐性の有る叶雨でも、油断すれば持っていかれそうだった。
自分の名を呼ぶ彼の声音に、『愛』が宿っている筈も無いのに。
「……お久し振りです、生物タラシ師匠。で、さっきのメッセージはどういう事でしょうか?」
「〈アハハ!人タラシじゃなくて生物タラシ?流石の僕も、言葉の通じない生き物を口説いた事は無いかな。それに……叶雨ちゃんは僕に誑し込まれてくれないじゃないか。そんな奴がタラシなんて、まだまだ修行が足りないよ〉」
「どうぞご勝手に修行でも何でもしてて下さい。そうじゃなくてあのメッセージ!何ですか大会に出場しろって!?」
電話の相手は会話と交渉の達人、それを知っている叶雨は直球で話を進めるしか対応策が無い。向こう側でにやけている師匠の顔が目に浮かんだ。
「〈問題無いだろう?どうせ叶雨ちゃんは賦力高なんておかしな教育機関に居て、何もしていない訳がない。問題を起こしたにせよ巻き込まれたにせよ、超能力を使っている。特殊を超えた特別なその力が、賦力以外で説明がまだ出来ない以上、あの見世物大会に必ず勧誘される。それを見越した、僕からの提案さ〉」
「白々しい。噴火事件が師匠の耳に入ってない訳無いじゃないですか、私が超能力を使っていて目を付けられている事は確認済みでしょう」
「〈学校側が叶雨ちゃんをメンバーに勧誘しているってのは僕の予想だよ。外れている気はしないけどね〉」
何処までも、現実が掌の上に収まってないと気が済まない人である。
これが叶雨に護身の術を叩き込んだ師にして、兄の上司。
「〈電話、嬉しいよ。叶雨ちゃんの声、聞きたかったから……。早く顔が見たいな〉」
「そうですね、私も会いたいです。一発、いや……五発くらい入れたいので」
「〈ふふっ!それは、楽しみだなぁ。じゃあ、会場で待ってるよ〉」
「は?ああ!?切りやがった!」
リダイヤルにも反応は無く、電波が届かないか電源が切れていた。忙しい人なのは知っているので、いきなり電波が届かなくなっても不思議は無いのだ。むしろタイミングを合わせて会話を操作し、都合の良い時に切れるようにメッセージを入れたのではと考えてしまう。
深読みが泥沼化する前に、思考を中断させる。無駄な事を考えるのは、それこそ時間の無駄だ。他人を弄び翻弄するのが生きがいみたいな人なのだ、真意を知ろうと思う事が間違いである。
「くそ……本当に声が聴きたいなら、電波の届く所に居ろっての」
基本仕事第一なので、電話に出ない男なのだ。師匠と会話が出来るのは、師匠の都合が良い時だけ。言いたい事を言えないジレンマ、現代社会の科学基盤では希少な体験だ。電波の届かない場所なんて、余程の秘境か別世界だけである。
会場で待つ。その言葉をそのまま受け取るなら、電話に出る切っ掛けとなった大会が行われる会場に、師匠が表れるという予告になる。額面通りに受け取れない心境が、師匠と叶雨の関係を匂わせた。
殴る機会が在る、その可能性を信じ叶雨は固い拳を開いた。
「あ、あの……」
「うお!?」
「……」
「び……くりした、雅、と星河……」
教室を除いている二人、雅に声を掛けられた。星河も相変わらず雅にべったりで、ただ無言でそこに居る。何時からそこに居たのか、全然気づかなかった。不覚。
電話片手に一人で怒っている姿を見られていたなら、雅の困り顔も納得がいった。わざと咳ばらいを立て、触れないでほしいと雰囲気で伝える。
「えっと、二人はどうして此処に?」
「はい、その……生徒会長さんに聞いて。紅雫さんも大会のメンバーに選ばれた、と」
「も?」
気になる一点を凝縮して聞くと、二人の表情は面白い程変化した。雅は自分の周囲だけ重力が増したように背を丸め、星河は細かった目に鋭い光を宿す形相へ。
苦しそうな雅と、腹を立てる星河。
多分続きを聞かないと、この空気は終わらない。
「……二人も、メンバーに?」
「いえ、私は補欠で……。南君はメンバーに選ばれたんです、凄いですよね!」
「気に喰わない連中だ。上から目線で拒否権が無いからと、こっちの意見を聞かず話を進めやがって」
上から目線は人の事言えないだろうが、話を早々に進めるのは叶雨との会話が在ったからかもしれない。少し申し訳なく思ったが、拒否権の無い生徒会命令に怒りを感じていたのは叶雨も同じ。
適当な席に座り、即席意見交換場とする。
「大会ってアレでしょ?あの……三校、なんとか大会」
「全国三校合同賦力競技大会だ、毎年何をそんなに面白いのか子供の遊びをテレビで流してるだろ。国家予算を餓鬼のお遊戯に捨てる行為だ、理解に苦しむ」
「でも私、美賦術展覧競技好きだな。凄くキレイで、神秘的で……」
「そうだな。あの競技は素晴らしい、何億も注ぎ込む価値がある」
「……」
星河の華麗な掌返しは、いっそ感心する。これに気付いていない雅が逆に心配である、幼少よりコレなら仕方ないのか。叶雨はまだ慣れそうにない。
大会には複数の種目があり、事前にどの種目にどの選手を出すか登録をするそうだ。学校側が全力でサポートするらしいので、放課後や休日に学校で訓練場を設けられる。大会の競技で結果を残し、賦力士としての実力を見初められれば、進路への大きなアドバンテージ。登山レースで死者を出した程、このチャンスはデカイ。
自身の超能力を解明する為この学校を選んだ叶雨には、まだ先の話である。
それぞれ愚痴や意見を述べ、取り敢えず満足した。
「私今日は帰るけど、二人は部活行くの?」
実はこの二人、登山レースの前日に新発見部に入部したのだ。雅はクラス以外でも人との輪を広げたいという考えだったが、星河は言わずもがな。下校を断られた時点で、星河の無言の圧力に雅が喋らない訳がなかった。雅の入部先に押し入り、ブランコ先輩が軽く許可したのだ。絶対面白そうだとか考えていたに違いない、あの先輩は火山の一件も全く反省していなかった。
部活の仲間になった雅と星河は、あの登山を経て更に仲を深めている。星河が一方的だった行動に、雅が嫌と断れるようになったのだ。しかし雅の性格上断るにはかなりの勇気が要る、結局傍目にはあまり変わっていなかった。
それでも二人の間には、確かに進展が在ったのだ。
「特に用事は―――」
「行きます。ブランコ先輩とまだちゃんと話が出来てませんし」
「あのちゃらんぽらんと何を話す意味があるんだ雅!?」
「ちゃら……?折角同じ部活の先輩なんだし、色々賦力について聞いてみたいでしょ?大丈夫、南君が嫌なら私一人で―――」
「雅を一人で男の巣に行かせる訳ないだろ!」
やっぱり進展は気のせいだったかもしれない。
閲覧有難う御座いました。




