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 黒板に大きく書かれた『自習』の文字。

 クラスの中には避難船から戻れていない人もいて、空席が目端に映る。事件の爪痕は未だ色濃く、真面目に自習をする生徒は少数だった。

 窓から外を見れば、最大の災害跡地〝天穿山〟が無惨な火傷肌を晒している。



 国内で近年最大の規模となった、昨日の『孤島噴火事件』。教師の殆どが同時に起こった盗難事件と合わせて、眠れない程忙しい筈だ。

 孤島に在住している島民の六割が搭乗し、避難を終了していた事が後始末を複雑にした。命第一の行動だが、衣食の備えは皆無で脱兎の如き避難だったのだ。島への一斉帰艦が不可能なので、生活用品の配達や医療品の調達も迅速に整えなければならない。生徒会もてんてこ舞いだと聞いている。

 しかし流石に特殊な島だ、生徒も大人も銀賦を最大活用して作業している様子。今朝には寮の窓から、あの巨大戦艦が見えた。あのドルなんとか先輩も、無駄にデカイ銀賦で手伝っているようだ。これも処分の一環なのだろうか。

 盗難事件は詳しく知らされていない。溶岩を溶かして学校に戻った時、校舎内でアラームが鳴っていたのだ。資料室の不思議な光景に目を奪われていると、生徒会長は即連絡。電話相手は分からないが、叶雨とブランコ先輩は帰された。一生徒に詳細を話せる事件ではないのだろう。

 盗難事件に避難からの未帰宅者とそれらの処理。学校は授業どころではなく、一日自習となったのだ。



 図書室で借りた本を読み終わると、朝のホームルーム以降全く見ていなかった教師が現れた。長身に猫背は相変わらず、忙しさも相まって覇気の無さが一層濃い影となっている。


「あああ……学校敷地内からの無断外出、が、禁止……。食堂が、八時まで開いてるから、飯はそこで食え。後は……学級委員長、頼む」

「え、あっはい!」


 連絡事項を纏めているらしい資料を力富(いいんちょう)に渡し、のっそりと教室を出た。職務放棄だと言いたいが、部活顧問も似たようなものである。この学校で当たり前を押し付けるのは、何よりの犯罪なのだ。

 自由な偏見こそ、賦力高校のモットーである。

 いやでも教師の責務は果たすべきだ、給料分働け。

 力富が教台で資料を眺め、要点を纏めた。


「ええっと……事態の収束を全校集会で発表するまで、敷地内からの無断外出は禁止。寮生以外は十八時までの帰宅厳命。寮の消灯時間も二十時に短縮されて、食堂はラストオーダーが閉館三十分前。マジか早く行かないと間に合わねえ……後、明日は授業午前だけ!!」

「「「「「いええええええ!!!」」」」」


 吹っ切れたのか空元気なのか、ノリが良いクラスメイト達。死者が出ていないし事後処理無関係な一般生徒にとって、自習や授業短縮は嬉しい変更なのだろう。

 何度か頭の中で反復させ、大まかな予定を立てた。


「紅、部活行くのか?」

「今日は図書室寄って帰る」

「俺はアスリート部行く!」

「そっか、いってらっしゃい」


 クラスは勿論、他の部活にも和を広げているらしい。あの天性の社会適応力には、毎度脱帽である。

 視界の端で八色も、クラスメイトと談話中だった。この二人と比べるのも悪いが、叶雨のコミュニケーション能力非活性は今後の課題である。


 図書室を目指して、玄関に近い階段とは反対の方へ向かう。すれ違う生徒の気配が、普段より少ない気がするのは間違っていない。一日しか経過していないのだ、この島の生活が破壊されてから。

 物理で言えば、噴火した山から一番近い学校すら溶岩の被害を受けていない。しかし一度全てを捨てようと海に出た影響は、容易く人の心と生活から消えないのだ。

 今も多くの船が海に浮かび、船内で多くの人が島への上陸を待っている。

 人が少ない影響か、図書室方面の階段に生徒はいない。静かな空間に自分の足音が響く。


 うなじの神経が痺れる。


「紅雫さん!」


 頭上から降る清廉な鈴の声、とても覚えが有った。

 上の階から降りてくる声の主は、まるで天から遣わされたような美貌である。窓から差す太陽光が、彼女の金の髪をこの世ならざる美しさに仕立てていた。マリンブルーを切り取った瞳で、叶雨の足を止める。


「良かった、これから教室に伺う所だったのよ」

「……なにか?」

「生徒会室まで来てもらえない?聞いて欲しいことがあるの」


 生徒会長ヴィリアーレ・キャメロンは、己の城へ叶雨を誘う。妖艶にすら感じる微笑みが、誘われる側の拒絶を封殺した。

 命令ですらない、思考の誘導である。

 どことなくデジャヴを覚えながら、重い足先は会長の導きに従った。うなじを手で押さえる。




 匂いが変わると、空気の密度まで違う気がした。人間の重みに負けない毛を立たせる深紅のカーペット、重厚な机と椅子が部屋の存在価値を高める。異質だと評価するには足りないが、役者が放つ独特の雰囲気がソレを作っていた。

 ようするに生徒会室怖い。


「早かったな」


 生徒会副会長、原一喜。常人の肉眼では確認不可能な狼を複数使役する銀賦で、先日の噴火事件解決の一端を担った。超能力で視ようとしなければ認知できない存在の召喚は、生徒会の異質さを倍にする。生徒会長のカリスマと並べれば、()()のラインからギリギリマイナスだ。目立たず分からないその力は、傍から見れば無限の目。怖いに決まっている。

 だが容姿関連のインパクトは薄い、書類を纏める姿には好感すら沸く。苦労性が覗く先輩に、抱いていた恐怖心が僅かに下がった。


 あと一人知っている生徒会メンバーの顔が無い、確か生徒会書記の如月九重。黒髪おかっぱの真面目そうな人だ、溶岩を始末した後会長と話している所をチラ見した。事後処理に忙しい彼女が居ないのは理解出来る、むしろ会長・副会長が居る方がおかしい。

 生徒会がどれだけの業務を行っているか知らないので、細かい部分は気にしないでおこう。


 問題は彼女だ。


「あのー、私早く帰りたいんですけどー!」


 高い声に幼さが残る容姿、中学生でも十分通じる体格だ。入学式の時、全校生徒の前で疑問を高らかに吠えた少女。クラスは違うが、少女の噂は学年を跨いで轟いている。


「五分で済ませます。私達も今は忙しいから、時間は掛けません」

「ふぅん」


 名は、(ロウ)林杏(リンシン)

 新入生で随一のじゃじゃ馬である。


 名ばかりがクラスの壁越しに響き、とても好印象とは言い難い同級生と生徒会室に御呼ばれした。普通に考えれば何か問題を起こしたかと不安になる、なっている。しかし他人である少女の『問題』は分かっても、叶雨が同時に呼ばれるような問題は直ぐに思いつかなかった。


 狼少女の噂は、入学して一季節も経たないうちに全学年が共有している。

 曰く、授業中に謎の機械を組み立てていた。

 曰く、銀賦に対する造詣の深さは一生徒の域を超えている。

 曰く、中間テストの回答用紙は空欄で、裏に大学教授並の論文が書かれていた。

 曰く、曰く、曰く―――


 入学式のインパクトが強かった狼少女の動向は、クラスメイトから始まり多くの目を集めている。自由を重んじる銀賦高校でも、枠を超えた行動はあるのだ。

 そんな色んな理由がある少女と、何故一緒に生徒会室へ集められたのだろう。


 扉から遠い奥の椅子、会長の席に座った美女。落ち着いた赤が基調の生徒会室と金髪美女のバランスが神がかっている、この会長の為に作られたような部屋だ。

 怖気づく神経を堪え、手前の適当な椅子に座った。


「貴方達を呼んだのは他でもない」


 縮こまる背筋を伸ばし、会長の声の圧に気持ちだけでも抵抗する。



「今年の三校合同賦力競技大会、メンバーとして―――」

「出たい!!!」



 独特の空気を切り裂く一声は、叶雨の鼓膜を一瞬痺れさせた。高く大きい狼少女の主張が、不動の会長オーラを弾き飛ばす。

 目を丸くする会長、逆に細める副会長。本当にこの二人は絶妙なコンビである。

 暫く観察していたいが、突然声を上げた狼少女の奇行の謎を解きたい。足下を不可視の狼が通った、副会長の警戒レベルが良く分かる。叶雨の警戒心も否応なく吊り上がった。

 同じ生徒会室の空気を吸っているとは思えないテンションで、件の少女が手を振り回す。


「全国の高校生が集まるやつ!去年は忙しくて録画しか見れなかったんだよ、今年は生で見たい!絶対見たい!見る!」

「……では、我が校の大会代表メンバーの一員として、私達生徒会は狼さんを歓迎します」

「はい宜しく!んじゃ、私忙しいから!」

「え?あの……」


 バタン!


 残ったのは嵐の後の静けさだけ、自分節全開の振る舞いにはむしろ感心した。口を開いたままの生徒会長の姿には、間抜け感より愛嬌を感じる。美人って得だな。


 三校合同賦力競技大会。

 賦力高等学校に通っている者全てに関係した、全世界一大イベントである。北アメリカ・南アメリカ・アフリカ・オセアニア・ヨーロッパ、そしてアジア。六つの州ごとに開催される、未来で羽ばたく賦力士の晴れ舞台。各対象校の代表が集い、その実力を晒し競う。

 銀賦に秘められた力と可能性を知っている者なら、これがどれだけ無謀な試みか分かる。実際、当時はかなりの物議をかもしたらしい。主に軍事利用を目的とした科学兵器、見世物にするには多くの問題が在る。

 しかし銀賦を理解すればする程、大会の開催は歓迎された。自由を根源とした銀賦の美と技、数多の人間を惹きつけるその技術は、現代では大いに世界を盛り上げている。人の関心が集まれば、世界は比例して唸りを上げるのだ。

 つまり経済が回る。

 大会を開催した年の世界経済は爆発、あらゆる悲鳴を響かせるバブル経済となった。銀賦を使用する為の鉱石や人材の収集に、これ以上の妙案は無い。続けない理由が消えたそのイベントは、見る者使う者の運命すら決める。

 形骸化したオリンピックに代わる、世界の祭典。


 それだけの大舞台への貴重な切符を、二つ返事で終わらせた狼少女。一賦力士として、生徒会長のショックはかなり大きい様子。まだ青海の瞳が零れそうな程開かれている。

 浅い溜息を吐いた副会長の手で、浮いていた尻を椅子に戻した。


「コホン。紅雫さん、今年の三校合同賦力競技大会のメンバーとして、大会に出場してくれませんか?」


 狼少女の存在を避けて言い直した。話しの内容は予想していた話題の一つではあったが、同席していた同級生(ロウ・リンシン)の衝撃に返事が一拍遅れる。


 賦力競技大会は、私もテレビで何度か見た事がある。迫力が有り、選ばれるだけの実力を持った者達の戦いだ。テレビ写りも含めて、素晴らしい番組だったと記憶している。

 画面の向こうで高校生達が本気で争い、運命を奪い合っていた。

 銀賦を知っている者も知らない者も、同様に楽しめる国家事業。一つの問題を除外すれば、断る理由が無い。

 そうだ、目立つ事さえ受け入れられるなら。


「……いや、無理」

「ええ!?」




閲覧有難う御座います。

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